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生活保護と親族  扶養義務強化は慎重に

 人気お笑い芸人の母親が生活保護を受給していたことが騒がれている。これを受けて小宮山洋子厚生労働相は、親族からの返還強化や、扶養困難なら証明義務を課す法改正を検討すると表明した。
 貧困者の実態を無視した安易な発言だ。
 時代とともに、家族の形は変わり「無縁社会」とも言われる。親族に扶養義務を課せば真に困っている人が申請をためらい、自殺や無理心中に追い込みかねない。孤独死が相次ぎ家族という制度が崩れつつある現状を見つめて、冷静に貧困対策を議論すべきだ。
 生活保護法は、保護時に親族の扶養を条件にしていない。この規定には、理由と背景がある。
 民法は夫婦間・直系親族と兄弟姉妹に扶養義務を課すが、通説では強い義務を負うのは夫婦間と未成熟の子に対する親のみ。成人した子の老親への義務は「自分の地位にふさわしい生活が成り立ち、余裕があれば援助」にとどまる。伯父・伯母やおい・めいが扶養義務を負うのは、家裁の決定があった場合に限られる。
 「扶養が保護に優先」との生活保護法の規定は、仕送りがあればその分を保護費から減額することを意味する。仮に裕福な親族がいても、本人が困窮していれば保護を受けられる。借金や破産、家庭内暴力など、さまざまな理由で家族と葛藤を抱え、疎遠になっている人が多いからだ。
 北九州市や札幌市の餓死事件では、窓口担当者が親族扶養を条件だと説明して相談者を追い返し、悲劇を招いた。3月に発覚した宇治市のケースワーカーの問題でも「生活保護費削減のため、前夫が生存している場合は子どもの養育費を請求、獲得することを誓います」と、法的根拠のない誓約書を強要していた。
 親族への扶養照会は、疎遠な親兄弟に恥を知らせたくないとの思いから、保護申請をためらわせる要因と指摘されている。冷え切った親族に仕送りを強いる制度設計では、かえって人間関係をこじれさせ、厄介者扱いにしかねない。
 厚労相の諮問機関「社会保障審議会」は、210万人に迫る生活保護受給者対策を法改正も視野に議論を始めた。自民党は31日、給付水準1割カットを盛り込んだ次期衆院選マニフェスト原案の改定案を発表した。不正受給問題を背景に与野党とも厳しい姿勢が目立つ。だが公助と自助のいずれに力点を置くにせよ、「家族」という単位が、民法が制定された明治時代の姿から変容したことは踏まえざるをえないはずだ。
 家族がいても孤立し、困窮しても生活保護をためらう人がいる。そのことを忘れず、慎重な議論を求めたい。

[京都新聞 2012年06月01日掲載]

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