『茜空の軌跡』
第四十七話 激闘、鮮烈! ロランス少尉&ツカサ少尉
<グランセル城 女王宮 玄関ホール>
リシャール大佐の部隊に城を占拠され、軟禁状態に置かれてしまったアリシア女王を救出するため、エステルとアスカ達は仲間と共に城へと突入した。
エステルとアスカ達が地下や正門から侵攻し大勢の注意を引きつけている間、クローゼ・ユリア隊長・オリビエ・ティータのチームは飛行艇で空中庭園へ直接潜入した。
残っていた見張りを倒す事に成功し、女王宮のホールまで到達したクローゼ達だったが、デュナン公爵と2人の黒服の傭兵が待ち受けていたのだった。
デュナン公爵がクローゼ達を倒すように命じると、黒服の傭兵がクローゼ達に襲いかかる!
「くうっ!」
黒服の男傭兵の黒い剣をフルーレで受け止めたクローゼは顔を歪めて短い悲鳴を上げた。
細い刀身ながら黒い剣は重い金属で出来ているようで、剣を交えたクローゼの腕には雷が直撃した様な激しくしびれた感覚が走る。
もう少しで剣を落としてしまう所だった。
「この!」
ユリア隊長がクローゼの側に駆け寄りフルーレを突き出すが、その鋭い剣先も男傭兵の黒い剣に弾き飛ばされてしまった。
「この程度で引き下がるわけには参りません!」
「行くぞ!」
クローゼとユリア隊長は連携して黒服の男傭兵に攻撃を加えるが、黒服の男傭兵は黒い剣を振り回し、クローゼとユリア隊長のフルーレの剣先を近づけさせなかった。
しかしその動きを注視すると、黒服の男傭兵はほとんどユリア隊長の攻撃に集中しているとクローゼは気が付く。
「どうして? 私の動きを見ていないのに……」
「踏み込みが弱いからだ」
クローゼが不思議そうにつぶやくと、黒服の男傭兵はそうつぶやいた。
「フルーレとは、素早く相手の急所を突き一撃必殺を目的に創られた武器だ。試合で相手の剣を払い落すためのものではない」
「あっ……!?」
黒服の男傭兵の言葉に図星を突かれたクローゼは驚いて目を見開き、息を飲んだ。
「指導者たるもの、敵の血を流す覚悟が必要だ、さもなくば弱気者達の血が流される事になる」
「それは、そうかもしれませんが……」
さらに黒服の男傭兵がそう続けると、クローゼは苦しそうな表情になった。
「殺気の無い剣は動きが鈍い、だから生半可な攻撃は俺に届く事は無い」
黒服の男傭兵がそう断言したのを聞いて、動きを止めたクローゼの手から、フルーレが男傭兵の黒い剣によって遠くへと弾き飛ばされた。
あまりのショックにクローゼは体が固まってしまっていた。
「貴様、余迷い事をぬかして姫を惑わせるな!」
ユリア隊長が大声で怒鳴り、フルーレで乱れ突いて黒服の男傭兵に猛攻を加えた。
しかし冷静さを失ったユリア隊長の大振りの攻撃は隙が生じ、男傭兵の黒い剣の直撃を受けてしまう。
「ぐっ!」
痛さに顔が歪み、うめき声を上げたユリア隊長の手からフルーレが落ちた。
「勝負あったようだな」
武器を失ったクローゼとユリア隊長の姿を見て、黒服の男傭兵は低い声でそうつぶやくのだった。
<グランセル城 女王宮 クローディア姫の部屋>
クローゼとユリア隊長が黒服の男傭兵と戦う一方で、オリビエは黒服の女傭兵と戦っていた。
激しい銃の撃ち合いを見て、完全に自分は足手まといだと判断したティータは、部屋の中からホールで行われているオリビエ達の戦いを見守っていた。
悪天候の中で飛行艇の運転をするユリア隊長のサポートをするために、アガットの反対を押し切って立候補したのに、物陰で震えている事しかできない。
アガットの言う通り、ティータは自分は子供なのだと思った。
「チャラチャラした男だと思ったけど、かなりやるわね」
「お褒めに預かり光栄の至り。貴女もそのカブトにどんな美しい顔をお隠しになっているのでしょう」
黒服の女傭兵とオリビエは、女王宮の玄関ホールの隅の方に立っている柱の陰に身を隠して銃撃戦を続けていた。
「嬉しい事を言ってくれるじゃない、でも手加減はしないわよ」
「残念だな、僕はできるだけ長く貴女とワルツを踊り続けたいと言うのに」
冗談めかしたように黒服の女傭兵に告げたオリビエだったが、2丁導力銃を操る女傭兵相手にかなり苦戦していた。
早撃ちならばオリビエにも自信があった。
しかし黒服の女傭兵は照準を合わせる動作をせずに精密射撃を行って来た。
オリビエが狙いを定める前に相手が撃って来るので、オリビエには手の出しようが無い。
「跳弾が使えれば攻撃のチャンスが作れるのだけどね」
オリビエは少し残念そうな顔をして小さな声でつぶやいた。
同じ室内で仲間が戦っている様な状況では、跳弾を使うのは危険すぎる。
跳弾が狙った方向に飛ばずに流れ弾が仲間に当たってしまう事もあるからだ。
しかし黒服の女傭兵はその常識を破り、跳弾を撃った!
放たれた数発の跳弾が、柱の陰に隠れていたオリビエのすぐ側をかすめて行った。
「いやはや、人間のなせる業じゃない……これは勝てる気がしないな」
度肝を抜かれたオリビエは真剣な表情でそうつぶやいた。
そしてクローゼとユリア隊長が黒服の男傭兵に敗れたと知ったオリビエは、両手を上げて隠れていた柱の陰から姿を現したのだった。
クローゼ達が降伏すると、デュナン公爵は勝ち誇ったように笑う。
「お前達が敗れた事を知れば、頑固な叔母上も力が正義だと認めざるを得ないだろう!」
「私達が負けても、まだ終わったわけではありません!」
「ふん、お前達の仲間が何度来ても返り討ちだ、そうだろう?」
凛とした表情で言い返したクローゼを鼻で笑ったデュナン公爵が問い掛けると、黒服の傭兵達はうなずいた。
「僕達をどうするつもりだい?」
「安心しろ、殺すつもりはない。……とりあえず、小娘の部屋へ閉じ込めておけ」
オリビエが尋ねるとデュナン公爵は黒服の傭兵達にそう命じた。
クローゼ達は立ち上がって素直に指示に従い、ティータが悲しそうな顔をして入口に立っているクローディア姫の部屋へと向かう。
その時、部屋のインテリアのように手すりに停まっていたジークが、突然飛び立って外へと出て行った。
「あら、逃げられちゃったわね」
「主人達の危機に、下の階へ救援を呼びに行ったのだろう」
「早く可愛い弟君が来てくれると良いわね」
「俺は別に会いたいわけではない」
黒服の女傭兵がからかう調子でつぶやくと、男傭兵はそう答えた。
クローゼ達が部屋へと入ったのを確認した黒服の傭兵達は、クローゼ達に倒されて気絶していた戦略自衛隊員達を起こした。
そして部屋の扉の前で見張らせ自分達はホールの正面に立ち、やって来るであろうエステルとアスカ達を待ち受けるのだった。
<グランセル城 玄関ホール>
クローゼ達が女王宮で黒服の傭兵達と戦っている頃、エステルとアスカ達は城内に居た戦略自衛隊員達の残党と戦っていた。
特に女王宮に居るクローゼ達の所に行かせるわけにはいかないと判断したエステル達は、退却しようとする戦略自衛隊員を必死に追いかけ捕縛した。
「どうやら城の中に居たやつらは捕まえられたようだな」
「よかった」
「これでアタシ達の作戦は成功ね」
アガットがそうつぶやくと、エステルとアスカは安心した表情で胸をなで下ろした。
エステル達は捕らえた戦略自衛隊員達を謁見の間へ集め、そこで逃げ出さないように見張る事にした。
「私達をこんな目にあわせて、どうするつもりですの!?」
「それは逆にこっちが聞きたいわよ、城を占拠して何を企んでいたのかしら?」
目を覚ましたカノーネが叫ぶと、シェラザードは笑顔を浮かべて聞き返した。
「リシャール大佐達はどこへ行ったんですか?」
「ふん、言うもんですか」
ヨシュアが尋ねると、カノーネはそう言い返した。
「さっさと口を割ってしまった方が、よかったと思わせてあげましょうか?」
「そんな脅しに乗りませんわ、私達は拷問に対する訓練も受けているんですのよ」
「確かに手ごわそうね」
シェラザードがムチを構えても動揺しないカノーネ達の姿を見て、アスカはため息をついた。
そこへ兵士がやって来て、地下水道の魔獣達が活性化していると報告した。
普段は奥に潜んでいてあまり姿を見せない魔獣まで出て来ているらしい。
今は兵士達が押さえているがこのままでは街の住民にまで被害が及ぶかもしれない。
「ふむ、それは放っては置けんな」
「ちっ、こんな時にやっかいだ」
真剣な表情をしたジンとアガットは舌打ちして謁見の間から出て行こうとした。
そんなジンとアガットにシンジが声を掛ける。
「僕達も行きます!」
「いや、お前らは姫さん達の援護に行け」
「魔獣の相手は俺達で十分だ」
そう言ってアガットは魔獣と戦う兵士達に加勢するため、部屋を駆け出して行った。
「さあ、あなた達は早くクローディア姫様の所へ行きなさい」
「でもユリアさんやオリビエさんも強そうだし、簡単にやられたりしないわよね」
「うん、僕もそう思ったんだけど」
シェラザードがそう声を掛けると、シンジとアスカは顔を見合わせてそうつぶやいた。
「だけど、アガットさんとジンさん達が居れば、地下水道の魔獣達の方も大丈夫だよ」
「じゃあ、あたし達は早くクローゼ達の所へ行きましょう!」
ヨシュアの言葉にエステルはうなずき、女王宮のある空中庭園へ向かって部屋を飛び出して行った。
アスカ達もあわててエステルに続いて部屋を出た。
そんなエステル達の姿を見送ったシェラザードは捕縛したカノーネと戦略自衛隊員達の尋問を続けた。
カノーネ達の口は固く、今まで遊撃士として様々な事件を解決して来たシェラザードでも情報を引き出すのには苦戦した。
しかし、シェラザードの挑発に乗った戦略自衛隊員がポロリと女王宮で警備についている傭兵の事をもらしたのだ。
男傭兵の名前はロランス、女傭兵の名前はツカサ。
黒い服を着てカブトで顔を隠しており素性は知れないが、それぞれ剣と銃の腕は人並み外れた強さで、戦略自衛隊では少尉を務めているのだと言う。
「あの子達を助けに行かないと……!」
黒服の傭兵、ロランス少尉とツカサ少尉の話を聞いたシェラザードは、急いで女王宮へと向かうのだった。
<グランセル城 女王宮 玄関ホール>
謁見の間を飛び出したエステルとアスカ達は、空中庭園の入口へ向けて城の2階の廊下を走っていた。
そんなエステル達の目の前に、クローゼ達と行動を共にしているはずのシロハヤブサのジークが助けを求める様に鋭い鳴き声を上げながら姿を現すと、明るかったエステル達の表情は引き締まる。
「どうしたのジーク、クローゼ達に何かあったの!?」
ジークはエステルの言葉を肯定するように鋭い鳴き声を上げ、先導して空中庭園へと飛び去った。
エステルとアスカ達が空中庭園に出た時には鳴り響いていた雷も止み、風雨も弱まって来ていた。
しかしエステル達の心の中では嵐が吹き荒れ続けている。
庭園に人影が見当たらないと分かったエステル達は、一気に階段を駆け上がり女王宮の中へと踏み込んだ!
「ふはは、また愚かな反逆者共がノコノコとやられに来おったわ!」
「アンタはデュナン公爵!」
待ち構えていたデュナン公爵の姿を見たアスカは、人差し指でデュナン公爵を指差して叫んだ。
「お、お前達はあの時のメイドではないか!」
デュナン公爵もアスカ達の顔を覚えていたのか、同じようにアスカを指差して叫び返した。
「クローディア姫達をどうしたんですか?」
「ふん、あの生意気な小娘と親衛隊長と帝国風の服を着た男は、そこの小娘の部屋に閉じ込めておるわ」
ヨシュアが尋ねると、デュナン公爵は中に入って右の方にあるクローディア姫の部屋の扉を指差した。
「彼女達を傷つける様な事をしたのなら、ただでは済みませんよ」
「そうそう、城の中に居たアンタ達の仲間はアタシ達が倒しちゃったわよ!」
「あの小娘達も偉そうな事をぬかしていたが、あっさりと負けおったぞ!」
シンジとアスカが武器を掲げてそう言うと、デュナン公爵は大声を上げて笑った。
そしてエステルとアスカ達の正面に立っていたロランス少尉とツカサ少尉がそれぞれ黒い剣と白銀の2丁導力銃を構えると、エステル達も呼応したように武器を装備した。
「ふふ、こやつらもお前達を狩りたくてウズウズしているようだな。良いだろう、さっさと反逆者共を始末せい!」
デュナン公爵はロランス少尉達に号令を掛け、自分は高みの見物と決め込んだ。
右手側に居たエステルとヨシュアは黒い剣を持ったロランス少尉、左手側に居たアスカとシンジは2丁の導力銃を構えたツカサ少尉と向き合った。
屋根に打ちつけていた雨音も小さくなり、女王宮の中は静けさに満ちている。
その静寂を打ち破ったのは二丁拳銃の銃声とアスカとシンジの悲鳴だった。
「きゃあ!」
「うわっ!」
ツカサ少尉の2丁の導力銃により、足元に威嚇射撃の嵐を食らったアスカとシンジは驚いて動きを止めた。
さらにツカサ少尉は真っ正面からアスカとシンジに向かって突進してくるが、アスカとシンジは足が固まってしまい反応できない!
「アスカ、シンジ!」
エステル達の目の前で、アスカとシンジはツカサ少尉の強烈な回し蹴りを食らった!
体ごと吹っ飛んだアスカとシンジは、地面に激しく腰を打ちつけた。
「エステル、危ない!」
アスカ達の様子に気を取られていたエステルにも、黒い剣を持ったロランス少尉が近づいていた。
ヨシュアに注意を促されたエステルは何とかロッドで黒い剣の一撃を受け止めたが、素早い連続攻撃を打ち込まれてしまう。
「うわっ!」
剣の勢いの激しさにロッドを手放してしまいそうになり、防戦一方のエステル。
状況を冷静に判断したヨシュアはロランス少尉の後ろに回り込んで双剣の一撃を加えたが、ロランス少尉の体から淡い光が放たれ、ヨシュアの体は跳ね飛ばされた。
「まさか『アースガード』の導力魔法!?」
驚愕したヨシュアは目を見開いて大声で叫んだ。
例えば傷を回復する『ティア』などの魔法が存在するように、導力魔法には『アースガード』と言う敵の攻撃を1度だけ完全に防ぐ障壁を発生させる魔法がある。
ロランス少尉は戦闘になる前に、あらかじめ自分にこの魔法を掛けていたのだろう。
エステルも驚きのあまり攻撃の手を止めてしまった。
そしてロランス少尉が黒い剣に力を込めると、赤い光が音を立てて刀身に集まっていく!
エステルとヨシュアが目の前の気が付いた時は遅かった、2人は衝撃波を受けて体を突きとばされ、しりもちをついた勢いで武器を床に手放してしまった。
腰をついて倒れてしまったシンジとアスカもツカサ少尉に銃口を突き付けられている。
1分も経たないうちにエステルとアスカ達は完敗を喫してしまったのだ。
「なんだ、あの小娘共よりもたいした事は無かったではないか!」
デュナン公爵の高笑いがさらにエステル達をみじめな気分にさせた。
武器を手放して無力化してしまったエステル達は、黒服の傭兵達に武器を突き付けられる形でクローディア姫の部屋へと押し込められた。
部屋から少し離れた後、ツカサ少尉はロランス少尉にそっと話し掛ける。
「なにも弟君が相手だからって、奥の手まで使ってムキになる事はなかったんじゃないの?」
「……それはお前に言える事だろう、俺にはお前もあいつらに特別な感情を持っているように思えるのだが」
「ふふ、あなたの推測通りかもしれないわよ」
ツカサ少尉は意味深な口調でロランス少尉の言葉に答えるのだった。
<グランセル城 女王宮 クローディア姫の部屋>
部屋の中ではクローゼ、ユリア隊長、オリビエ、ティータの4人が椅子に腰掛けていたが、エステル達の姿を見て立ち上がる。
「エステルさん!」
「クローゼ!」
クローゼの姿を見たエステルは飛び付くように抱き付いた。
「君達もあの黒服のやつらにやられてしまったのかい?」
「アイツらってば、半端じゃない強さだったのよ。アタシ達は手も足も出なかったわ」
「……僕達の完敗です」
オリビエに尋ねられたアスカとヨシュアは沈んだ表情でそう答えた。
「だが城内の制圧が終われば、やつらも追いつめられる状況になるはずだ」
「それが、ちょっとまずい事態になっているのよね……」
ユリア隊長の期待を裏切るような発言をするようで気が引けたアスカだが、地下水道の魔獣の事を話さないわけにはいかなかった。
「リシャール大佐達は魔獣も操る術を持っているのでしょうか?」
「七耀石を使えば、誘導はできるかもしれないです」
クローゼの疑問の声に、ティータはそう答え、魔獣除けの街灯の例を話した。
町を結ぶ街道の脇にあるオーブメント灯は、明るく周囲を照らすだけではなく魔物除けの光も放っている。
しかし故障して光が途絶えてしまうと、オーブメント灯の回路に使われている七耀石を狙って魔獣が逆に集まって来てしまうのだ。
「それでは少人数の救援部隊が来ても、またあの黒服のやつらの餌食になる可能性が高いね」
「シェラ姉達に知らせないと!」
オリビエの発言を聞いたエステルが焦った顔で訴えかけた。
「ですが、この部屋を出る事は難しいと思います」
「女王宮は外部からの侵入経路を断つため、出入り口は正面に限られているのだ」
女王宮のテラスは眼下にヴァレリア湖を望む事の出来る断崖絶壁にせり出している事をクローゼとユリア隊長が難しい顔で説明すると、エステル達も困った顔でため息をついた。
「それでは次に城内の方から誰かが来たタイミングに合わせて、僕達も部屋から飛び出すのがベストだろうね」
オリビエの意見に、その場に居たメンバー達は賛成し、部屋の中で息をひそめてチャンスを待った。
しばらくして、城全体が揺れるほど大きな震動がエステル達を襲った。
「きゃあ!」
「うわっ!」
驚いたアスカはシンジの体をつかんで、テーブルの下に連れ込んだ。
揺れは短い時間で収まり、エステル達はキョトンとした顔でテーブルの下でシンジに抱き着くアスカの姿を見つめた。
「えっと、これは鈍くさいシンジが逃げ遅れないようにアタシが助けてやったのよ!」
「はいはい、ごちそうさま」
真っ赤な顔で言い訳するアスカに向かって、エステルは苦笑しながら声を掛けた。
アスカは気まずい空気をごまかすように発言する。
「短いけど、大きな揺れだったわね」
「グランセルの近くには活断層はないはずなんですけど……」
「何か悪い予感がします」
ティータの話を聞いたクローゼは不安そうな顔でつぶやくのだった。
<グランセル城 謁見の間>
その後クローディア姫の部屋に居たエステル達は、部屋にやって来たアリシア女王によって解放された。
城全体を揺るがす大きな震動が収まった直後、デュナン公爵と黒服の傭兵達、戦略自衛隊員達は女王宮の外に出て行ってしまったらしい。
そして空中庭園に駆け付けたシェラザードの目の前で、デュナン公爵達はクローゼ達が乗って来た飛行艇を強奪し逃げてしまったようだ。
ともかく城内に居た戦略自衛隊員達の制圧に成功したエステル達は、魔獣を掃討したアガット達と謁見の間に集まりこれからの方針について作戦会議を開いた。
遊撃士協会からエルナンも招かれ、アリシア女王は玉座に座って話し合いの様子を見守っている。
「それでは城に残っていた戦略自衛隊員は時間稼ぎのための足止め部隊だと言うのだな?」
「はい、リシャール大佐率いる本隊は地下遺跡にいると思われます」
ユリア隊長に尋ねられたエルナンがそう答えると、アスカが不思議そうな顔をして疑問を口にする。
「でも幹部のカノーネが居たんだから、完全におとりってわけでもなさそうだけど」
「ええ、強者の傭兵達を残していた所から、簡単に城も明け渡すつもりはなかったのでしょう」
エルナンはアスカの意見に同意してうなずいた。
「きっとリシャールさんはカノーネさんを危険な地下遺跡に連れて行きたくなかったんだよ」
しばらく黙って考え込んでいたエステルがそう言うと、アスカはハッと気が付いた表情になり、シンジの目を見つめ手を握って声を掛ける。
「アタシはそんな事をされても嬉しくないから、解っているわよね!」
「う、うん、もちろんだよ」
心の底を見透かされたような気がしたシンジは目が泳いでしまった。
動揺したシンジの態度を見て、アスカは怒った顔でシンジを握る手に力を込める。
「痛いってば!」
「こらこら、ケンカしている場合じゃないでしょ」
アリシア女王の前である事を忘れて騒ぐアスカとシンジに、シェラザードがあきれ顔で注意をした。
「アガットさん……」
「分かってる、そんな悲しげな目で俺を見るな」
ティータの視線を感じたアガットも困ったように頭をかいた。
「先ほどの大きな揺れですが、おそらくリシャール大佐が地下遺跡で何らかの封印を解いたのが原因でしょう」
アリシア女王がそう告げると、謁見の間は張り詰めた空気に包まれた。
「まさか魔獣達が活性化したのもそのせいですか?」
ヨシュアが尋ねると、アリシア女王は首を縦に振った。
アリシア女王の言葉を聞いたエステルは大きな声で発言する。
「早くリシャールさん達の後を追いかけないと!」
「もう大佐を追いかけても遅いですわ、至宝は我らの手に!」
「あなたは黙りなさい!」
カノーネが不敵に笑うと、シェラザードはムチを鳴らして叫んだ。
「そのような危険な地下遺跡に、守るべき国民であるあなた達を行かせるような事になってしまい本当に申し訳なく思っています」
玉座から立ち上がったアリシア女王が頭を下げて謝ると、ユリア隊長があわてて声を掛ける。
「顔をお上げください、リシャール大佐を止められなかった我らにも責任があります!」
「そうよ、悪いのは秘密の合い言葉を話したデュナン公爵だわ」
アスカもそう言ってアリシア女王を慰めようとするが、アリシア女王は浮かない顔でため息をつく。
「どうしてデュナンもリシャール大佐も、武力を求めるようになってしまったのでしょう。やはり私が理想を追い求め過ぎたのがいけないのでしょうか」
「そんな事はありません、国同士の絆を深めようとするアリシア様のお考えは、帝国人の私から見ても素晴らしいと感じましたよ」
オリビエがそう言ってアリシア女王を励ますと、続いてヨシュアも真剣な表情でアリシア女王に声を掛ける。
「僕も武力で人を従わせようとしても悲しい結果を産み出すだけだと思います」
「そうですね、百日戦役の様な悲劇を繰り返してはなりません」
「お祖母様……」
少し元気を取り戻し凛とした表情になったアリシア女王を見て、クローゼは胸をなで下ろした。
玉座の前に立ったアリシア女王が地下遺跡に向かったリシャール大佐達の野望を阻止しなければならないと宣言すると、謁見の間に居たメンバー達は心を一つにしてうなずいたのだった。
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