WEB特集
SF叙情詩人 ブラッドベリ氏逝く
6月7日 20時15分
SFショートショートの名手として知られた作家の故・星新一さんは、青年期に初めてブラッドベリの「火星年代記」を読んだときの感動を、「この本との巡り会いがもう少し前後にずれていたら、私はSFを書き始めたかどうか分からない」と記したそうです。
星さんをはじめ、多くの人をSFに目覚めさせた「火星年代記」や「華氏451度」、「10月はたそがれの国」などの作品で「SF界の叙情詩人」と呼ばれたアメリカの巨匠、レイ・ブラッドベリ氏が91歳で亡くなりました。
ブラッドベリ氏から多大な影響を受けた日本のファンやSF関係者からも、その死を惜しむ声が上がっています。
少年の夢を抱いたまま作家に
ブラッドベリ氏は1920年にアメリカ中西部のイリノイ州で生まれ、少年時代から図書館でH.G.ウェルズやE.R.バローズなどを読み、探求心と想像力をふくらませながら育ちました。
ロサンゼルスの高校を卒業後、街角で新聞を売りながら図書館でタイプライターに向かって創作に打ち込み、21歳でいわゆるパルプマガジンにデビュー作を発表して作家活動を開始。
そして30歳のときに発表した「火星年代記」で、人気作家の地位を不動のものにしました。
“宇宙版・千夜一夜物語”
20以上の短編からなる「火星年代記」は、20世紀末の1999年、地球から出発する火星探査ロケットの場面から始まります(現在出版されている「新訳版」では、年代が1999年から2030年に移っています)。
地球人が持ち込んだウイルスで火星人は滅亡して火星の開拓が進みますが、皮肉なことに故郷の地球は核戦争で滅んでしまいます。
作品は当時の東西冷戦を痛烈に風刺していますが、それだけではありません。
火星に乗り込んだ地球の隊員はこう話します。
「わたしたちはこの火星をどこかから必ず汚し始めますよ。運河をロックフェラー運河と呼び、(中略)ルーズベルト市や、リンカーン市や、クーリッジ市が誕生しますよ」自国のスタイルや考え方を強引に広げる、アメリカによるグローバリゼーションを予見するような内容になっています。
発表当時、「この作品によってSFは大人になった」と高く評価され、SF界の金字塔として、今も多くの人に親しまれています。
SF界の“叙情詩人”
ブラッドベリ氏はその後、全身の彫り物が月光の下で不思議なドラマを繰り広げる幻想的な「刺青(いれずみ)の男」、紙が燃え始める温度を題名にして、言論や思想統制の恐怖などを描いた「華氏451度」など、みずみずしい感性に鋭い文明批判を伴った傑作を次々に発表。
「10月はたそがれの国」など多くの優れた短編集も著し、「SF界の叙情詩人」と呼ばれ、作品は映画にもなりました。
晩年まで創作に打ち込む
ブラッドベリ氏は79歳のときに脳梗塞で倒れ、車いすで生活しながら5年前にも新作を発表するなど、衰えない創作意欲を見せていましたが、闘病生活の末、今月5日に亡くなりました。
アメリカの主要メディアは、「SF文学の開拓者が亡くなった」などと大きく伝え、ブラッドベリ氏の影響を受けた日本のファンやSF関係者からもその死を悼む声が上がっています。
美しく難解なブラッドベリ文学
ブラッドベリさんの文章は表現が難解で、翻訳者泣かせとも言われています。
「火星年代記」や「刺青の男」などの代表作を翻訳した小笠原豊樹さんは、「文章も難しいが、同義語が同じページに多くちりばめられているため、こちらが用意している言葉が払底してしまうことに苦労しました。SFには科学や技術を突き詰める『ハードSF』と、叙情性を追求する『サイエンス・ファンタジー』の作家がいるが、ブラッドベリさんはまさに後者で、作品の叙情性が印象的でした」と話しています。
初めてSFを文学に高めた
また、SFを草創期から研究している評論家の石川喬司さんは、「ブラッドベリ氏の小説は、世界の文学史において、画期的な存在だった」と評価しています。
「それまでSFは軽い読み物として一段低く見られていたが、ブラッドベリ氏によってSFが大人の鑑賞に耐えうる文学作品だと初めて認識されるようになった。ブラッドベリ氏が持つ豊かな叙情性は日本人の感性に近く、日本のSF作家のほとんどが何らかの影響を受けたのではないか」と話しています。
石川さんは、故・小松左京さんらと1970年に「第1回国際SFシンポジウム」を開きましたが、そのときブラッドベリ氏にも招待状を送ったそうです。
しかしブラッドベリ氏からは、「ぜひ行きたいが、私は飛行機を信頼していない。船で行きたいがそれでは間に合わないので残念です」という返事が来たということです。
石川さんは、「SF作家なのに飛行機が怖いというのがおもしろかったです。出席できないかわりに、ブラッドベリ氏は130行にも及ぶ長編の詩をシンポジウムのために、寄稿してくれました。亡くなった今は、SF文学の原木、大きなルーツを失ったような気がします」と話しています。
テクノロジーに警鐘を鳴らし続けた“永遠の少年”
ブラッドベリ氏は、晩年、携帯電話やインターネットなどの電子機器が身の回りに多すぎる、と不平をもらし、自身の作品の電子書籍化も拒否したということです。
テクノロジーや物質文明に対する警鐘のメッセージが込められたブラッドベリ氏の作品の数々は、今こそ、多くの人に読み継がれるべきものかもしれません。