村上春樹 『偶然の旅人』
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村上春樹の『東京奇譚集』という短編集がありますが、今回はそれに収められている短編作品の感想を書きたいと思います。
村上春樹の作品って、読むと何か静寂感に包まれてしまいますよね。この短編集もやはりそのような静寂感に満ち満ちています。まずは最初の作品である『偶然の旅人』です。
登場人物がピアノの調律師。またチャールズ・ディッケンズの『荒涼館』という本についてカフェで見知らぬ女性と語り合うという設定。これは村上本人が実際に聞いた話だというのですから、そもそも村上自身がこのような静寂感漂う人たちとの交流があるのだと思います。ジャズバーでのあまりポピュラーではない曲を偶然演奏してくれた、という村上自身の体験談にしても、何か落ち着いた雰囲気が漂っています。
文芸批評家に柄谷行人という人がいるのですが、彼によると村上の作風は明治の国木田独歩や昭和初期の日本浪漫派の流れを組むのだそうです。私は日本浪漫派については詳しくは知りませんが、国木田独歩の『忘れえぬ人々』は読みました。村上の作品の『1973年のピンボール』がこの『忘れえぬ人々』に似ていると主張する柄谷ですが、とくに村上の傾向としてあまりメジャーではないガジェットを用いるそうです。この『偶然の旅人』にも村上自身があまりポピュラーではないと認めるガジェットが用いられて、それがディッケンズの『荒涼館』であり、ピアニストのトミー・フラガナントリオが偶然演奏してくれた『バルバドス』『スター・クロスト・ラヴァーズ』の二曲なのです。
このようなマイナーなガジェットを用いることにより、主人公が見るもの、それは人も含めて、風景にしてしまう。逆にいうとすべてを風景としてしかとらえない人物の描写。柄谷によればこのあたりが村上春樹と国木田独歩の共通点なのだそうです。
村上作品に漂う静寂感は、この村上自身の風景的に物事を見てしまう視点にあるのかもしれませんね・・・・・ |