シンプルに思考し、行動せよ。『Think Simple』の著者が語る、アップルだけがもつ魔法の哲学

「アップルの成功は、“シンプルさ”に起因しています。インテルやデルといったライヴァル社は、このシンプルさを決して真似することができません」。広告代理店のクリエイティヴディレクターとして、長年スティーブ・ジョブズとともに働いてきたケン・シーガルは、自著『Think Simple アップルを生みだす熱狂的哲学』を通じて、アップルの強さをそう分析する。本の発売に合わせ来日した氏に、アップルが証明してみせた「シンプルであること」の価値、さらにはジョブズ亡き後のアップルの行方について尋ねた。

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ケン・シーガル KEN SEGALL
広告会社「TBWA\シャイアット\デイ」クリエイティヴディレクター。スティーブ・ジョブズとの関係は、NeXT時代を含めて12年間に及んだ。その間、不朽の名作と謳われるアップルの「Think Different.」キャンペーンを手がけ、さらには「iMac」の名を考案したことで、iPod、iPhone、iPadと続く、その後のアップルの躍進に少なからぬ影響を与えた男といわれている。アップル以外にもデル、IBM、インテル、BMWなどと仕事をしたことで、各企業の違いを客観的かつ具体的に比較できるという、貴重なキャリアのもち主でもある。


——ぼくが初めてコンピューターを買ったのは1994年、アップルのPowerBook150でした。そして次に買ったのがPerfoma6200です。PowerBookは初めてのコンピューターだったのでそれだけでうれしかったし、Perfomaは、初めてのカラーディスプレイだったのでとてもワクワクしました。でも正直、「次はアップルじゃなくていいか」とも、思い始めていたんです。だけど97年にスティーブ・ジョブズが復帰し、あなたが手がけた「Think different.」キャンペーンを見たことで、そんな迷いも吹き飛びました。「アップルでいいんだ」っていう確信をもてたというか。だから今日は、なんとしても最初にお礼を言いたかったんです。あなたのおかげで“背信者”にならずに済みましたから(笑)。

ありがとう(笑)。わたしもあなたも、アップルの厳しい時代をともに堪え忍んだわけですね。その後、いい方向に変化して本当によかったです。

——実際97年にジョブズが復帰したとき、アップルは瀕死の状態だったと言われています。そこから会社を建て直し、最初のキャンペーンとして「Think different.」が出来上がるまでには、どんないきさつがあったのでしょうか。

確かにスティーブはのちのインタヴューで、「当時のアップルの評価は“倒産の90日前”だった」と言っていますね。実際、瀕死というのが控えめな表現に思えるくらいでした。経営的に厳しいだけではなく、ジャーナリストからは叩かれ、それこそファンからも見捨てられていましたから。そんななかでスティーブが最初にやったのは、製品ラインナップをシンプルにすることでした。彼が復帰する以前のアップルには、経営陣がすべての人を喜ばせようとした結果、Quadra、Perfoma、Macintosh LC、PowerBook、Power Macintosh……といった感じで、ユーザーはおろか、従業員すら困惑するほど多くのモデルが出されていましたからね。スティーブはこれを2×2、つまり「消費者向け」と「プロ向け」の2種類を、それぞれ「ノート」と「デスクトップ」で出すという4つに絞ったんです。

——恐ろしくシンプルにしたわけですね。でも考えてみると、それって現在でも踏襲されている製品カテゴリーですね。

そうなんです。スティーブが示したこのシンプルなロードマップによって、会社は無駄な開発費やPR費がかからなくなり、従業員はやるべきことが定まり、ユーザーも自分の欲しいものが明確になったんです。やるべきことが定まったのは、わたしたち広告代理店にしても同様でした。アップルが直面していた難問をシンプルに整理したうえで、新しいアップルとしてのメッセージを発信する。それこそが、わたしたちがまずやるべきことだとわかったんです。

——ジョブズがアップルを離れていた11年間で、すっかり「クリエイティヴな集団」というアイデンティティを失ってしまったアップルのイメージを、払拭することから始めるべきだと。

ええ。普通の経営者であれば、会社が経営危機に陥っているときには守りを固め、収益が回復する方法を考えるものですが、スティーブは、投資することを選択したんです。それも製品ラインアップの再建ではなく、企業イメージを再建するための投資をね。そこで早速プランを練り始めたのですが、「マッキントッシュのように革新的な製品を作り出してきた精神が、再びアップルのなかで息を吹き返した」ことをアピールするために、世界を変えた「クレイジーな人たち」のイメージを利用するという「Think different.」のアイデアは、ごく初期の段階から挙がっていましたね。

——著書『Think Simple』では、広告代理店の選定から「Think different.」キャンペーンが出来上がっていくまでのプロセスをうかがいい知ることができますが、ジョブズが下した一連の判断は、実にスピーディかつシンプルですね。

その通りです。それこそが、スティーブがアップルという会社に植えつけた価値であり、インテルやデルには、決して真似できないことなんです。「シンプルを旨とする」というと、一見簡単に思えるかもしれませんが、特に大企業でこれを実現するのは、本当に難しいことなんです。

   Photo: Flickr / eastpark


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