夜中、窓から抜け出そうとしてフレイヤに見咎められる。
三人が居る間は夜中の探索で不足分を補うと言うスレイ。
「迷宮でそんな無茶が通用するとでも」
スレイは二つ目の比翼の首飾りを弾いてみせつつ、闘気と魔力をフル活用すれば充分可能だとニヤリと笑ってみせる。
心配するフレイヤに自分を信じるよう告げ、自信に満ちた笑みを浮かべるスレイ。
「スレイさん」
フレイヤはただ無事を祈り、彼の名前を静かに呼ぶしかなかった。
静炎の迷宮を突き進み、一気にボスモンスターが存在するだろう広間の前までやってくるスレイ。
モンスターを一掃すると、スレイはフレイヤとのやり取りを思い出し、自分の女への弱さに苦笑いする。
故郷でも何故かやたらとツンケンしていたもう一人の幼馴染の村長の娘を助けたところ言い寄られて肉体関係を持つことになり、近所に住んでいた五歳ほど年下の女の子に大きくなったらお兄ちゃんのお嫁さんになるー、とせがまれ、仕方なく玩具の指輪をプレゼントしてやったこともある。
他、旅の途上での事を思い出し自己嫌悪に陥りそうになるも、思考を切り替え能力値を確認し、闘気と魔力の融合を一度試してみようと思い立ち、純エーテル強化を行う。
光の反射を目で受け取り脳が映し出すタイムラグのある世界とは違う、エーテルが捉える本当の“現在”そのものの世界。
感覚に酔いそうになりながらも、スレイは今までとは全く違う段階に到達した自分を確信する。
静寂がたゆたい、赤く輝く部屋、中央に居る炎を纏った巨人、B級ボスモンスター・イフリート。
知性を感じさせないその姿、だが現在のスレイにはそれが擬態であることも、正体までも理解できる。
そしてスレイは炎の精霊王とイフリートに呼びかける。
叡智を感じさせる瞳を見せたイフリートはより高温の蒼き炎を身に纏い、広間までもが蒼く染まる。
「おぬし、何者だ?」
S級相当、炎の精霊王イフリート、神々にこの地に縛られボスモンスターのふりをして、探索者に経験値を与えてやる、イフリートの尊厳を踏みにじる神々の作り出したシステム。
自由が欲しくないかと尋ねるスレイに、しかしイフリートは神々に縛られてるのは事実だが、か弱き人々を高みに導くのは自ら望んだ事、そうでなければ自らの消滅してでもこの呪縛から逃げていると答える。
自分を縛り付けるシステムが無くなっても、今果たしている使命をこれからも果たし続けるかと問うスレイに、当然と答え、我が誇りを疑うかと怒りを見せるイフリート。
スレイは得たり、と笑い、ならばイフリートを縛るその鎖を自らが砕こうと告げる。
神々の力に人の子の力が及ぶ訳も無いと答えるイフリートだが、スレイが纏う輝きに、純粋なエーテルを感じ、驚愕する。
スレイはエーテルにより世界の理からその身を外し、亜光速で走り抜けながら刀を一閃させる。
そして呪縛は破られる。
スレイに礼を告げたイフリートはスレイに特性:炎の精霊王の加護を与えた。
カードの表示を見て、これじゃあ人に見せられないなと苦笑いするスレイ。
エーテルの強化による反動で倦怠感を覚えるも、そのまま迷宮を脱出する。
その夜のスレイの探索は終わった。
グラナリア家の邸宅、ルルナはスレイとの買い物に着ていく服を選んでいた。
「うわ、お前、何だよこの有様」
そこへ現れた双子の兄アッシュの無遠慮な態度に怒りが芽生える。
そのまま何も考えない発現でルルナの逆鱗に触れるアッシュ。
「お兄さまの馬鹿ーーー!!!」
闘気を込めた渾身の拳に気を失った兄を放置し、ルルナは服の吟味を続けるのだった。
エミリアは悩んでいた。
元々グラナダ氏族のエルフの中でも抜きん出た美貌を持つという理由で、人間との交流を、特に有望な人物との関係を深める為に送り込まれたエミリアである。
そんな命令に反発し、その責務を果たすつもりなど無かったエミリアはかわいい服など持ってきていないし、この迷宮都市でも必要を感じず買う事は無かった。
今回ばかりはそれが災いしていた。
スレイとの出会いに運命すら感じたエミリアはギルドで彼をみかけた時、彼との縁を失わない為強引にパーティを組む事を願い出た程に思いいれている。
エミリアは決意した表情をすると、祖父が自分に持たせた大きく胸元の開いた少し過激な衣装を取り出す。
そして恥ずかしさを我慢してその服を着る事にした。
約束の一時間前にスレイは待ち合わせ場所にやって来た、今は三十分前というところだ。
時間の余裕を持って待ち合わせ場所にいるのは幼馴染達の薫陶の賜物である。
そしてさらに十五分程待っていると、喧騒を引き連れルルナとエミリアがやってきた。
周囲を男達が追うように歩いている、面倒臭い事この上なかった。
スレイに待たせてしまったかと声をかけるルルナとエミリア、返す言葉は決まっていた。
「いや、まだ約束の十五分前だし、何より俺も今来たばかりのところだ」
三人のやり取りに男達が捨て台詞を告げながら去っていく。
「二人とも綺麗だ。よく似合ってる」
幼馴染達の躾の賜物か、自然と褒め言葉を発していた。
ルルナとエミリアは頬を赤くしつつも「二人とも」と纏めた事に苦言を呈す。
だけど総合的にはプラスだし、そんなに女心を勉強されても困ると言う二人。
そして三人は買い物に繰り出した。
見事に荷物持ちとして扱き使われたスレイ、流石に女性服や下着売場に付き合うのは勘弁してもらったが。
買い物が終わり、カフェテラスでお茶をしている時、突然エミリアがカップを落として割ってしまう。
顔色の悪いエミリアは先の事件で死んだ筈の試験官だったアレスタ教官を見たと告げる。
ルルナは他人の空似ではと言い、エミリアも納得を示す。
そしてルルナとエミリアは莫大な散財をし、スレイはエミリアとルルナをそれぞれの宿と邸宅へと送り届け、エーテル強化による疲れが回復しない為その日夜中の探索を諦めた。
ギルド内でアッシュがルルナとエミリアの散財に叫び声を上げる。
迷宮探索に必要な回復薬や魔力回復薬のアイテム類は、特に迷宮都市では非常に高価だった。
スレイ自身は必要と感じた事は無いがそれらは間違い無く探索者としての必需品である。
かなり余裕のあるアッシュの預金で消耗品や必需品をやはり経験不足故か「必要以上」に準備して、探索の準備は終わった。
静炎の迷宮で、一昨日の夜中、スレイが放置したモンスターの換金部位は、どうやら他の探索者により持ち去られていたようで、三人が不審を感じる事が無かった事にスレイは安堵した。
そしてスレイ自身は自らに襲い掛かってくるモンスターのみを倒す事に徹し、殆どのモンスターの相手は三人組に任せ観察する。
実戦経験を得て、三人の連携や個人技能もどんどんと成長していく。
これならあと少しでパーティを解散しても問題なかろうと考える。
パーティ解散の際には友人付き合いは続けたい事と、自分の事情も差し支え無い範囲で話そうと思う。
それに時々だったら臨時のパーティ登録をしても構わない。
そうして目処を付けたスレイは三人の後を付いていくのであった。
やはり素質があるのだろう、三人はイフリートとの戦闘で見事に勝利を収める。
イフリートがB級ボスモンスター程度に力を抑えていたとは言え、あのアンデッド・ナイトと同レベルである。
倒されたふりをしたイフリートはスレイへ意味ありげな視線を向け笑っていた。
送られてくる魂ではなく精霊の強大な力。
流石にこれはやりすぎだろうと思い、苦笑するスレイ。
三人とスレイは大幅なレベルアップを果たしていた、三人に至ってはランクもC級相当へと上がっている。
これならあと一つくらいの迷宮の探索後パーティ解散も可能だろうとイフリートに感謝する。
ギルド内換金所、メアリーはパーティの戦利品から一つの火の精霊石を持ち上げるとその純度と大きさに溜息を吐く。
あり得ない事だが火の純元素が籠ってるんじゃないかと思える程の純度だと感心する。
そして他の戦利品は全部で1万2000コメル、その火の精霊石一つで10万コメルになるが、火の精霊石だけは武器強化に使ってはどうかと尋ねる。
スレイは全部換金して構わないと言おうとするが、他三人は世話になっているし、スレイの武器の強化に使ってくれと頼み込む。
スレイは他の換金額は他三人で山分けしてくれと言い、それでも自分の方が得をしてしまっているがと三人の厚意を受け取る事にする。
気にしないでくれという三人にスレイは笑う。
「そうか、こういう時には他に言うべき言葉があったな。ありがとう三人共」
メアリーは四人を見て目を細めて笑っていた。
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