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政治
【正論】「尖閣」危機 日本大学教授・百地章 「領土主権」意識の高まり生かせ
1982年のフォークランド戦争の際、開戦に反対する閣僚たちに向かって、サッチャー首相はこう言ったという。「この内閣に男は一人しかいないのですか」。戦争はイギリス軍の勝利に終わり、首相の人気は急上昇した。
≪「1人の男もいなかった」≫
南大西洋に浮かぶフォークランド諸島は人口約2千、荒天の日が多く風も強くて樹木の育たない不毛な島である。英領に属するが、島の領有権をめぐりイギリスとアルゼンチンの間で長年争いがあり、互いに正当性を主張して譲らなかった(安藤仁介「フォークランド諸島の領有権紛争と国際法」)。そうした中、アルゼンチン軍の突然の攻撃に対してイギリスが遠く機動艦隊を派遣し防衛したのがこの戦争であった。
これに対し、尖閣諸島は長らく領有権争いなど存在しなかった日本固有の領土である。周辺には豊かな漁場があり、イラクに匹敵するともいわれる石油資源が眠る。明治政府は調査を重ね、無主の地であることを確認のうえ、明治28(1895)年、日本の領有を宣言した。当時、中国(清国)を含む諸外国は異議を唱えなかった。以後、日本人が居住し、多い時には200人以上が鰹(かつお)節工場を営んだりして“実効支配”してきた。中国が突然、領有を主張しだしたのは1971年、国連が石油の埋蔵を発表した直後である。
その尖閣諸島に対して中国が領土的野望を露(あら)わにしたのが、一昨年9月7日の中国漁船体当たり事件であった。ところが、民主党政権は断固たる処置をとるどころか、中国人船長を早々と釈放してしまった。菅直人政権には、「1人の男もいなかった」ようだ。
≪安逸を貪り国家意識が欠如≫
自国の領土に対するこの意識の希薄さは何が原因なのか。
民主党政権の体質もあるが、7年近くに及んだ連合国軍総司令部(GHQ)による日本弱体化政策の結果でもあろう。自国の「安全」に加え「生存」まで他国に委ねた現行憲法の影響も大きい。さらに講和独立後も、米保護下にあって安逸を貪(むさぼ)り、憲法改正や自主防衛の努力を怠ってきた日本人自身の国家意識の欠如にもよる。
そのため、民主党政権の愚かな首相は「日本列島は日本人だけのものではない」と言い出す始末であった。与し易しとみた韓国は不法占拠を続ける竹島の支配を強化し、ロシアも北方領土に大統領が足を踏み入れ、中国も明らかに尖閣諸島を取りに来ている。
そもそも、国家主権とは国家の独立性、換言すれば他国から干渉されない権利を意味し、各国とも自国の領土や国民に対し包括的かつ排他的な支配権を有する。前者が領土主権(領域主権)、後者が対人主権である。ところが、占領下で国家主権が制限されていたこともあり、わが国では国民の主権感覚が麻痺(まひ)してしまった。
もちろん、グローバル化の進行により、今日、伝統的な主権国家がある程度変容したのは事実であろう。しかし、領土主権は、「時代遅れ」でも何でもなく、領土に基礎を置く国民国家(主権国家)は、今も重要な存在と見なければならない(木村汎「グローバル化によって“領土主権”は時代遅れとなったのか」)。そのような自覚の欠如が、竹島問題や尖閣事件を惹起(じゃっき)したといえよう。
≪泰平の眠り覚ました中国漁船≫
とはいえ、尖閣事件は70年近く続いた日本人の泰平の眠りを覚まし、何百人、時に何千人ものデモが全国各地で展開されるようになったし、東京都の石原慎太郎知事による尖閣諸島の購入発言以来、既に7万件、10億円を超える寄付が寄せられているという。「領土領海を守る法整備の確立」を要望する全国署名も212万人を数え、国民の間にはかつてない領土意識の高まりが見られる。
世論を背景に、外国漁船の違法操業の取り締まりや領海警備体制の強化のため、ようやく海上保安庁法の改正案が閣議決定された。法案では、海上保安庁の任務として新たに「領海警備」業務が明記され、領海侵犯した外国漁船に対して「立ち入り検査」なしに「退去命令」が出せるようになり、無人島に上陸した不審者の逮捕権が海上保安官にも認められている。まさに画期的といえよう。
だが、尖閣諸島をはじめとするわが国の領土を断固、防衛するには、自衛隊法の改正が不可欠である。同法には、「領空侵犯」規定はあるが、「領海侵犯」や「領土侵犯」への対処規定はない。それゆえ、自衛隊法に「警戒監視」や「領域警備」規定を設け、平素から、「警戒監視」に当たらせるとともに、「治安出動」や「防衛出動」以前の段階から「領域警備」ができるようにしなければならないのである。それにより漁民を装った兵士や武装ゲリラの強行上陸を防ぐことも可能となる。
そして、領域警備規定の整備は将来、憲法9条2項の改正、つまり軍隊の設置にまで必ず連動していくものと確信している。(ももち あきら)
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