『幸せ恐怖症(親の七掛け幸福論)』
岩月謙司
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『幸せ恐怖症(親の七掛け幸福論)』
「文字通り、幸せを怖がり、幸せを避けてしまう現象。親から自分の幸せを嫉妬されながら育てられると、子供は幸せになることを怖がるようになる。ただし、本人にその自覚は全くない。無意識である。むしろ、本人は人一倍幸せを求めていると思っている。しかし、やっていることは、幸せを回避する行動である。幸せを恐れるように見えることから、岩月教授が1998年に「幸せ恐怖症」と命名した。
幸せを避ける方法としては、第五希望を実行することであることが多い。当人は、自分としては第一希望を実行しているつもりになっているが、実際には第三希望や第五希望を実行するのである。第五希望を実行しながらも、これが自分の第一希望だと信じて疑わない。だから、指摘されてもなかなか気付かない。
しかし、第五希望を実行したのでは、期待したほどの悦びが得られない。「なんかヘン」と思う。だが、思考はそこでストップする。自分がわざわざ第一希望を回避しているとは夢にも思っていないから。
第五希望を選択している限り、そこそこの幸せしか得られない。たいていの場合、どちらかといえば不幸を得てしまう。第一希望と第五希望を取り違えさせる元凶こそ、幸せになるのが怖いという「幸せ恐怖症」なのである。
親からの嫉妬を避けるために、無意識に第一希望を避ける行動が身についてしまったのである。それゆえ、もっともやりたいことほどもっともできない体質になってしまったのである。たとえばのどが渇いている時、「冷たいジュースと冷たい水と生ぬるい水のどれがいい?」と聞かれた時、冷たいジュースが第一希望でも、「生ぬるい水」と答えてしまう。
恋人を選ぶときも同じ。五人とお見合いをした場合、第一希望の男性を拒否し、わざわざ第五希望の男性と付き合おうとする。「彼は、悪い人ではないんだけど、なんか物足りない・・・」と思うのは、彼が第五希望の人だからである。第一希望の男性と楽しくお付き合いしてしまうと、母親が不機嫌になることをあらかじめ予測できるから、そうならないように、はじめから第一希望の男性を避けてしまうのである。「ダサイ」とか「魅力を感じない」と理由をつける。自分に対する言い訳である。
母親の嫉妬を回避する為に、無意識のうちに第五希望の男性と付き合うという不幸な道を選択するのである。自分としては賢い道を選択したツモリが、実は、もっとも間違った選択をしてしまう。
こうして自分の幸せを回避できたという成功報酬が「幸せ恐怖症」を継続させる原動力となる。
母親の幸福度を100とすると、母親が、娘が200とか300の幸福を得ると嫉妬する。70くらいの幸福なら許す。子供は、親の顔色ばかりうかがいながら、自分はどのくらい幸福を得ることが許されているのか、試行錯誤しながら学習する。その結果、子供は、70以上の幸福度になると親が不機嫌になることを発見する。それ以降、70以下の幸せしか求めなくなる。自分の幸福度が7掛けなので、「親の七掛け幸福論」という。「幸せ恐怖症」は、子供の立場から見た現象のことで、親の立場から見ると「親の七掛け幸福論」となる。両者同じ現象である。
ただし、親の七掛け幸福論は、どの親にも発生するものではない。不幸な親に限られる。
幸福に生きている親は、子供の幸福を応援する。夫婦仲が悪く、心が満たされていない母親は、娘が自分よりも幸せな結婚をしないようにアドバイスをする。母親に悪気があるわけではない。むしろ母親は娘の幸福を願っているツモリになっている。だが、無意識のうちに娘が不幸になるアドバイスをしてしまうのだ。娘もまたいいアドバイスをしてもらったと悦んでいるので、母も娘も「親の7掛け幸福論」の存在に気がつかない。
幸せの応援とは、悦びの共感である。親の7掛け幸福論をしている親に育てられた子供は、親に喜びの共感をしてもらった経験がない。むしろ、子供がルンルンすると親は不機嫌になる。子供にとって親が不機嫌でいることは怖いことである。親の不機嫌さも、子供にとっては、嫉妬と同様、自分の存在に対する否定だからである。子供は親に愛されたくて自分の幸福を捨てるのである。
結婚してもなお、幸せ恐怖症は続く。もし、予想以上にいい夫と結婚してしまった場合は、自ら幸せをぶち壊そうとする。
幸せ恐怖症が怖いのは、無意識に自分を不幸に陥れ、自分を傷つけようとすることである。結婚している場合は、夫をも傷つけてしまう。まるで催眠術にでもかかったように、フラフラと不幸になることをしてしまうのだ。自覚はない。はっと気がつくと、自分も夫も不幸になっているのである。無意識なのでまったく気がつかない。自分から破壊しておいて、「こんな状態に誰がした」と夫を責めて、ケンカをしてしまう。不毛のケンカになる。
なお、幸せ恐怖症は、親の幸福を上回る悦びを手に入れない限り発生しないので、子供の頃から熱心に幸せを回避してきた人は、一生幸せ恐怖症に悩まされることはない。人生こんなものだろう、と思って、不満足なりに納得してしまうからである。
もし、一生懸命に努力しているのに、「自分の人生なんかヘン」「悦びや感動がない」と思っている人がいたら、幸せ恐怖症である可能性が高い。
ただし、幸せが怖い、といっても、オバケを見て震え上がるのとは違う。人に愛されることが怖い、親切にされることが怖い、ということではあるのだが、恐怖を意識することはない。だからこそ、自分が該当するか、なかなか分からないのである。恐怖を自覚できないまま、無意識のうちに親切にされることを怖がり、かつ、親切にされることを拒否し、無意識のうちに愛されることを拒んでいるのである。当人は遠慮していると思っているが、人の目には拒否していると映る。
DSSと同様、自覚できないことがもっとも怖いことである。」
母は自分に関してはとてもポジティブな人で、母の持つセルフイメージは、「常にあらゆる点で誰よりも優れていて清く美しく知的で果敢であり、思いやりがあって自分のことはいつも一番後回しな」女性である。母は容姿が美しい分だけ説得力があり、父にもこのセルフイメージを認めさせている。
母に与えられた私のセルフイメージは「おっちょこちょい。女らしいことが嫌い。がさつ。ネガティブ。危なくて運転などさせられない。母に嫉妬している。ワタシワタシと自分のことばかり主張している」etcである。
これによれば、「母が私を嫉妬する」などとは絶対ありえない。
私も言われるがままに上記二つのイメージをずっと信じていたので母が私に嫉妬している可能性は考えてみたこともなかった。
それどころか私は母自身が言う通り「母親だから必ず私の幸福を願っている」はずだと信じて疑わず、一方、母と父のところでは「私がいつも母を嫉妬している」ということになっていた。
しかし、この母から私への嫉妬の可能性にやっと気がついた時(時は既に遅かったけど)、今まで理解不能だった母の言動、そして私自身の選択の不思議も一挙に理解できた。
一字一句、全て当てはまる。
ただ、
>夫婦仲が悪く、心が満たされていない母親は、
…とあるが、うちの母は夫婦仲は良い。というよりも、父が母に絶対服従である。
とくに更年期に母が荒れて狂言自殺して以降は、父は母の言うことに何一つ逆らわず、母の期待通りに行動する。だがそれも、母の希望通り「父自らの独立した考え」ということのいなっている。
しかし「心が満たされていない」いうのは、ふりかえると当たっていると思う。
中学高校の6年間、母の愚痴の聞き役をしていた。
要約すると「私のような素晴らしい女性だったら、もっとリッチでゴージャスな生活ができたはずなのに」という内容だった。
現在、母は、お金持ちの奥様としてチヤホヤされることでその心を満たそうとしている。
「箱入りババですのよ。おほほほほ」が母の自己紹介のせりふ。
母は末っ子だったし、その上、美人だったし、チヤホヤされ足りなかったということはないと思うのだけれども、おそらく、私の大学受験当たりを機に、いくら「お母様の教育のおかげ」といっても、まわりの関心は母親である自分ではなく私にうつったことを感じ、危機感を覚えたのかもしれない。
母に酷いことをした覚えは一度もないし、母が私に言うような酷いことも私は母に言ったことがないので、どうしてそんな恨みを買うのかわからないのだが、自分が中心でないと気が済まない母にとっては、「中心を奪われそうになった」だけでも十分恨むに足る酷いこと」だったのかもしれない。
母から、殺気に近い恨みを突然感じたことは何度かある。
そのうちの一度は、
知人(高学歴・高キャリア)のお母さんが、娘が自分を超えて高学歴になったことを憎み、、財産を残すのがいやいやで、家も宗教団体に寄付して、実家のあったところに言ってみたらサラ地だった…という、すごい話をきき、それを何かのついでに「すごい人もいるもんだね」母に話したら、
「あらそう?その人がそういっているだけで、そのお母さんはそうするだけの理由があるんだと思うわよ。私も気持ち分かる気がするわ」
…と母がいった時だった。
孫ができてからも、いろいろ理由をつけて結局、里帰りをいやがり、孫と会いたがらないのは、「孫に場の中心を奪われてしまうのを厭がっている」と思えば、わかりやすい。