弁護士小森榮の薬物問題ノート

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help RSS 覚せい剤密輸事件はなぜ裁判員裁判に向かないのか

<<   作成日時 : 2011/05/21 03:04   >>

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この週末で、裁判員裁判もスタートから2年目を迎えます。今日の新聞には、裁判員裁判の記事が目に付きました。読売新聞は、朝刊で、裁判員経験者に対するアンケート調査による特集を掲載していますが、記事によると、回答した裁判員経験者の約3分の1が、覚せい剤密輸事件を裁判員裁判の対象から外したほうがよい、と答えているそうです。

<ニュースから>
●死刑判決関与57%「賛成」…制度2年 本社調査…性犯罪「除外を」4割
「裁判員制度施行から21日で2年となるのを前に、読売新聞社はこの1年間に裁判員・補充裁判員を務めた人を対象にアンケートを実施した。
2年目は重大事件の審理が各地で本格化したが、回答した121人のうち6割近くが、国民が死刑判決に関わることに賛成した。一方で4割近くが性犯罪を対象外にすべきだと答えるなど、施行後3年の来年以降に行われる制度見直しの検討に向けて、課題も浮かび上がった。(特集記事の冒頭部分)」
「読売新聞 2011年5月20日

上記の記事は対象事件について、アンケートの結果「性犯罪は裁判員経験者の39%が、薬物密輸事件では30%が『対象から外すべきだ』と回答した。」とし、また法務省での検討会でも、一般の国民にはなじみが薄い覚醒剤密輸や通貨偽造が対象事件に含まれている点は再検討すべきだなどという意見が出ていると伝えています。
やっぱり・・・と思うと同時に、「なじみが薄い」という理由付けをどう考えたらいいのか戸惑っています。覚せい剤密輸事件はしばしば報道されています。地域によってはけっこう多い事件のはずです。ですから「なじみが薄い」というのは、日常の感覚から離れた事件だからでしょう。刑を決めるにしても、殺人や強盗が絡んだ事件の場合には、人の命とか、怪我とか被害額とかそれなりの手がかりが裁判員にもあるでしょう。しかし、覚せい剤の量では、たとえ何百万回、何千万回の使用分とか、何億の末端価格とかいわれても刑を決める具体的な手ごたえはつかめないのではないでしょうか。さらに、覚せい剤密輸事件が厄介なのは、「故意」の認定過程がきわめて複雑だからです。従来、裁判官のみによる裁判では、多くの先例を踏まえた技巧的な認定をしてきました。

●「知っている」と「知らない」の差は紙一重
覚せい剤を隠した手荷物を運んできた被告人の多くは、「荷物に覚せい剤が入っているとは知らなかった。」と主張します。知らないまま荷物を運んだのであれば、覚せい剤輸入の故意がないので、被告人を処罰することはできません。
検察官は、被告人が「知っていたはずだ」と立証するために、多くの証拠を用意しますが、いずれも間接的な事実を語るもので、決め手になるものはありません。

荷物から発見された覚せい剤が大量で、しかも手の込んだ偽装工作がされているとなれば、密輸を仕組んだのは手馴れた犯罪組織だと推測することができます。しかし、その組織のことも、メンバーのことも被告人は知りません。運び屋は、そんなことを知る必要はないのです。荷物を渡す相手の名前や素性も知らされていないことが多いのです。
よく知らない人物に誘われて、中身を知らされないまま荷物を渡され、言われるままに日本の空港へやってきたのが、薬物の運び屋です。しかも、運び屋として雇われた人の多くは、覚せい剤を使ったことも、見たこともない人です。
さて、この状態で運んできた荷物のなかに、「覚せい剤などの身体に有害で違法なもの」が入っていると、被告人が気づいていたかどうか、それが事実認定なのです。ここでは「知っていた」と「知らなかった」の差はまさしく紙一重。

この紙一重を超えるために、私たち法律家は、証拠を吟味するのと同等のエネルギーを費やして多くの裁判例を参照してきました。実務家用の著作もたくさん出ています。事実を誤らずに認定する能力は、たぶん裁判官にとっても、一生かけて鍛錬し、身に着けていくものなのでしょう。こうした認定のプロセスをそのまま裁判員に押し付けるわけにはいきません。
こうした事件を裁判員裁判で審理するためには、事実認定プロセスの類型化を思い切って進める必要があります。多くの間接事実を、チェックリストのように整理し、重要度によって分類し、順序だて、類型化しなくてはならないのです。
対象事件として見直す前に、まず、事実認定の類型化が早急に必要だと、痛切に感じています。
もちろん、刑事事件である以上、類型化された事実を前提としても、特定の認定を強制するものであってはならないことは、当然です。

ちなみに、朝日新聞の記事中に、裁判員裁判対象事件の罪名別件数(制度開始以降の累計)が出ていましたが、覚せい剤取締法違反(裁判員裁判の対象は覚せい剤輸入事件のみ)はこれまでに303件、多い順で5番目でした。ただし、覚せい剤輸入事件は大型空港のある地域に集中しているため、裁判所によって事件数が極端に異なっているはずです。
画像

↑上記の読売新聞記事より

なお、薬物事件のうち裁判員裁判の対象になるのは、@覚せい剤の営利輸入・営利製造、Aジアセチルモルヒネ(ヘロイン)の営利輸入・営利製造、B麻薬特例法の業としての輸入等(営業的な密売など)ですが、AとBは起訴される事件数が限られているため、あまり話題になることもないようです。

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裁判員裁判に一言
検察に主張に疑問点があれば、批判を恐れずに「疑わしきは罰せず」の大原則を貫くべき。検察は裁判員(一般市民)が自信を持って「有罪」といえるまで十分な立証をしていかなければならない。特に麻薬・覚せい剤密輸に関する犯罪は、犯罪の連鎖が容易に想定される重大犯罪(国民生活に及ぼす影響は大きい)なので、一般市民が理解できるように状況説明、立証を強く望みたい

2011/05/23 17:33

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