先月の下旬、知人であるハーバードビジネススクールの有名教授が来日。日本のグローバル化とリーダーシップを研究している彼の依頼で、政財界の要人含む様々な人物との面会の機会を用意した。健全な批判精神にあふれるカーシク教授が下した日本の未来予想図は「将来はきっと明るい」というもの。「日本の若い起業家や学生は創造力と活力にあふれている。日本の未来そのものだ。早く彼らがもっと活躍できる舞台さえ整えれば日本の未来は明るい」と断言した。
次世代のスターと言われるラマーナ・カーシク教授の経歴は素晴らしい。ボンベイ大学を首席で卒業し、MITの博士課程を3年で修了。博士号取得とともに、ハーバードビジネススクールにスカウトされた。学生の平均年齢より若くして世界最高のビジネススクールの教壇に立っていたのだ。コーポレートガバナンス、国際財務会計、マクロ経済、政治経済学等と関心領域も幅広い。
日本のリーダシップ欠乏症に唖然
実は彼はもともと政治家志望だ。インドのエリートには政治志望者が多い。比較的恵まれた環境にある彼らは、「インドの貧困を救いたい。ビジネスでは限界がある。政治で解決しなくては」との思いが強い。しかし、あまりの政治腐敗を目の当たりにして断念してしまう人が多い。カーシク教授は「ハーバードビジネススクールにもインド人が多い。彼らをリーダーとして育てることに貢献し、結果として祖国の貧困撲滅に貢献しよう」と気持ちを切り替えたという。
私とはハーバードロースクールが主催する国際会議で一緒にパネリストを務めて以来の仲である。ハーバードの教授専用のカフェテリアでランチをともにしながら、政治や経済談義に花を咲かせた。私の話をきっかけに、もともと日本ファンであったカーシク教授は、さらに日本に関心を持ち、ビジネススクールの研究として来日した。
各政党の幹部、主要財界人、政府高官たちにアポイントを取って、インタビュー。私にとっても、久しぶりにお会いする方々ばかりなので、旧交を温めるいい機会になった。財界人や政治家や官僚にとってハーバードビジネススクールの教授に取材をされることは悪い気はしないようだった。
しかし、日本のトップに会うたびにカーシク教授の表情が暗くなっていく。
「コーターロー。私は日本の問題の核心がわかった気がする。来日して人々の優秀さや優しさや団結力にすぐ気付いた。技術も素晴らしいし、街にはあらゆる技術が活かされているし、整然としている。その日本がなぜ20年も停滞するのか?それがよくわかった」と切り出す。
「それはリーダーシップがどこにもないからだ。みんな当事者がない。他人事なのだ。政治家は官僚を悪者にする。官僚は政治家のせいにする。財界人は政治と霞が関が悪いという。『俺がやってやる!俺が変えるのだ!』という人が一人もいない。彼らの多くは問題の解決を実行できる立場にあるのに!」と続けた。
「コータロー。日本の問題は深刻だよ。条件だけみたら、欧州やアメリカより日本の現状はまだましかもしれない。でも日本のトップには当事者意識が驚くほどない。これはいけない。これから危ない。日本は立ち直れないかもしれない。日本にはリーダーシップ教育がないと聞いていたが、今からでは遅いかもしれないが、さっそくそれにとりかかるべきだ」とうなだれるように結んだ。
若手起業家たちに未来を見る
「日本の真実を見せてくれ。そうでないと研究の対象にならない」というカーシクの意見に率直に答え、あらゆるものを見てもらえるよう準備した。しかし、転機はあった。それは彼の日本滞在の後半の朝にセットした若手起業家との朝食会だ。
ネットプライスの佐藤輝英社長、ライフネットの岩瀬大輔副社長、テラモターズの徳重徹社長、ビズリーチの南壮一郎社長らが集まってくれた。皆英語も流暢で、事業のプレゼンも上手。カーシクは彼らのビジネスモデルに感心しただけでなく、社会問題や国際問題にも造詣が深く、その分析力や問題意識に驚いた様子だった。
何より彼らの「われわれが日本を変える。いやアジアから世界を変える」との意気込みに圧倒されたようだった。「先日ニューヨークでイケてる起業家たちと会食したが、彼らより日本の若手起業家の方が印象的だ。何よりリーダーシップと当事者意識にあふれている。自分の手で世の中を変えると言っていた。日本は明るいではないか!」と手放しで絶賛。紹介した私もうれしかった。
それもそのはず、今回集まってくれた企業の大半は海外の大学で学んだり、帰国子女だったりという人たち。「世界を知り、経営センスとリーダーシップが鍛えられた彼ら起業家が日本を変えていくわけか!」これはアリだ!」と根っからの日本ファンのカーシク教授の表情が明るくなった。
ハーバードやエールの学生より上だよ
また最終日には慶応大学メディア研究科の金正勲教授のゼミを二人で訪問。学部の学生たちと交流した。大学に来ると彼の表情が変わった。「やっぱり大学はいいよ。若い人たちのエネルギーであふれている。未来はここにあるんだ」といきなり上機嫌になる。
私とほぼ同じ時期に、ハーバードで客員教授(ロースクール)をされていた金先生のゼミは非常にユニーク。メディア研究科のゼミは全学部にオープンとなっているが、競争率は6倍以上。慶応全学部の中でもかなり優秀な学生しか入れない。
中でも金ゼミは、自主性が尊重され、自分の頭で考え、自分で発表し、議論する力を養うという厳しいゼミだ。欧米で高等教育を受けた金教授に言わせれば「グローバル化時代こんな教育は当たり前。慶応でも珍しいと言われるが、これくらいやって珍しいと言われるのが不思議」とのこと。
もちろん今回のゼミは終始英語。ゼミ生たちのプレゼンを聞いて我々も含めて自由討論というスタイル。ゼミ生は3組に分かれ、一組目は「日本の政治」、二組目が「日本の経済」、最後の組が「日本の社会全体」について、現状とその背後にある要員を分析して仮説を立てるというもの。プレゼンのスタイルから中身まですべてが非常にユニークだった。
そして各人のレベルは様々だが、皆見事に英語でやり遂げた。どちらかと言えば、女子学生の方が英語も上手でプレゼンもうまく、全体を仕切っているようで印象的であった。最後まで皆自分の意見があり、それを英語で発信できていた。
カーシク教授は、「素晴らしい。ハーバードMBAの連中のプレゼンとそん色ないよ。クリエイティビティにあふれている。ハーバードやエールの学部生と比べたらそれより上じゃないか」と激賞気味だった。
日本のカギは世代交代!
その後の自由討論では、多くのゼミ生が海外留学を希望していることがわかった。ただ、中には就活への影響や乏しい奨学金制度を理由に現実的な話をする学生もいた。
カーシク教授は「是非とも君たちのような人がハーバードビジネススクールに来てほしい。ハーバード等の北米の名門校に日本人学生が少ない理由はわかる。就活や留学資金等、目先の損得でビジネススクール留学を決めているようだ。ハーバードに来れば、お金も就職も心配いらない。君らの人生は長い。慶応のような大学にはいったら使命もある。社会を変えるリーダーになって欲しい。そういう人間にはハーバードビジネススクールがあっている。待っているよ」と熱烈にスカウトを開始した。
早速今後金ゼミとカーシク教授で色んな試みをやっていこうと二人の教授で盛り上がっていた。
この長引く経済停滞の中で、実は悪い環境を逆手にとって、奮闘している起業家や学生はけっこういる。そして厳しい環境だからこそ、自らを鍛錬し、彼らの多くはグローバルに通用するだけの準備をしている。
世界基準を知るカーシク教授は日本の問題を認識するとともに、日本の可能性を大いに感じた様子。若者に成長する機会を与える世代交代こそが今の日本に必要なのだと思う。そのためにも、できるだけ多くの若者が海外留学や海外生活を体験できるような仕組みを関係者と鋭意計画中だ。この連載で今後適宜紹介していきたい。