「韓国の従北主義者は良心の裏切り者」

北朝鮮と韓国で林秀卿氏に会った脱北者・朴相学氏

 脱北者で「自由北韓(北朝鮮)運動連合」代表の朴相学(パク・サンハク)氏(44)=写真=は、脱北者に対する暴言で物議を醸した野党・民主統合党(民主党)の林秀卿(イム・スギョン)議員(44)と2回会ったことがある。1回目は林議員が訪朝した1989年、北朝鮮の大学生として平壌で会い、そして17年後の2006年、今度は脱北者として京畿道始興市で顔を合わせた。

 朴氏は朝鮮労働党幹部の息子だったが、1999年に鴨緑江を渡り北朝鮮を脱出した。4日午後、2時間にわたり記者と面談した朴氏は「(林議員による)裏切り者という言葉を聞いた瞬間、これは北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)第1書記がわれわれに言い放った言葉だと思った。林議員が金第1書記に代わってこのような言葉を口走ったのではないか、という考えが頭をよぎった」と語った。

-1989年、平壌で会った林秀卿議員は。

 「林秀卿氏は私が通っていた金策工業総合大学の総合運動場のステージに上がって演説し、全国大学生代表者協議会(全大協)の進軍歌を力強く歌った。右手を天に向かって突き出し、声を張り上げる姿が今でも目に浮かぶ。北朝鮮では想像できないような自由奔放さや、未知の世界の人間という点で、彼女に憧れた。彼女の服装は見るたびに変わっていた。飛行機に乗ってやって来た人がなぜ、あんなに沢山の服を持っているのかという話も出た。われわれの間では、大富豪の娘が来たといううわさが流れた。背が小さかった私は、列の一番前に並び、林氏と握手を交わした。その手は温かく感じられた」

-2006年、韓国で林議員に会ったときの印象は。

 「林氏に会ったのは6年前、京畿道始興市にある農民教育院でのことだ。当時私は、韓国指導者アカデミーの受講生、林氏は外部講師という立場だった。林氏は1時間30分にわたって講演した。その内容は自分が北朝鮮を訪問した経験など、自分史を中心とした講演だったと記憶している。ある受講生が北朝鮮の悲惨な現実について言及したところ、林氏は『私が直接見たわけではないため、よく分からない』と答えた。答えを避けたという印象だった。また、韓民族(朝鮮民族)の同質性を取り戻すべきだ、と主張していた。北朝鮮の社会システムが韓国の自由民主主義とよく似ているという趣旨の発言もあった。だとすれば、私はなぜ命を懸けて北朝鮮を脱出したのだろうか。意味が分からなかった。首領独裁国家(北朝鮮)と韓国の、一体どこが似ているというのか」

-林議員は脱北者に対して言及しなかったのか。

 「講演が終わった後、受講生など約10人と事務室で面会した。私は『(林氏が)訪朝したとき、平壌で握手を交わしたが、今は北朝鮮を脱出した。あのとき握手した北朝鮮の大学生たちと同じように、われわれ脱北者たちの手を握ることができるか』と尋ねた」

キム・ヒョンウォン記者
前のページ 1 | 2 | 3 次のページ
<記事、写真、画像の無断転載を禁じます。 Copyright (c) The Chosun Ilbo & Chosunonline.com>
関連フォト