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【転機 話しましょう】(66)経済人類学者の栗本慎一郎さん 何事も楽しさ見いだして 左半身まひ…リハビリ乗り切り活動再開
年に一度の持病の治療・検査で、東京・御茶ノ水駅前の東京医科歯科大医学部付属病院に約2週間入院していた時だった。入院中も執筆など多忙な日程をこなして疲れ果てて眠り、明け方に目が覚めた。
「身体を起こそうとすると、右側にしか力が入らない。左半身が、こんにゃくになったように感じる」。当初は過労と判断し、日課の散歩に出たが、気がつけば病院から直線距離で1キロ以上離れた上野・不忍池のほとりまで来ていた。異状を感じ、タクシーで病院まで帰ろうとするが、行き先がうまく発音できない。病院に帰り着くまでの間に、「自分の脳に何か重大な事態が発生している」ことを確信した。
診断の結果は、果たして脳梗塞だった。「発症から治療を受けるまで4時間くらいかかっている。脳梗塞は発症後できるだけ早期の治療が大事なのに、遅すぎる」。左半身が完全にまひし、眠ろうとすると頭の中からマラカスを鳴らすような不気味な音が断続的に聞こえてくる。それが脳神経が切断されていく音に思え、「もうダメではないか」と恐怖を感じる状態が、1週間ほど続いた。
幅広い知識が役立つ
一方で、冷静で前向きな自分がいた。「倒れた直後から、リハビリのことを考えていた」。幅広い知識が、ここで役に立った。人間は、コンピューターではない。ある回路が壊れても、違う系統から回路を形成することがあるのではないか。仏哲学者、メルロ・ポンティの知覚論などをヒントに、鏡に映した右手を動かし、箱の中に入れた左手の動きを誘う独自のリハビリ法を続けた。医師らが驚く回復ぶりを見せ、現在では左手の握力は約25キロ。ゴルフなどのスポーツも楽しんでいる。盛んにテレビ出演をしていたころに比べれば、若干滑舌は悪いが、声は力強くよどみない。
とはいえ、本格的な復帰までは数年かかった。長期のリハビリを、どうやって乗り切ったのか。何より重要なのは「楽しさを見いだす」ことだという。「この指がこう動いたら楽しい、という問題を設定して、実現していく。多くの人はリハビリの継続自体を目標にするからうまくいかない。楽しさを見いださなければ、続かない」
それは、あらゆる分野で同じという。「例えば、数学はつまらないからやりたくない、という人は多い。でも、よく観察すると数学そのものではなく、ただ計算が嫌なだけだったりする。まず嫌な部分ではないところで楽しさを見つける工夫をしていけば、何だって好きになれる」
多方面の学問にわたる博識で知られる。その巨大な知的蓄積を形作ったのも、リハビリと同じ「楽しさを見つけて好きになる」ことの積み重ねだったのかもしれない。
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