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クロスベル編(ここから先、零・碧の軌跡ネタバレ)
第五十八話 クロスベル市センキョ騒動! (3) ~新市長誕生!?~
<鉱山町マインツ付近 トレーラー型現場指揮車両内>

人質になっていたマインツの住民達はエステルとヨシュア、ガイによって救出された。
残る人質はオリビエだけになってしまい追いつめられたマルコーニ達は、残る部下を町で一番大きな建物である宿酒場《赤レンガ亭》へと集め立てこもった。
おそらくオリビエが閉じ込められてるだろう奥の客室は、鉱山の町を象徴しているかのように、周囲を岩壁で囲まれている。
窓から中の様子を見る事も出来ず、出入り口は酒場の奥の階段しかない。
よって警官達が強行突入する手段を容易に使う事は出来ず、現場の警官隊の指揮を取るピエール副局長は手をこまねいていた。
そんなピエール副局長にセルゲイは話があると言って指揮車まで呼び出したのだった。

「要求通り、やつらを逃がすだと!?」

指揮車へやって来たピエール副局長はセルゲイ達の話を聞くと、怒ってそう叫んだ。

「ええ、人質の安全が最優先です」
「お前の得意な交渉で何とかならんのか」

セルゲイの返事を耳にしたピエール副局長は苛立った様子でアリオスに声を掛けた。
しかし、アリオスはピエール副局長と顔を合わせようとしなかった。

「やつらは宿酒場を拠点として数日間立てこもれるだけの精神的な余裕がある、現時点で人質を解放させるのは難しいと思われます」

奥でコンピュータを操作していたダドリーが、アリオスの代わりに答えた。

「それならば、やつらの気力が尽きるのをじっと待てと言うのか!?」
「ですから飛行艇にやつらを移動させ、心理的なテリトリーを狭めるのです」

ピエール副局長の質問に、ダドリーは車に乗ると気が大きくなる例を挙げて説明した。

「だからと言って犯人を逃がす事は無い、人質を飛行艇に連れ込もうとする時がチャンスではないのかね?」

ダドリーの話を聞いたピエール副局長は不機嫌な顔で首を横に振って否定した後、セルゲイに向かってそう主張した。
ピエール副局長の言う通り、人質の安全が確認出来て奪還し易いタイミングであるのは一つの見解として間違いではない。

「ですが強硬手段を取れば犠牲者が出てしまうかもしれません、血を流さずに済む他の手段があるのならば、そちらを選択した方が懸命だと思います」
「そんな甘い事を言っている場合かね、だいたい宗教家が口を挟む問題では無いのだよ!」

シスターの服装をしていたクローゼが意見を言うと、ピエール副局長は大声を張り上げた。

「俺がアンタをここへ呼んだのは、狙撃なんて変な気を起こさないように釘を刺しておこうと思ってな」
「警察が犯人達の逃亡を指をくわえて黙って見ているなど、恥ずかしい事が出来ると思うのかね!」

階級が下のセルゲイに失礼な呼び方をされた事にも腹が立ったのか、ピエール副局長は顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。

「……そこまで面子(メンツ)が大事か?」
「何っ?」

アリオスが低い声で問い掛けると、ピエール副局長は振り返ってアリオスをにらみつけた。

「その警察上層部のくだらないプライドのせいで、失われた命があったのを忘れたとは言わさんぞ」

鋭い眼光を放つアリオスの発言を聞いたピエール副局長は、逃げるように顔を背けた。
そんなピエール副局長にセルゲイはからかう様な口調で声を掛ける。

「あの事件で副局長は犯人射殺の責任を取らされたから、さぞかし深く印象に残っているでしょうな」

アキレス腱を突かれたピエール副局長は悔しそうに顔を歪めた。
局長に昇格する機会を逃した原因でもあるからだ。

「だが警察は弱みを見せて舐められるわけにはいかんのだ、犯人達の要求を丸飲みしたなとど知られたら、警察の威信は失墜するではないか!」
「それなら警察の威信を保つためなら犠牲者が出ても構わないと言うのか?」

ピエール副局長がそう叫ぶと、アリオスは静かな怒りを秘めた表情で厳しく問い質した。
するとピエール副局長はウンザリした顔で吐き捨てる。

「求められるのは凶悪犯の命の有無よりも事件を迅速に処理する事、それは遊撃士協会も同じではないのかね?」
「断じて違うわよ!」

ピエール副局長の言葉に答えたのは、指揮車に入って来たエステルだった。
そしてエステルの後ろに立つヨシュアは、しっかりとした声で協会規約第1項を詠唱した。
協会規約第1項は、遊撃士協会の基本理念である民間人の平和を最優先の目的とする事を示すものだった。
ヨシュアの言葉を聞き終わったセルゲイは、拍手をしながらピエール副局長に声を掛ける。

「いやはや素晴らしい、遊撃士協会の理念は若い遊撃士にまで受け継がれているようですな」
「クロスベル警察にも同じ様な理念があったはずなのだが、見失ってしまっている者達が居るな」

ダドリーもピエール副局長を見て、そうつぶやいた。

「強引に事件を解決しようとして犠牲者を出す様な過ちを、あなた達警察は再び繰り返すつもりですか?」

ヨシュアがそう言うと、ピエール副局長は顔色を変える。

「どうして外国から来たばかりの遊撃士がその事を知っている、まさかお前達が私を辱めるために話を広めているのではあるまいな!」
「それは被害妄想ってやつですよ」

ピエール副局長に難癖を付けられたセルゲイはあきれた顔で答えた。

「犯人達を飛行艇に乗せて逃がすのは一時的なものです、その後飛行艇を捕捉し必ずや犯人達を投降させます」
「しかし犯人達がクロスベルの外へ逃亡などしたら、我々は手出しが出来なくなるではないか」

アリオスが落ち着いた声でピエール副局長に声を掛けると、毒気を抜かれたピエール副局長はそう答えた。

「犯人達はクロスベル国内で捕らえます、ですから手出しは無用でお願いしますよ」
「ふん、分かっておる」

セルゲイの言葉にピエール副局長はエステル達が拍子抜けするほどあっさりとうなずき、指揮車を出て行った。

「あれだけ言っておけば大丈夫だろう」
「疲れるほど話し合いをされたんですね」
「まあな」

ピエール副局長が立ち去った後、深々とため息を吐き出したセルゲイを気遣うようにヨシュアは声を掛けた。
そしてエステルとヨシュアは町から黒服の男達の姿が消えたので、人質にされていたマインツの町の人々を警官隊や警備隊達に任せて指揮車に戻って来たと報告する。

「アネラスさんは一緒に居る間に町の人達に好かれてしまったみたいだから、町の人達を元気付けるために側に居てもらう事にしたわ」
「ガイさんは狙撃班の所へ戻りました」
「そうか」

エステルとヨシュアの報告を聞いたセルゲイは軽くうなずいた。

「……あの東方系マフィアの立てこもり事件は、ガイがお前達に話したのだな?」
「あたしが気になって聞いたの、ごめんなさい」

アリオスに尋ねられたエステルは神妙な顔をして頭を下げて謝った。

「いや、もう良い。だが、あまり口外しないで欲しい」
「はい、分かっています」

そうアリオスに言われたヨシュアとエステルは真剣な表情でうなずいた。

「今回の事件は血を見る事無く解決できると良いんだがな」
「町中で銃撃戦ともなれば、最悪の事態になる」

セルゲイの言葉にうなずいたアリオスはそうつぶやくと、エステルとヨシュア達に流血事件が周囲に与える影響を話した。
以前の事件での被害者は射殺された犯人と自ら命を絶った母親だけでは無い。
当時人質にされたサヤ=マクレインも、犯人が射殺される所を目の当たりにして心に傷を負ったのだ。

「なるほど、ですからアリオスさんは犯人達を町から遠く離れた場所で捕まえようとお考えになったのですね」

アリオスの話を聞いたクローゼは感心したようにそうつぶやいた。

「でも飛行艇に乗って逃げた犯人を追いかけるなんて難しくない?」

エステルとヨシュアが準遊撃士になって初めて遭遇した大きな事件(ヤマである、ロレント市長邸からジョゼット達がセプチウムの結晶を強奪した事件。
あの時、山猫号に乗って逃げたジョゼット達の行方は分からず、偶然アジトを見つける事が無かったら、かなり解決まで長期化していただろう。

「その点は心配ありません」

クローゼの側に居たシスターのリースがそう告げて、エステルとヨシュアに“秘策”を話すとエステルは目を輝かせる。

「それって凄いじゃない!」
「でもどうしてピエールさんに話さなかったんですか?」
「あいつがこの事を知ってみろ、秘密にしておけと言っても自慢してそこらじゅうに触れまわるに決まっている」
「それに態度が大きくなって犯人達に疑われる可能性もあるからな」
「確かに乗せられたら得意気に暴露しちゃいそうね」

ヨシュアの質問に対するセルゲイとダドリーの答えを聞いて、エステルは苦笑してつぶやいた。

「それで先方からの希望で、お前達も作戦に同行して欲しいとの事なんだが、疲れているのなら無理をする必要は無いぞ」
「いいえ、行きます!」

セルゲイがそう言うと、エステルは元気な声で即答した。

「それならば、今から全力で走らなければ間に合わないかもしれないな」

アリオスがエステル達に待ち合わせの場所を告げると、エステル達は指揮車から飛び出して行った。

「ほう、人質救出作戦を遂行したばかりなのに、なかなか体力があるじゃないか」
「リベール王国でも、良い先輩に恵まれたようだな」
「ええ、優秀な遊撃士の方々が居て下さるのはとても頼もしい事です」

エステル達の姿を見送ったセルゲイとアリオスがそうつぶやくと、クローゼも安心した表情で答えた。



<鉱山町マインツ 入口付近>

ディーター総裁によって用意された1億ミラ入りのジェラルミンケースの山は、警備隊と警官隊の大輸送作戦によりマルコーニ会長達が立てこもる宿酒場の前に積まれた。
そして要求に答えるためオリビエとクローゼが乗って来た帝国軍の小型飛行艇が着陸すると、パイロットやクルーは追い出された。
人質は帝国の皇子オリビエだけで十分と判断したのか、新たな人質を増やすだけの余裕が無いのだろう。
町の人々を奪還され見張っていた構成員が逆に人質にされた形になっても、マルコーニ会長達は強気な態度を崩さなかった。
包囲を狭めた警官隊達の目の前で、黒服の男達は挑発するように薄ら笑いを浮かべながらジェラルミンケースを小型飛行艇へと積み込んでいる。
ピエール副局長を含む警官隊達は悔しそうに歯ぎしりしながらその様子を見ていた。
ガイやノエル曹長の狙撃班も町の民家から狙いを定めながら、じっと成り行きを見守っている。

「さあて、終わるまで我慢してくれよ」
「作戦通り行けば私達の出番は無くなってしまいますね」
「そりゃ良い事じゃないか」
「本当にそうですね」

ガイの言葉にノエル曹長はクスリと笑って答えた。
1億ミラ入りのジェラルミンケースは300個もあるので運び込むのにも時間が掛かる。
その間にマルコーニ会長が飛行艇に乗り込むため姿を現すと、警官隊達は騒然となった。

「逮捕できるものならしてみるが良い、ただしその場合人質がどうなるかわからんがな」
「くっ……!」

マルコーニ会長が余裕の表情でピエール副局長に声を掛けると、ピエール副局長は顔を真っ赤にして悔しそうに肩を震わせた。
そのピエール副局長の表情を見て満足したマルコーニ会長は高らかな笑い声を上げながら飛行艇へと乗り込んで行った。
さらに黒服の男達によって飛行艇へ全てのジェラルミンケースが運び込まれると、オリビエに銃を突き付けたガルシアが宿酒場から姿を現した。
しかしガルシアはマルコーニ会長と対照的に疲れた表情をしている。
むしろ銃を突き付けられているオリビエの方が涼しい顔で微笑みかけて来るのを見て、警官隊達は驚いてあっけにとられた。

「ひ、人質は無事に返してくれるのだろうな?」
「ああ、俺達が逃げた先で解放してやるよ」

戸惑いながらもピエール副局長が尋ねると、ガルシアはウンザリした感じで答えて肩を落としながら飛行艇へと乗り込んで行った。
覇気の無いガルシアの姿に、ピエール副局長達はすっかり毒気を抜かれてしまった。
そしてついに300億ミラ全ての積み込みが終わり、マルコーニやガルシア、オリビエ、黒服の男達を乗せた飛行艇は北の空へと消えて行った。
飛行艇が国境から出てしまえば、クロスベル警察及び警備隊は関与できなくなる。
もしその様な事になってしまったら、ピエール副局長の降格もありえる。

「失敗は許さんからな……!」

ピエール副局長はそう言ってセルゲイ達の乗る指揮車をにらみつけるのだった。



<クロスベル自治州 鉱山町マインツ方面 月の僧院>

マインツの町を出たエステル達は山道を下り、隧道(すいどうの途中の別れ道を進み、月の僧院と呼ばれる遺跡へとたどり着いた。
ここには表向き遺跡の調査と言う名目で、星杯騎士団の関係者がやって来ているとの事だった。
しかしその本当の目的は違っていた。

「待ち合わせの場所はここのはずだけど……」

扉を開け、静まり返った礼拝堂を見回したエステルは不思議そうな表情をした。

「待っていたで、エステルちゃん」
「ケビンさん!」

柱の陰から姿を現したケビンを見て、エステルは驚きと喜びが入り混じった声を上げた。

「ギリギリやったけど、間に合ってくれて助かったで」
「でも飛行艇は見当たりませんでしたけど?」

ケビンの言葉に疑問を持ったヨシュアはそう尋ねた。

「まあ、これから面白い手品を見せたるで」

エステルとヨシュアに向かってウィンクを送ったケビンは、そう言って入口の扉を開けて表へと出て行った。
2人もあわてて外へと引き返す。
すると目の前には白色を基調とした洗練されたフォルムの小型飛行艇が浮かんでいた。

「ええっ、さっきまではどこにも飛行艇なんて無かったのに!」
「うん、隠せる場所なんて無かったはずだよ」

エステルとヨシュアは目を丸くして飛行艇を見つめた。

「それはこう言う事や」

ケビンが手を振って合図をすると、飛行艇は煙のように姿が消えた。

「うわっ!」
「凄い……」
「詳しい事は秘密やけど、光の屈折を利用して見えないようにできるんや」

ケビンの説明を聞いたエステルとヨシュアは感心してため息をついた。

「ようこそワイの愛艇《メルカバ伍号機》へ、歓迎するで」

飛行艇に乗り込んだエステル達に、ケビンが部下である2人の従騎士セサルと従騎士マーカスを紹介した。
セサルとマーカスに「グラハム卿」と呼ばれているケビンにエステルは感心して声を掛ける。

「ケビンさんって、偉い人だったんだ」
「そんな、大した事無いで」

エステルに対してそう答えたケビンだったが、セサルとマーカスが星杯騎士団は教会勢力で中核をなすエリート部隊だと説明すると、2人は感嘆の息をもらした。

「おしゃべりはここまでや、飛行艇はマインツの町へ到着したんやろ?」

ケビンはセサル達の話をさえぎるようにエステルに尋ねた。

「ええ、黒服のやつらがジェラルミンケースを運び込んでいるわ」
「それならワイらも出発しようやないか」

エステルが答えると、ケビンは《メルカバ》の発進命令を出した。
《メルカバ》は不可視モードでマインツ北の上空へと向かい、空中停止(ホバリング)で待ち伏せをした。
待っている間、エステルはケビンに疑問を投げかける。

「そう言えばケビンさん、どうしてあたし達を呼んだの?」
「まあ遊撃士なら誰でも良かったんやけど、知り合いのエステルちゃん達なら声を掛けやすかったから、リースと姫さんに伝言を頼んで置いたわけや」
「なるほど、遊撃士ならば国境を越えて追いかける事ができますね」
「せや、帝国か共和国の遊撃士協会の要請を受ければええっちゅう話や」

ヨシュアの言葉にケビンは得意気にうなずいた。
そしてマルコーニ会長とガルシア達が乗った帝国軍飛行艇が接近すると、《メルカバ》も後を追いかける。

「あたし達にまるで気が付いてないみたいね!」

エステルは楽しくて仕方が無い表情でそうつぶやいた。

「どちらの国に逃げるつもりなんでしょう?」
「おそらく帝国方面やろな、共和国の領空に帝国の飛行艇で侵犯したら、問答無用で撃ち落とされるで」

ヨシュアの質問に答えたケビンの言葉通り、マルコーニ会長達を乗せた飛行艇は帝国方面を目指して飛んで行った。
マルコーニ会長達は帝国の土地勘があるらしく、発見されにくい険しい地形を選んで飛行艇を着陸させた。
エステル達も近くで《メルカバ》を待機させ、物陰に隠れて様子を見る。
しばらくして飛行艇からマルコーニ会長達が人質のオリビエと共に姿を現した。
そしてマルコーニ会長が人質のオリビエと300億ミラを積んだ飛行艇をここで捨てると宣言すると、部下である黒服の男達から驚きと不満の声が上がった。
300億ミラの大金、まだ利用価値があると思われる帝国の皇子ともなれば欲深いマフィアの人間が簡単に手放せるわけが無い。
しかしガルシアが逃走に不利な理由を挙げて説得すると、黒服の男達は渋々従って諦めた。

「それじゃ、こいつは用済みですね」
「ああ、そうだな」

黒服の男が銃を向けても、オリビエは動じなかった。
苛立った黒服の男はさらに叫ぶ。

「どうした、命乞いの1つでもして見ろ!」
「紳士は諦めが肝心さ」
「何だそれは?」
「僕が作った言葉だよ」
「まったく、最後までとぼけたやつだ」

オリビエと黒服の男達のやり取りを聞いたガルシアは苦笑しながらため息をついた。
そしてガルシアは黒服の男に合図を送ると同時につぶやく。

「あばよ」

しかし銃声が鳴るよりも早く、黒服の男の腕に矢が突き刺さった!
黒服の男は絶叫を上げて持っていた銃を落とした。
そしてその場に居た黒服の男達も悲鳴を上げて倒れて行く。

「お、お前らは!」
「今度はあんた達が追いつめられる番よ!」

エステル達の姿を見て驚いたガルシアに、エステルは堂々と胸を張って宣言した。
残った黒服の男達は逃げようとするが、ケビンのボウガンから発せられた矢によって足を貫かれ、その場に倒れた。
気が付くと立っているのはマルコーニ会長とガルシア、オリビエの3人だけになってしまった。

「オリビエさん、今助けますね」
「感謝するよ」

ヨシュアはオリビエに近づいて、手を縛っていた縄をほどいた。

「さあ、もう人質は居なくなったわよ、これでも抵抗を続ける気!?」
「ふん、煮るなり焼くなり好きにしやがれ!」

ロッドを構えたエステルが詰め寄るとガルシアは大きな声でそう答え、腕組みをしてあぐらをかいて地面に座り込んだ。

「潔い態度じゃないか」
「ここまで追いつかれた時点で俺達の負けだ、マフィアも諦めが肝心なんだよ」

オリビエの問い掛けに、ガルシアは笑ってそう答えたのだった。



<クロスベルの街 遊撃士協会>

ルバーチェ商会による鉱山町マインツ占拠事件が解決した後、エステルとヨシュアはクロスベル通信(タイムズの記者グレイス・リンの取材を受けた。
飛行艇に乗って逃亡した彼らを追いかけて捕まえたのは、エステルとヨシュアの2人だけと言う事にして欲しいとケビン達から頼まれたエステル達は、作り話を重ねるしかなかった。
エステルとヨシュアは自分達はあまり目立たない記事にして欲しいと頼んだのだが、グレイスはエステルとヨシュアの活躍を新聞で大きく取り上げた。

「なんかとんでもない事になっているわね」
「はい……」

受付のミシェルに声を掛けられたヨシュアは困った顔をして答えた。
星杯騎士団や《メルカバ》の事は決してもらすわけにはいかないので、エステルとヨシュアは徒歩で帝国方面の深い山中へと向かったと苦しい説明をしたのだったが、グレイスは流石カシウスの子供達だと納得してしまった。
さらに期待の遊撃士カップルとして一面に大きな写真が載ってしまいエステル達は赤面した。

「はいはい、注目を浴びようが浴びまいが、あなた達の仕事は変わらないわ。さあ、街の見回りにいってらっしゃい」
「分かってまーす」

エステルはミシェルにそう答えて、遊撃士協会を出て行った。
それほど長くクロスベルの街を離れてはいないのに、エステル達には街での仕事は久しぶりに感じた。

「さてと、今日最初の仕事は市長さんに差し入れをする依頼みたいだ」
「差し入れを持って行くだけ? パッとしないわね」
「細かい依頼でも引き受けるのが遊撃士だよ」
「そうだったわね」

ヨシュアに注意されたエステルはそう言って謝った。
エステル達は近くの店で依頼の品である『にがトマトシェイク』を買おうとしたが、それはとある屋台の店でしか売られていない特注品であり、エステル達は街中を巡ってその屋台を探さなければならなくなった。
そして歓楽街で目的の屋台を見つけたエステル達は、『にがトマトシェイク』を手に入れる事に成功する。
市長はこれを飲んで気合を入れているらしいと屋台の店主は話した。

「う、かなり苦いわね、市長さんってばこんな苦いものを飲んでいるの?」

試飲させてもらったエステルはあまりの苦さに顔をしかめた。

「きっと市長さんの仕事もかなり大変な物なんだろうね」

ヨシュアは納得した様子でつぶやいた。

「じゃあ、市長さんに届けましょう!」

そうヨシュアに声を掛けて市庁舎のある行政区へ向かおうとしたエステルの元に、怪しい影が忍び寄る!

「きゃあ!」
「あははっ、エステルは今日も白パンみたいだね!」
「あんたはシャーリィ!」

シェイクの入った紙コップを持っていない方の手でスカートを押さえながら、エステルはシャーリィをにらみつけた。

「今回も勝負はアタシの勝ちみたいだね」
「たまたま手が塞がって居ただけよ!」
「全く、何を張り合っているのさ……」

ヨシュアはあきれた表情でため息をついた。

「それにしても、いつも白をはいているなんて面白くないんだよね」
「だいたい、あんたにめくられるためにスカートをはいているわけじゃないの!」
「じゃあどうして? スパッツの方が楽じゃん」
「それは、シェラ姉に女の子らしい服装にしろって言われたから……」

シャーリィに尋ねられたエステルは顔を赤らめて言葉を濁した。

「それならスニーカーにこだわるだけじゃなくて、下着も気にした方が良いと思うけどな、ねえ彼氏のヨシュア君?」

ニヤニヤ笑いしたシャーリィは、手に持っていたエステルとヨシュアのカップル写真が載せられたクロスベル通信を突き出した。

「余計なお世話よ、それよりもあたしだけスカートだってのは不公平じゃない?」
「あははっ、アタシもスカートをはけっての? エステルってば面白い事を言うじゃない」
「今度会った時は、あんたのスカートをめくってやるから覚えてらっしゃい!」
「それなら近いうちに会えるかもね」

エステルが人差し指を突き付けて宣言すると、シャーリィは笑顔で答えた。

「どうして?」
「前に言ったよね、父さんがクロスベルで商売を始めるって」

不思議そうな顔をして尋ねたエステルに、シャーリィは父親がクロスベルの街に新しい店を構えたと話した。

「あっ、遅くなると父さんに油を売ってたって怒られるから帰るね、バイバイ!」

シャーリィはそう言って手を振ると、現れた時と同じように素早く姿を消してしまった。
ヨシュアは厳しい顔つきでシャーリィの消えた方角を見つめていた。

「もしかして、シャーリィが気になるの?」
「うん、気になるよ」

ヨシュアが即答すると、エステルは顔色を変えた。

「だって、彼女は猟兵団《赤い星座》のメンバーだってセルゲイさんが言っていたじゃないか」
「あっ、そう言う意味ね」

早とちりだと解ったエステルはホッとした表情になって答えた。
しかし《赤い星座》が何もしていない以上、こちらからどうする事も出来ない。
ミシェルに報告して《赤い星座》の動きを警戒するぐらいだ。
釈然としない気持ちになりながらもエステル達はマクダエル市長の所へと向かうのだった。



<クロスベルの街 市庁舎 市長執務室>

エステルとヨシュアがマクダエル市長の部屋を訪れると、たくさんの人々が押し掛けていた。

「うわあ、これじゃ近づく事も出来ないわね」
「仕方無いよ、僕達も並ぼう」

エステルとヨシュアはそう言って行列に並ぼうとしたが、秘書のアーネストがエステル達に気が付いて声を掛ける。

「おや、君達は確か依頼をお願いしていた遊撃士だったね」
「はい、差し入れを持って来たんですけど……」

困った顔でエステルが答えると、アーネストはマクダエル市長に休憩を取るように提案した。
マクダエル市長がその提案を受け入れると、部屋に居た人々はゾロゾロと外へ出て行き、エステルはマクダエル市長にシェイクを渡す事が出来た。

「ありがとう、これでまた執務に励む事が出来るよ」
「お忙しそうですね」

『にがトマトシェイク』を飲み干したマクダエル市長にヨシュアが声を掛けると、アーネストは沈痛な面持ちで忙しさの原因を話す。
鉱山町マインツ占拠事件を解決したエステル達を褒め称える声が増えたのとは対照的に、何もできなかった行政への風当たりは強くなっているらしい。
先ほど部屋に押し寄せていたのはマクダエル市長に選挙を要求する市民達であり、マクダエル市長は応じるつもりなのだと言う。

「そんな、市長さんを辞めちゃうんですか?」
「ああ、私はあの事件解決に何も貢献できなかったからな」

あわててエステルが尋ねると、マクダエル市長は寂しそうな顔をしてつぶやいた。
ヨシュアはマクダエル市長を元気付けようと明るい方向に話題を変えようとする。

「でも議員が入れ替わるなら、お互いに足を引っ張り合う事も無くなりますよね」
「帝国派と共和国派の議員を完全に追い出せはしないが、中立派の議員は増えるだろう」

アーネストも希望を感じさせる言葉でマクダエル市長を励ました。
しかし、マクダエル市長は厳しい表情を変えずに深いため息をつく。

「帝国派と共和国派の議員達の妥協点を見つけ、調停役を務めると言う私のやり方に限界が来たのかもしれんな」

エステル達は慰めの言葉が思い付かないまま、マクダエル市長の執務室を退出した。

「市長さん、とても辛そうだったね」
「うん……だけど僕達には掛けられる言葉が無いよ」
「じゃあ今度はあたし達が『にがトマトシェイク』をプレゼントしに行きましょう!」
「それは良いアイディアだね」

マクダエル市長にしてあげられる事が分かったエステルとヨシュアは笑顔を浮かべて市長舎を後にしたのだった。



<クロスベルの街 IBCビル 総裁室>

鉱山町マインツ占拠事件によって一躍クロスベル市民の間で有名になった人物はエステル達の他にも居た。
IBC総裁ディーター・クロイツ氏、彼が自分の所有する財産を売却してまで市長達の代わりに犯人の300億ミラの要求に応えた事は美談となり、クロスベル市民達の間での人気は急上昇した。
企業のイメージアップにもつながり、IBCの株価も押し上げた。
さらにこの時期にイアン弁護士がクロスベル通信のコラムで発表した『コモン・センス』は、クロスベル市民達に帝国と共和国がクロスベル自治州の宗主国である事に疑問を投げ掛けるものとなった。
議会における帝国派と共和国派議員達の争い、両国への納税、制限された警備隊の軍事力など今までタブーとされて触れられなかった問題に市民達は関心を持つようになり、市民達の間で改革を求める気運が高まった。
現職のマクダエル市長の対抗馬として急進派の市民達に担ぎ出されたのはディーター総裁だった。
IBCビルの最上階にある総裁室からクロスベルの街並みを見下ろしながら、ディーター総裁はつぶやく。

「クロスベルの正義を私自信の手で実現させるチャンスが来た……」

今まで帝国や共和国に自治を認められた形となっていたクロスベルでは、帝国派や共和国派の議員により様々な犯罪が裁かれずにもみ消されて来た。
そしてディーター総裁は口の悪い他国の人間に「魔都クロスベル」と異称を付けられる事にクロスベルを愛する者として純粋に腹を立てている。
だからこそセルゲイの提唱した『特別任務支援係』には喜んで参加したのだ。
ディーター総裁が物思いにふけっているとデスクの電話が鳴り、ディーター総裁は受話器を取る。

「そうか、マクダエル市長は選挙を行う事を決定したのだな」

相手からの報告を聞いて、ディーター総裁は顔をほころばせた。
市長と議長を兼任しているマクダエル市長には解散権があり、それは議員達がいくら反対しても侵される事は無い。
選挙が行われるのは確実だろう。
占拠事件がマクダエル市長にそれほど大きな影響を与えたのなら自分が圧力を掛ける手間が省けたものだと、ディーター総裁はニヤリと笑った。

「ああ、君は市会議員に立候補するのだったね、私が応援演説をすれば当選は確実だ、安心したまえ」

ディーター総裁は自信満々に電話の相手に言い放ち、受話器を置いた。
再び窓からクロスベルの街並みを見下ろすと、東区画に植えられた桜並木が目に入る。
東方系移民が何度もクロスベルの地に根付かせようとした努力が実を結び、今ではちょっとした名物になっている。
まだ桜の木のつぼみは固く、開花まではしばらく掛かるだろう。

「どちらが先になるだろうな」

ディーター総裁は皮肉めいた口調でそうつぶやくのだった……。
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