手元流動性の積み上がりと円高により日本の企業は今、過去最大のペースで海外企業の買収を進めている。
丸紅は29日、米穀物3位のガビロン(本社ネブラスカ州オマハ)を20億ドル(約1600億円)の負債を含む総額56億ドルで買収することで合意したと発表した。調査会社ディーロジックによると、これは日本企業による海外企業の買収規模では今年最大のものであり、世界的に見ても7番目に大きい。
この1週間だけでも、日本たばこ産業がベルギーの手巻たばこ大手グリソンを6億ドルで買収すると発表したほか、武田薬品工業もブラジルの中堅製薬会社マルチラブを2億4600万ドルで買収すると発表した。
日本企業による海外企業のM&A(合併・買収)はこれまで、企業価値に重きを置いたものより「トロフィー資産」の獲得という意味合いが強かったが、最近のM&Aは国内需要の縮小と経済の低迷により収益が圧迫されていることから、企業存亡の恐怖にかられてのものだ、と銀行や企業の幹部らは指摘する。また昨年3月11日の東日本大震災によりサプライチェーン(供給網)の寸断と電力不足を経験したこともあり、日本企業は海外に目を向けるようになった。
顧客企業によるM&A案件の主な融資元となっている、みずほフィナンシャルグループの佐藤康博社長は「日本企業は海外で勝ち抜くしかないというのがある」としたうえで、「生き死にをかけた戦いをしている」と話す。
ディーロジックによると、日本企業は年初からこれまで、海外企業の買収に340億ドル余りを投じてきている。これは年間の買収額としては過去最高の総額840億ドルを記録した昨年と同じペースだ。ディーロジックによると、2010年の日本企業による海外企業の買収額は世界9位だったが、昨年は世界3位に急伸した。トムソン・ロイターによると、昨年1年間の買収総額はM&Aが勢いづいていた1980年代と90年代初頭のピーク時の3倍近くにまで達した。当時、日本企業はロックフェラーセンターやユニバーサルスタジオといった「トロフィー資産」を競って買収していた。
海外企業のM&Aといった直接投資による配当収入などは経常収支に計上されるため、一連の買収は日本の経常黒字を大幅に拡大させることになる。
企業の手元流動性の積み上がりが買収をけん引する一助となっている。日銀の統計によると、80年代の資産バブルが崩壊した後の数十年間、企業は倹約と債務処理を進めたため、手元に2兆6000億ドルの流動性があるという。これは米国企業の2兆2000億ドルを上回っている。また日本企業は円高による恩恵も受けている。1ドル=80円付近の水準は2年前に比べて、10%近く多くドルを買えることを意味する。
日本企業は海外企業の買収により、英国や中国といった買収に積極的な国の企業よりも多額の資金を世界に提供するサプライヤーとなっている。また、金融危機に対する懸念が根強いことから、世界的なM&Aの規模が年初から現在までで21%減となるなか、日本企業による買収は世界のM&A案件の柱となっている。
しかし最近の買収は80年代後半のケースとは、背景となる日本経済が明確に違う。当時の日本経済は年率4~7%で成長しており、株式や不動産市場は活況を呈していた。
半面、今年は1%前後という貧血気味の成長にとどまる、とエコノミストらは指摘する。円高や高い労働コストと電気料金がソニー、ホンダといった日本の製造業の国際市場での競合性を弱めている。日本企業はガス、石油、採掘業といった事業の海外プロジェクトへの投資を進めている。地下資源を巡る争奪戦が激化しているほか、昨年の原発事故後、原子力発電所が次々と停止されたことから、化石燃料の需要が急増したことが背景だ。国内に目を向けると、日本は高齢化と人口の縮小が進んでおり、これは菓子類から新車に至るまであらゆるモノの需要が減ることを意味している。
日本の内需の縮小は、従来は国内向けで小規模な企業をも海外へ押し出している。例えばアサヒビールの持ち株会社アサヒグループホールディングスや、玩具メーカーのタカラトミーなどだ。タカラトミーは昨年、年間売上高の3分の1にあたる6億4000万ドルを投じて「きかんしゃトーマス」の木製列車玩具の製造・販売権を持つ米玩具メーカーを買収した。
「日本だけでは成長の余地が少ない」とタカラトミーの富山幹太郎社長は話す。
国際取引に長い歴史を持つ企業でさえも、海外企業へあらたに食指を伸ばしている。
三菱商事は、事業に対する支配権の強化に向けて、大手エネルギーや鉱山会社の過半数株式の取得に乗り出し始めている。その第1弾として昨年、インドネシアの天然ガス処理プラントの株式45%を28億ドルで取得したことを発表した。
丸紅が昨年初めから手掛けた海外M&Aは28件で、総額約160億ドルに相当する。こうした案件の多さを受け、米格付け会社スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)は最近、ガビロンの買収によって丸紅の債務水準に対する懸念が高まる可能性があると警告している。
金融関係者は、こうした日本企業の積極的な姿勢について、日本企業がM&Aに精通し、その手法が成熟化していることを示す証拠の1つだと話す。
過去のM&Aブームでは、多くの日本企業が買収先について慎重に検討していなかったという。以前は過剰な金額を払って資産を手に入れ、結局、企業文化の違いを克服できなかったり、利益を出せず、損失覚悟で売却する結果になっていた。
三菱地所は1989~91年にかけて、ニューヨーク市のロックフェラーセンターの株式80%を2200億円)(当時で為替レートで14億ドル)で取得したが、結局96年に1510億円の投資損失を計上している。
M&Aに関する助言業務を手掛けるGCAサヴィアンのマネジング・ディレクターで、80年代後半から90年代前半に日本の大手行の1つでM&A部門に勤務していた佐山展生氏は、「以前は資金が潤沢で、企業の経営者は本業かどうか関係なしに買いにいった。当時はあまりM&Aとは何か、何が投資対象なのかあまり理解していないまま決断することもあった」と、当時を振り返って語った。
だが今は、条件交渉にも厳しい姿勢で臨み、多くは十分時間をかけて対象企業の選定を行っている、とM&A仲介関係者らは話す。日本の経営者は意思決定のスピードも迅速化し、敵対的買収にも積極的だ。その一例が、アステラス製薬が10年に米医薬品会社OSIファーマシューティカルに対して仕掛けた40億ドルの株式公開買い付け(TOB)だ。
モリソン・フォースター外国法事務弁護士事務所(東京)のパートナーで、M&A専門の弁護士、ケネス・シーゲル氏は、「1980年代から90年代は日本企業は動きが遅く、買収入札に入り込むことができなかった」とし、だが今は「迅速に効率良く、効果的に行っている」と話す。
金融関係者やM&A専門の弁護士によると、高額な案件からうまく撤退できなかったり、買収した外国企業の経営に苦労している日本企業も依然ある。
だが、契約完了前に慰留手当や経営幹部人事を検討するなど、日本の買い手はそうした問題に正面から対処し始めている、と金融関係者らは話す。過去には多くの企業が、そうした措置を軽視していた。
日本人は買収で犯した過去の過ちから多くを学んでいる、とドイツ証券の投資銀行統括本部会長、野本祐司氏は述べ、交渉中の段階から(買収先企業の)新たな上級幹部の人材探しを始めるよう顧客から依頼されることもあるとした。
アサヒグループホールディングスの泉谷直木社長(63)は、泡のあふれるビールジョッキをイメージした金色に輝く本社ビルで取材に応じ、最近では国内よりも海外戦略の検討に多くの時間を割いていると語った。
90%以上を国内需要に依存しているアサヒの売上高は、日本のビール業界全体同様、7年連続で減少している。アサヒの昨年の出荷量は、ピークにあった2001年と比較して23%減少している。
「国内だけでは成長が足りない」。2000年代半ばに国内で2件の買収に携わった泉谷社長はこう述べ、「グローバルな事業構造を作るなかで新しい成長構造を作っていく。その手段としてM&Aをやっていく」とした。
創業123年のアサヒにとって海外投資は何も初めてではない。日本企業のご多分にもれず、同社も80年代後半~90年代初めのM&Aブームに乗じ、グアムのリゾートから、英国やフランスのゴルフ場、パリの三つ星レストランに至るまで相次いで海外企業を買収した。だが以降、そのほぼ全てを売り払っている。利益を上げたかどうかについては、同社はコメントを差し控えるとした。
アサヒの海外ビール事業への投資も首尾よくいっていない。90年代に800億円で現フォスターズ・ブリューイング・グループの前身であるオーストラリアの醸造大手エルダーズIXLの株式20%を取得したが、業績悪化で株価は急落し、7年後に買収価格よりも25%安い値段で手放している。
アサヒはその後、韓国市場に進出し、2000年には同国の清涼飲料大手ヘテ飲料の発行済み株式の20%を約20億円で取得した。ヘテ飲料が05年以来、年間ベースで損失計上を続けていたにもかかわらず、アサヒは09年に同社への出資比率を58%に引き上げた。その1年後、保有株式を1株当たりわずか9ドル(約715円)で売却するとともに、1億1000万ドルに上る債務も譲渡した。
泉谷社長によると、最近は事業のやり方が変わってきている。これまではグローバル化といえば、アサヒの人気商品「スーパードライ」を他の諸国で販売するために単に緩い提携を結ぶことを意味していたという。そのほとんどが少数株式の取得を通じてだ。現在、アサヒは海外で企業全体を買収し経営することによって真に世界的なプレーヤーへの躍進を目指している。
同社は過去3年間、40億ドル近い資金をつぎ込んで海外で7件の買収を行った。11年のニュージーランドの酒類大手インディペンデント・リカーの約13億ドルでの買収をはじめ、オーストラリアとニュージーランド、マレーシアでの清涼飲料メーカー3社の買収(買収総額5億8200万ドル)が含まれた。
アサヒは総売上高最大2兆5000億円(そのうち最大3割は海外)への拡大を目指し、15年までにさらに最大8000億円を投資する用意がある。
また、タカラトミーは初めて海外での買収を実施した。富山社長はタカラと合併する前の旧トミーの海外事業の大半が停止した1980年代終盤のことを鮮明に覚えている。当時、外為法が改正され、急速に円高が進んでゲームは海外で売れなくなった。旧トミー3代目である富山社長は人員を削減し、海外の工場を閉鎖した上、それまで同社売上高の半分以上を占めたこともあった輸出を縮小した。
売上高20億ドルの世界5位の玩具メーカー、タカラトミーもアサヒと同様に現在、国内市場の縮小に直面している。
市場調査会社の矢野経済研究所によると、日本の玩具市場は12年3月期には前年比で約11%縮小したとみられる。
日本では31年連続で子供の数が減っており、国立社会保障・人口問題研究所は、14歳以下の人口は35年までには3分の1減少するとの予想を示している。タカラトミーは06年に国内の競合タカラと合併したが、11年3月までの5年間に売上高は14%減少した。
富山社長は数年前、事業の世界展開を積極的に行う必要があると決心した。社長は、「世界の競争を勝ち抜くために、少なくとも世界3位に躍進する必要がある」と語る。
富山社長は昨年3月11日、「きかんしゃトーマス」のおもちゃを販売する米玩具・乳児用製品会社、RC2コーポレーションの買収を発表した。初の海外企業買収だった。買収資金に充てるため銀行から500億円の融資を調達し、有利子負債額はそれまでの3倍以上に膨らんだ。
富山社長は、過去の事例を見ても、日本企業は買収した海外企業の管理が下手だと認識していると話す。社長は、同社に出資するプライベートエクイティー(株式未公開企業)投資会社のTPGキャピタルに支援を求めた。TPGはタカラトミーに対し、ターゲットの選択からデューデリジェンス、評価に至るまで、買収プロセスを通して段階を追ってガイダンスを提供した。
RC2の買収により、トミーの売上高は23億ドルに拡大する。しかし、世界では依然第5位で、現在世界3位のデンマークのレゴ・グループの売上高に10億ドルほど及ばない。そのため、富山社長はさらに多くの合併・買収(M&A)の機会を模索していく必要があると話す。
一方、トミーは、既に実施した買収の消化に努めている。富山社長はこのところ、トミーとRC2の社員が新しい人形のデザインについて議論を行っていて、東京側は単純な黒い目を主張しているが、米国側は目に輝きを加えたいといって引かない状況だと話す。
富山社長は「われわれは常にぶつかっているが、重要なのは世界の市場に出した時に製品が成功を収めるか失敗するかだ」と話す。「長期的にみると、第1段階に過ぎない」と続けた。