カフカ「変身」
5月シリーズは、カフカの「変身」を取りあげます。年老いた両親と妹を養っているセールスマンの主人公・グレーゴル=ザムザが、ある朝、虫に変身してしまうという風変わりな物語です。グレーゴルは仕事に遅れまいと必死に自分の部屋から出ようとしますが、虫になったのは初体験なので、体をうまく動かすことが出来ません。やっとのことで部屋から出ることに成功、その姿を見た人たちの反応は・・。
小説では、虫は次第に家族の厄介者になり、最後にはひからびて死んでしまいます。長い小説ではないので、すぐに読めてしまいますが、心にひっかかるものがあります。いったいこれは何の寓話なのだろうかと・・。
現実に人間が虫に変身することはありません。しかしある日突然、虫のように扱われることはあります。差別を受ける時、あるいは病気になった時などです。実は「変身」は、疎外された人間の孤独と、疎外する側の冷酷さを、恐ろしいほど的確に描いた物語なのです。
これまで「100分 de 名著」では、ブッダの「心理のことば」やアランの「幸福論」など、人間の生き方について様々な角度から取りあげてきました。しかし私自身、番組を作りながら、どこかひっかかるところがありました。それはブッダもアランも「強い人」であることです。名著を通して心の整理をして、精神的に強くなる人もいるでしょう。しかし全ての人間が、ブッダやアランのように強くなれるわけではありません。
「変身」の作者であるカフカは、これまで紹介してきた名著の作者たちとはかなり違います。カフカは繊細すぎるほど繊細で、責任感が高い人でした。そして常に悩み、決断がなかなか出来ませんでした。そこで今回は、カフカの人生をひもときながら、「変身」を読み解きます。そして「変身」を「私たちの弱い心を映し出す鏡」としてとらえ、主人公の苦悩を描きます。
不安と孤独を抱える人が多い今、疎外とは何かを教えてくれるカフカ。番組では、人の弱さを知るとともに、人と人とのつながりの大切さを改めて考えます。
第1回 しがらみから逃れたい
- 【放送時間】
- 2012年5月2日(水)午後11:00~11:25/Eテレ(教育)
- 【再放送】
- 2012年5月9日(水)午前5:30~5:55/Eテレ(教育)
- 2012年5月9日(水)午後0:25~0:50/Eテレ(教育)
- ※放送時間は変更される場合があります
- 【ゲスト講師】
- 川島隆(滋賀大学経済学部特任講師)
「変身」はカフカの人生を投影した作品であると同時に、普遍的な人間の真実をついた作品である。 生前、カフカは保険協会のサラリーマンとして働いていたが、本当は小説を書くことに集中したいと思っていた。そのため、外に出かけて働くのはたいへんな苦痛だった。実は「変身」の主人公・グレーゴルが虫になり、部屋に閉じこもるのも、カフカの出社拒否願望の現れと解釈できる。第1回では、世間や家族のしがらみから逃れて自由になりたいと願う、カフカの心を解き明かす。
第2回 前に進む勇気が出ない
- 【放送時間】
- 2012年5月9日(水)午後11:00~11:25/Eテレ(教育)
- 【再放送】
- 2012年5月16日(水)午前5:30~5:55/Eテレ(教育)
- 2012年5月16日(水)午後0:25~0:50/Eテレ(教育)
- ※放送時間は変更される場合があります
- 【ゲスト講師】
- 川島隆(滋賀大学経済学部特任講師)
「変身」では、働けなくなったグレーゴルが怠け者になる。毎日寝てすごし、天井に登って遊ぶのが日課になる。家族を養う重圧から解放され、ほっとしているかのようなグレーゴル。それはある種の逃避願望とも受け取れる。カフカは繊細すぎる男だった。そして人生の大事な局面で思い切った決断がなかなか出来なかった。決断する勇気を持てない—しかしそれは、誰にもある気持ちではないだろうか。第2回では、勇気を持てないもどかしさを描く。
第3回 居場所がなくなるとき
- 【放送時間】
- 2012年5月16日(水)午後11:00~11:25/Eテレ(教育)
- 【再放送】
- 2012年5月23日(水)午前5:30~5:55/Eテレ(教育)
- 2012年5月23日(水)午後0:25~0:50/Eテレ(教育)
- ※放送時間は変更される場合があります
- 【ゲスト講師】
- 川島隆(滋賀大学経済学部特任講師)
「変身」では、話が進むにつれ、虫になったグレーゴルが人間扱いされなくなる。最後には妹までもが、「あれはもうお兄さんではない」と叫ぶ。もはやグレーゴルは、厄介者以外の何者でもなかったのだ。そこには、現代の社会や家族にも通じる現実が、鮮やかに描かれている。例えば親の介護に疲れたとき、グレーゴルの家族と同じような気持ちになることはないだろうか。第3回では、たやすく失われてしまう、人間の尊厳について考える。
第4回 弱さが教えてくれること
- 【放送時間】
- 2012年5月23日(水)午後11:00~11:25/Eテレ(教育)
- 【再放送】
- 2012年5月30日(水)午前5:30~5:55/Eテレ(教育)
- 2012年5月30日(水)午後0:25~0:50/Eテレ(教育)
- 2012年5月30日(水)午後11:00~11:25/Eテレ(教育)
- 2012年6月6日(水)午前5:30~5:55/Eテレ(教育)
- 2012年6月6日(水)午後0:25~0:50/Eテレ(教育)
- ※放送時間は変更される場合があります
- 【ゲスト講師】
- 川島隆(滋賀大学経済学部特任講師)
- 【特別ゲスト】
- 頭木弘樹(カフカ研究家)
グレーゴルは、父から投げつけられたリンゴによる大けがが原因で死ぬ。グレーゴルの死後、家族はピクニックに出かける。困った虫がいなくなった開放感に満たされ、休日を楽しむ家族。そこには人間の残酷さが鮮やかに描かれている。「絶望名人 カフカの人生論」を記した頭木弘樹さんは、カフカは弱い人だったからこそ、誰も気がつかない人間のエゴに注目し、真実を描くことが出来たのだと考えている。最終回では、自らの弱さをバネにしたカフカのしたたかさについて語り合う。
- ○NHKテレビテキスト「100分 de 名著」
- カフカ『変身』2012年5月
- 2012年4月25日発売
- 定価550円(本体524円)
- →詳しくはこちら(NHKサイトをはなれます)
「変身」こぼれ話
カフカ「変身」いかがだったでしょうか?「100分 de 名著」ではこれまで、哲学や宗教など、自己啓発につながるような本を読みとくことが多かったのですが、新年度はあえて違うジャンルを取りあげ、小説に挑戦しました。それが4月の「源氏物語」と5月の「変身」です。今回のシリーズでは、カフカの「変身」を「自分を知るための鏡」と位置付け、制作にのぞみました。
私たちは普段、様々な悩みを抱えながら生きています。生きるのがつらいとまったく思わない人は、まずいないでしょう。そんな時に「変身」を読めば、今、自分がどんな状況におかれているのかが、よくわかります。もちろん、わかったところで解決策はありません。しかし心の整理にはなります。そんなメッセージをこめて作りました。
また今回は、著者・カフカの人生も詳しくお伝えしました。カフカの人生を知ることで、「変身」のとらえ方がより深まると考えたからです。小説の場合、「著者の人生」と「著作の内容」は別で、一緒に考えるべきではないという人もいます。しかしカフカの場合、あまりにも興味深い人物だったのと、カフカが抱えていた様々な悩みが現代にも通じるものだったので、あえて長めに紹介しました。ちなみに、再現シーンでカフカを演じた俳優さんは、本当は陽気なイタリア人で、VTRのように暗い人ではありません。
次回の6月シリーズは小説ではなく、再び哲学方面に舵を切ります!お楽しみに。