引用しよう。
大日本帝国が国教とした国家神道は、間違った宗教だったので、その後、多くの天災と飢饉、不況が国を襲い、孤立と戦争を招いて、結局は滅んだのであった。
統一教会の真実
大日本帝国の間違い
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-829.html
だそうだがいったいだれがいつどこで国教とした国家神道としたのだ。
教えてもらいたいものだな。
日本の国教でクグってみたら下記のようなブログがあった。
全文引用しよう。
今回はあまり知られていない神道の歴史の話をしたい。
いま現在でも日本には、神道を受け付けない日本人が少なからずいる。とりわけ政治家、官僚、マスコミ、宗教人など日本を戦後、徹底的に腐らせた中枢の中に、「神道=悪」と考えている人間が多いのである。
いかに神道が「言挙げせず」という物言わぬ教えであったとしても、普通の常識と良識を持った人間であれば、間違った歴史や知識の上に立った思想や考え方は早急に正すべきであろう。
それでは、日本人たちが「神道=悪」と考えている最大の原因は何であろうか?
それは2つの原因がある。1つは戦前の「国家神道」に対して、戦後の左翼人だけでなく、仏教者、マスコミ、官僚、教育者らが、すべて戦争の責任を神道に押しつけて逃げてきたという歴史的事実があるからである。
とりわけ仏教者は、戦前は「敵国降伏」などを寺院で祈祷や呪詛を唱えて拝んだという歴史を、戦後になっても隠し通し、その責任すらまったく取っていない。このことについてはまた別の機会に詳しく述べるが、もう1つの理由は、日本人全体が「戦前は神道が日本の国教であった」と大きな誤解をしているからだ。
結論から先にいうと、神道は明治維新から戦前まで、ただの一度たりとも「国教」になったことはなかった。 それはなぜわかるのか?明治維新の宗教史と教育史を紐解いてみれば、誰でも簡単にわかるのである。
明治23年に井上毅という元勲が中心になって作られた、教育勅語はご存じの方も多いだろう。
実は教育勅語の母体となる「幼学綱要」という教育制度の基本を明治5年に作った、元田永孚(もとだながざね)という人物がいた。彼は熊本・時習館という藩校の出身で、横井小楠らと同じく、儒学や朱子学を基本的教えとした「実学党」といわれる派閥の熊本藩士であった。維新後、大久保利通に引っ張り出され、明治天皇の侍講から枢密顧問官や宮内庁御用掛まで上り詰めたが、いわば明治期の「天皇の側近」であり、だ日本帝国憲法の「国憲案」(憲法案)を提出した政治家と呼べる人物である。
その元田永孚は、元老院の国憲案でこう述べている。「皇帝ヲ尊親シ国教ヲ奉守シ国権ヲ確信スル」ー。
つまり当時からあった信教の自由の考え方に対し、国教に妨害をなすことは禁じるとした。
ところがこの「国教」とは何であったのか?それは実は元田永孚が学んだ「儒教(儒学)」のことだったのである。すなわち明治時代から第二次大戦まで、日本の国教は基本的に「儒学」であったのである。
それではなぜ戦時中にあれほど頻繁に日本人が神社参拝をしたのか、という疑問が上がってくるだろう。
その理由は、戦時中においては、この儒教や仏教ですら、もはや役に立たなくなっていたからだ。
このことについてはまた別の機会に触れるが、日本は明治から大正、昭和、平成に至るまで、神道が「国教」となったことは一度もない、というのが歴史的事実なのである。
政治は日本のまつりごと 山村明義の神代のブログ
戦前の神道は日本の「国教」だったか?
http://ameblo.jp/kamiyononihon/entry-11238203097.html
村山明義氏によれば「日本は明治から大正、昭和、平成に至るまで、神道が「国教」となったことは一度もない、というのが歴史的事実なのである。」と書いていらっしゃる。
かんご氏は国家神道になった経緯には触れていない。
かんご氏もいい加減な事を言わないでもらいたい。
指示待ち思考の統一食口は騙せても世間様は騙せないのだ。これが捏造と言わずして歪曲と言わずしてでっち上げと言わずして歴史修正論者といわずしてなんであろう。
この手の手法はかんご氏が良く使う手法である。
つまり誰々の本にはこう書いてあると言いその内容を日本に当てはめて都合のいいように解釈する手法だ。
「大日本帝国の間違い」では
大日本帝国の間違い
それはどこにあったのか?
答えは日蓮の『立正安国論』のこの言葉にある。
「正しい宗教に奉じなければ、国に異常が生じ、やがて滅ぶのである」
統一教会の真実
大日本帝国の間違い
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-829.html
と立正安国論の言葉を引用しているがこれが神道を指しているとは限らない。
WIKIにはこう書いてある。引用しよう。
日蓮は、『立正安国論』の中で、相次ぐ災害の原因は人々が正法である法華経を信じずに浄土宗などの邪法を信じていることにあるとして対立宗派を非難し、、法華経以外にも鎮護国家の聖典とされた金光明最勝王経なども引用しながら、このまま浄土宗などを放置すれば国内では内乱が起こり外国からは侵略を受けると唱え、逆に正法である法華経を中心とすれば(「立正」)国家も国民も安泰となる(「安国」)と主張したのである。
WIKI立正安国論より引用
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%8B%E6%AD%A3%E5%AE%89%E5%9B%BD%E8%AB%96
これの何処が国家神道と言っているのだ。教えてもらいたいものだな。
かんご氏は「相次ぐ災害の原因は人々が正法である法華経を信じずに浄土宗などの邪法を信じていることにある」事には触れていない。
この手法はかんご氏の教義でもある「民族のルーツを探す旅」にも如何なく用いられている。
引用しよう。
消えた10部族はその後どうなったのか?記録は何もないが、「申命記28/36」にはその行く末をこのように預言されている。
「主は、あなたをあなたの立てた王とともに、あなたも先祖も知らない国に行かせられる。あなたはそこで、木や石で造られた神々に仕えるようになる。」
と述べられた通り、その子孫達は遠い異国の地である日本にまで来て、木や石を御神体とする神々に仕えたのであった。
全国50万社の神社は「木や石」を「 御神体 ごしんたい 」として 祀 まつ っている。我々の先祖はその「木や石」を「神々」として仕え、これに礼拝し、祭りを執り行なって来たのであった。21世紀今日においても、「木や石の御神体」に年始には「 初詣 はつもうで 」と称して、たくさんの人々が礼拝している。
まさに聖書の預言の通りである。
このような国は日本をおいて他にはない。
第一章 民族のルーツをさがす旅
http://kurodakango.web.fc2.com/01.html
だそうだが申命記には続けてこうも書いてあるのだ。
「このもろもろののろいが、あなたに臨み、あなたを追い、ついに追いついて、あなたを滅ぼすであろう。これはあなたの神、主の声に聞き従わず、あなたに命じられた戒めと定めとを、あなたが守らなかったからである。」申命記28/45
申命記には28/36の後に「あなたを追い、ついに追いついて滅ぼすであろう。」と書いてあるのだ。
しかし今の日本はどうだろう。申命記から4000年ほどたっているがいまだに滅びては居ない。
寧ろ文先生からは「日本みたいな国が沢山出来たら天国はできる。」とまでおっしゃっているのをご存知ないのだろうか。
かんご氏はこの聖句については触れていない。
この現象をかんご氏はどう説明するのだ。教えてもらいたいものだな。
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かんご氏にはきちんと説明してもらいたいものだな。騙される食口にも問題があるのだが。しかし統一教会村で信者を惑わすブログこそかんご氏のブログではないだろうか。