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科学無視の「トランス脂肪酸批判」に思わぬ弊害

WEDGE 6月5日(火)14時5分配信

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科学無視の「トランス脂肪酸批判」に思わぬ弊害

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科学無視の「トランス脂肪酸批判」に思わぬ弊害
脂肪酸の化学構造式。トランス型は、二重結合における水素の位置が互い違いになっており、シス型は同じ側にある。

 2005〜06年ごろ、「狂った油」、「食べるプラスチック」などと週刊誌などで大げさに書き立てられた物質があったこと、覚えていますか?

 脂質に含まれる脂肪酸の一種、「トランス脂肪酸」です。トランス脂肪酸は、多く食べると狭心症や心筋梗塞など冠動脈疾患のリスクが高まるとされ、海外では食品中に含まれる量の上限値を決めている国があります。一方で、日本では「摂取量が海外ほど多くないとみられる」などとして規制が行われず、市民団体や一部の週刊誌などが強く批判していました。

 そして、福島みずほ・社民党党首が2009年9月、内閣府特命担当大臣(消費者及び食品安全・少子化対策・男女共同参画)に就任してすぐ、「食品中の含有量の表示義務化」へ向けた検討を消費者庁に指示したのです。市民団体の一部はやんやの喝采でした。

■別の健康リスクも

 さて、その実態はどうだったのか? 本当にリスクは高いのか? 科学的にリスクを検討する「食品安全委員会」がこの3月、リスク評価書をまとめました。その結果、大多数の日本人にとってトランス脂肪酸のリスクは大きくなく、科学を無視したトランス脂肪酸批判が思わぬ弊害、別の健康リスクの増大すら招きかねないことがわかってきたのです。

 「食の安全」における政治主導がなにをもたらすのかを浮き彫りにする事例です。解説しましょう。

■日本人は摂取量が少ない

 脂質に含まれる脂肪酸は、二重結合の有無によって飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸に分けられます。不飽和脂肪酸のうち、水素の結び付き方が互い違いになっているものを「トランス型」と呼び、この型を持っている多種類の脂肪酸を総称して「トランス脂肪酸」と呼んでいます。

 反すう動物(牛や羊など)の肉や乳などにも含まれますが、多くは植物油を加工する工程でできます。特に、植物油に水素を添加して硬化(固形化)し、マーガリンやショートニングなどにする時に比較的多くできます。これらはパンや菓子等の加工食品に多く使われるため、摂取量の増加につながります。

 トランス脂肪酸は悪玉コレステロールと呼ばれるLDLコレステロールを増やし善玉コレステロールとされるHDLコレステロールを減らして、心血管系疾患の一つ、冠動脈疾患のリスクを上げると指摘されています。欧米では冠動脈疾患の患者が多く、トランス脂肪酸も注目を集めました。世界保健機関(WHO)は2003年、「トランス脂肪酸量は総エネルギー摂取量の1%未満とすべき」と勧告しています。表示を義務化した国もあり特に、06年に米国ニューヨーク市がレストランでのトランス脂肪酸禁止を通告して、日本でも広く知られるようになりました。

■「欧米では規制されているのに」

 その頃から、「狂った油」、「食べるプラスチック」などと呼ばれ、「欧米では規制されているのに、日本ではなにも行われていないなんて。企業の圧力に国が屈しているのだ」という、お定まりの国と企業批判のストーリーに。

 でも、食べ物、食品成分のリスクは、それをどの程度食べているか、という「量」によって、大きく変わってきます。これまでの栄養調査などから、日本人の米を中心とする食生活では、トランス脂肪酸の摂取量はそれほど多くはないのでは、と推定されていました。そもそも、日本ではがんや糖尿病、高血圧などのほかの病気に比べて冠動脈疾患が多いわけではないのです。

 食品の安全の問題は数多くありますから、優先順位をつけて対策を講じる必要があります。トランス脂肪酸は優先順位が低いとみなされ、含有量を食品へ表示することは、日本では義務化されませんでした。表示が義務化されると、企業は食品中の含有量を測定したり、パッケージを変えたり、コストがかかります。そこまでやるほど、日本人にとっては深刻な問題ではない、という判断だったわけです。消費者庁は2009年2月、「トランス脂肪酸の情報開示に関する指針」を公表し、事業者に自主的な表示を促すに留めました。

■食の安全委員会の見解

 当然、市民団体の一部のトランス脂肪酸批判は止みません。表示義務化はとりあえず先送りされたものの、リスクの科学的な検討が十分に尽くされたわけではなく、不安は解消されないままでした。流通企業は、メーカーに低減を求め、2010年年末には、流通大手一社が「トランス脂肪酸を含む食品は店に置かない」とまで言いだしたと報道され、混乱が続いたのです。

 しかし、食品安全委員会が2010年から、調査研究も行って検討して来た「リスク評価書」がやっと今年3月、まとまりました。食品安全委員会は、農水省や消費者庁などのリスク管理機関とは一線を画し、政治家の圧力とも関係がなく、あくまでも科学の観点から分析する役回りです。

 そして、純粋に科学的な観点から検討した結果、意外なことがわかってきました。

※つづく⇒「リスクトレードオフ」が現実に

著者:松永和紀(科学ジャーナリスト)

最終更新:6月5日(火)14時5分

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