• The Wall Street Journal

生活保護制度をめぐる議論が活発化

  • 印刷
  • 文字サイズ

 【東京】人気お笑いコンビ「次長課長」の河本準一さん(37)の母親が長年、生活保護を受給していたことが最近判明し、国と家計の財政難が続くなかで、拡大する貧困層支援を誰が負担するかをめぐる議論に火が付いている。

Kyodo/Newscom

お笑いコンビ「次長課長」の河本準一さん

 テレビカメラの前で母親が生活保護の受給を継続していたことについて謝罪した河本さんの姿は国民の注目を集めた――この問題に伴う複雑な感情、そして、河本さんが何秒間頭を下げていたか(15秒間だった)をめぐって。

 河本さんは収入面での成功にもかかわらず、母親に十分な金銭的援助をしていなかったとして、トーク番組の司会者や政治家に批判された。河本さん自身、かつて腕時計2つに190万円払ったと自慢したり、東京の高級クラブでドンチャン騒ぎをした話をしていた。

 しかし、河本さんの母親の話――病気になるまで、スーパーの鮮魚売り場で働きながら女手一つで河本さんはじめ2人の子供を育てた――は、かつて力強かった中流階級が苦戦するなかで、国民の非常に多くが現在直面する苦境を思い起こさせる。母親が1990年代後半に最初に生活保護を受け始めた当時、河本さん自身の月給はわずか10万円だった。

 河本さんは先月、全国放送された記者会見で、「母親のために税金を長い間負担してくださった皆様には、たいへん申し訳なく思っている」と語った。4月に匿名の週刊誌報道を受けて詮索が始まり、河本さんのケースが浮上した。

 河本さんは母親が今年4月まで15年間、生活保護を受給していたことを認め、ここ数年、自分が十分に母親のことを援助できるようになってからも受給していたと考える分については返却する意思を表明した。河本さんは法を犯したわけではない。身近な家族は可能であれば、困窮する家族を支援することが求められているが、家族による援助を強制する法的権限は政府にはない。

 しかし、政府が年金や生活保護の拡充により社会保障の拡充を目指す一方で、国会では政府の消費増税法案や財政抑制策が協議されるなか、この問題が国民の神経を逆なですることとなった。

国内の生活保護受給者数の推移(単位:百万)

 日本の公的債務額は国内総生産(GDP)の2倍を上回り、世界最大となっており、長い間、歳入に見合わない歳出を続けてきた。政府が消費増税を含む社会保障・税一体改革関連法案の採決を目指す今国会の会期末が迫るなか、財政健全化の負担を誰が負うかをめぐる白熱した議論が、河本さんの一件をきっかけに身近なものとなった格好だ。

 保守的な政治家は河本さんの件を、生活保護制度の明白な抜け穴と、受給資格厳格化の必要性を露呈するものだと指摘している。さらに、高齢の両親や必要に迫られた親戚を積極的に援助するという伝統的な家族の美徳を立て直す必要があることを示していると主張している。

 しかしそれには、経済学者や社会保障関係者の間で反論が噴出している。メディアや政治家が意図的に、一家族の例外的なケースを国民的大騒動に仕立て上げたとの主張だ。社会保障支持団体の全国同盟は、今回のようなケースは稀で、類似例は支給額全体の0.4%にすぎないとみていると明らかにしている。

 高齢の貧困層に対する年金支給が十分でないことや、かつては雇用確保と安定収入をいわば保証していた終身雇用制の衰退のために、国内で貧困層が拡大していると指摘する向きが多い。また、新たに貧困層に転じた人々のなかには、援助を求めるのを恥じるあまり、貧困状態での暮らしを続けている人々も多い。

 一方、異なる世代の同居が縮小し、相互依存関係が希薄化するなかで、日本の伝統的な家族の支援システムは崩壊しつつある。

 また景気低迷の長期化で財政問題が悪化し、若年労働者層は報酬の少ない一時的な職に就いている。生活保護受給者数は昨年、1950年代以降初めて200万人を超えた。過去10年間にほぼ倍増した格好だ。生活保護支給に充てる政府予算は今年、過去最大の3兆7000億円と、国家予算全体の約4%を占めている。

 河本さんの母親の生活保護受給問題をめぐり厚生労働省に調査を依頼した片山さつき自民党参議院議員は、「このまま不正受給が許されていくと、早晩5兆円を超してしまう。このまま看過することはできない」と語った。片山議員はテレビでのインタビューで、推定総額は消費税率の2ポイントの引き上げに相当すると指摘した。

 片山議員だけでなく他の向きからも、生活保護制度はここ数十年の社会変化を反映するよう修正されるべきだとの批判が出ている。こうした向きは、ここ数年の労働者の給与の減少を考慮すると、生活保護支給額は高過ぎると主張している。東京で子供1人の3人家族の生活保護受給家庭の月額受給額標準は17万5170円だ。一方、最低賃金労働者の場合、1日8時間、月25日間働いた場合の月給は16万7400円。

 小宮山洋子・厚生労働相は国会で野党議員に詰め寄られ、社会保障支給額の削減を検討すると表明した。経済協力開発機構(OECD)によると、日本の社会保障支給額は米国とほぼ同水準だが、欧州をはるかに下回っている。入手可能な最新のデータによると、2007年には日本は生活保護支給にGDPの1.3%を費やした。米国の場合は1.2%、フランスは3.7%、ドイツは2.7%だった。

 河本さんの一件で湧き上がった突然の社会保障制度攻撃に、同制度の専門家や、各新聞およびブログへの投稿者は激しく反論している。

 立命館大学で社会保障を教える山本忠教授は、「社会保障、雇用の問題を解決しなければ、貧困は生活保護でうけとめるしかない。それがなくなると、ホームレスになるか、餓死するしかない」との見方を示した。

Copyright @ 2009 Wall Street Journal Japan KK. All Rights Reserved

本サービスが提供する記事及びその他保護可能な知的財産(以下、「本コンテンツ」とする)は、弊社もしくはニュース提供会社の財産であり、著作権及びその他の知的財産法で保護されています。 個人利用の目的で、本サービスから入手した記事、もしくは記事の一部を電子媒体以外方法でコピーして数名に無料で配布することは構いませんが、本サービスと同じ形式で著作権及びその他の知的財産権に関する表示を記載すること、出典・典拠及び「ウォール・ストリート・ジャーナル日本版が使用することを許諾します」もしくは「バロンズ・オンラインが使用することを許諾します」という表現を適宜含めなければなりません。

 

  • 印刷
  • 原文(英語)
  •  
  •  

類似記事(自動抽出)

こんな記事もおすすめです