適格検査【3(最終)】
そんな笑い声が響くオフィスの上の階に社長室がある。社長室といっても、無駄が嫌いな社長の方針で小ざっぱりしたものだ。社長は、この部屋でいつものように下から上がってくる様々な書類に目を通しては判を押していた。
そこに、ノックの音が響いた。社長は「入りたまえ」と、書類に判を押す手を止めることなく声をかけた。
入ってきたのは、人事担当の40過ぎの男だった。社長の机の前に歩み寄った人事担当者は、一礼して報告を始めた。
「○○は、昨日付で辞表を提出しました」
「ま、学生とトラブルを起こしたのだから当然だな」
人事担当者に目を向けることはなかったが、とりあえず返事だけは返す社長。しかし、その報告に対して、何の興味もなく、何の感慨も湧いていなかった。
「大学側からも、この件は内密にしてほしいと言ってきておりますので、事件が外部に漏れる恐れはないでしょう」
「ふむ」
社長はようやく書類に判を押す手を止めて、酷薄な笑みを浮かべた。
「人材育成と言ってみたところで、かつては個々人のスキルに頼らなければならなかったものでも今ではコンピューターが何でもやってくれる。おかげで、人材などという言葉は、もうすぐ死語になるだろう。我が社も然りだよ。しかし、人を切るにはそれなりに大義名分がいる」
「だから、適格検査で不適格と判断された場所に配置すれば、自然と辞めざるを得なくなる……自明ですね」
人事担当者はそう言って、泣いているとも笑っているともつかない表情を浮かべた。
「出来れば月末までにもう一人切りたい。さっさと辞めさせられて、なおかつ我が社へのダメージが少ない人間の選考と、配置を決めてくれ。君の腕の見せ所だぞ」
「分かり……ました」
社長に、人事担当者は震える声で応えると、一礼して回れ右をすると社長室の扉を開けた。
社長は、部屋を出て行く人事担当者の肩を落とした背中を目で追いながら(次はあいつかな……)と考えていた。元来、人情に厚い男なのだ。そんな男が人を陥れるような職務にそう長く耐えられるはずがない。もちろん適格検査の結果も人事担当は不適格だった。
社長はおもむろに引き出しを開けると一通の封筒を取り出し、中から一枚の紙を抜きだした。
そこには適格審査の結果をお知らせしますという文言と社長の名前が書いてあった。そして、その下には『社長職――適格』と記されていた。
社長はふんと鼻で笑うと、適格審査の結果の紙を握りつぶして、部屋の隅のごみ入れに投げ込んだ。
≪fin≫
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