三菱重:ロケット事業10年で売上倍増-工夫凝らし宇宙事業強化 (訂正)
(松浦氏の名前を訂正します)
6月6日(ブルームバーグ):5月のH2Aロケットの打ち上げに成功した三菱重工業は、今後10年以内に宇宙事業の売上高の倍増を目指す。政府からの需要に加え、海外からの受注で衛星打ち上げの頻度を高めるほか、ロケット関連部品の海外輸出や宇宙を利用した創薬関連事業など、新規ビジネスにも取り組み宇宙関連事業を強化する。
同社航空宇宙事業本部の浅田正一郎宇宙事業部長がブルームバーグ・ニュースのインタビューで明らかにした。同部長は「宇宙事業としてある程度存在感のある売上高を上げたい」とし、「現在の500億円程度から1000億円の大台に乗せること」が目標と述べた。
具体策として浅田部長は、打ち上げ事業だけでは売上高の倍増は難しいため、米国向けにロケット部品輸出や米企業との協業などの分野への本格進出を検討していると話した。同社は既に米主要ロケットのデルタロケットの第1段エンジンのバルブとタンクを提供しているが、今後は部材や納入先の拡大に努める考え。
新規ビジネスとしては「製薬会社とタイアップして宇宙で薬を作る。いまは飛行機での無重力実験の段階だが、すでにいろいろな成果を出している。これをうまく成長させたい」と語った。浅田部長はさらに、日本では現在ほとんど手をつけていない防衛関連での宇宙利用にも期待しているという。
宇宙へのアクセス手段を確保浅田部長は、ロケット打ち上げの基本原則は「日本としていつでも、誰にも邪魔されずに宇宙空間へのアクセス手段を確保する。これが一番大事で、欧米でもこれは変わらない」と強調。「その意味で技術は国産、そして射場も国内にあえてこだわりたい」と述べた。
日本のロケット産業は、三菱重工を頂点に1次下請けで約350社を超え、2次下請けまで含むと1000社程度に及ぶ。浅田部長は「日本として輸送系の産業をキープすることが大切だ」と語り、「厳しい状況の中で潰さないようにすることの方がより正確だ」と指摘。事実、部品メーカーでは採算性などの面で宇宙事業から撤退を検討する企業も出てきているのが現状だ。
三菱重工と宇宙航空研究開発機構(JAXA)は5月18日未明に種子島宇宙センターから、韓国と日本の衛星を搭載したH2Aロケット21号機の打ち上げに成功。海外の衛星の打ち上げは今回が初めてで、日本のロケット産業としては新しいステージに入った。15回連続の成功となり、ビジネスとして重視される成功率は95.2%に達した。
同社は、ロケット生産と打ち上げ能力を維持し、一段の信頼性を確保するために必要な安定生産は年間に4機程度としている。2012年度以降は官需である日本政府のミッションを年2機から3機と予測。浅田部長は「足りない数を補充するために、年間で1機から2機の商業打ち上げが必要となる」と説明する。
コスト競争など依然厳しく世界で静止軌道への商業衛星の打ち上げは年間で約20機程度。世界レベルでの競合相手とは、コスト競争の面で依然として後れをとり、実績面でもまだ差がある。現状では、欧州のアリアンスペースが市場の約半分を占め、露インターナショナル・ローンチ・サービシスがそれに続く。浅田部長は「前回の打ち上げがうまくいったから次の受注がどんどん回ってくると楽観的に考えてはいない」と述べた。
さらに円高が海外勢とのコスト面の差を一段と拡大させており、海外衛星打ち上げの受注は厳しい。それが結果的に日本のロケット打ち上げ能力と産業維持を危うくさせている。浅田部長は「現行の為替レートでは海外からの受注はとてもではないが取れない」とし、1ドル=100円程度の水準まで戻れば「初めて海外勢との競争ができる余地が生じる」と語った。
それに加え、衛星を活用する日本企業も経済合理性を優先させているため、コストが割高な日本製ロケットは苦しい状況にある。ただ浅田部長は、三菱重工の宇宙事業は官需を支えに、これまで長期間、営業損益ベースでの利益を維持してきたとしている。
コストを半減へ民間の受注を増やすためには、費用の低減が不可欠だ。浅田部長は、開発構想がある次期基幹ロケットでは将来的にはコストを半減させると述べた。そのため「可能な限り特殊な部品を使わない、航空機や自動車など大量に製造されているものから採用する方向に持っていきたい」と語った。
開発はどうしても必要なものに絞り込み、それ以外はこれまで米国から学んだことを基に大胆に変化させることが生き残りのための条件だとする。具体的な部材については「検討を始めたばかりで決まっていない」と述べるにとどめた。
新興国にパッケージ提供ただ、低コストモデルの新型ロケットを開発するのは10年程度が必要だが、同部長はそれまでの間、収益確保の方策のひとつとして「新興国に衛星の打ち上げから地上設備、運用、人材育成までパッケージで提供する。日本政府の支援を前提としたもので、今はそれぐらいしか勝ち目がないかと考えている」と説明した。
新興国でも通信放送衛星や地球観測衛星などの分野で自国の衛星を必要としており、資金は日本政府からの支援の形で提供する計画。浅田部長は、現在協議を進めているモンゴルや某東南アジアの国は15年ごろの打ち上げを希望していると明らかにした。
政府は2月、宇宙開発と利用の総合的な推進を図ることを目的に「宇宙戦略室」(仮称)設置などの宇宙政策振興の法案を国会に提出済み。早ければ今国会で成立する可能性もある。これまでも、外交などの場で、海外の政府に対して衛星打ち上げから運用までを積極的に提案してきた。
浅田部長は、米民間宇宙ベンチャー企業スペースXも将来的にはライバルになる可能性があると指摘した。その上で、スペースXの特徴のひとつは「ほとんど内製というところだ」とし、コスト削減の参考になる部分は取り入れたいとの考えを示した。同社は、低価格で無人宇宙船の物資輸送のミッションを成功させ世界の注目を集めた。
宇宙関連の著作が多い作家の松浦晋也氏は「部品輸出や創薬など事業の裾野を広げる重工の戦略自体は評価できる」とし、「政府支援による海外の衛星打ち上げは実現に向けたハードルはいくつもあり簡単には決まらないだろう」と指摘した。
また、松浦氏はスペースXの打ち上げ費用はH2Aの半額以下のため、コストの半減を目指す戦略は正しいとした。その上で、「三菱重だけでなく関連産業の存続のためには、厳しいながらも避けることのできない選択だ」と述べた。
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更新日時: 2012/06/06 18:36 JST