第1話 〜4月〜 「新入生来ないね…〜ダクトルームでGO!〜」の巻



時は大宙暦6年、
所は銀河系ミコツ・ツテラウ腕の先端に位置する恒星系。
そこには6年前の第3次銀河聖戦により全銀河の領有権を穫得した大銀河帝国による「帝立統合科学アカデミー」が存在していた。
それは最高の知識と技術の探求のためにのみ存在し、全銀河全人類の英知を結集させ蓄積・増殖していく超巨大複合総括型研究機関である。

時は今まさに春。
アカデミーはにわかに活気づいていた。
なぜならばアカデミーは次代を担う超天才、『満点頭脳』を育成するための学園部をも併設しており、今がその入学シーズンだからなのであった。


そしてその活気も届かぬ学園部エリアの果て、鳥も通わぬ倉庫区画の中に1人の少女の姿があった。
「あ〜、ひまー…」
金髪碧眼、水色のアリスドレスで白いエプロンという出で立ち。
ぱっと見では人形かと疑いたくなるほどに整った顔立ちで、腰まで届くサラサラのブロンドに大きなリボンをくっつけている。
ただ服装のあちこちにちょっと得体の知れない機械を色々とくっつけてはいるが、一見ただのゴクありふれた一般的かつ普通の美少女である。
しかし彼女こそが、弱冠15才にて大銀河帝立統合科学アカデミーにその人ありと謳われた稀代のちょー天才科学少女、リララ教授その人であった。

彼女は倉庫の前に出された古びた木製のテーブルの前に腰掛け、今朝から数えて計111回目のため息をついていた。
「おや、こんにちわ、リララ教授。
お早いですね。」
学園部の校舎エリアの方から1人の青年がやって来た。
彼は持っていたカバンをリララ教授がつまらなそーに頬杖をついている机の影に押し込むと、リララ教授の横においてあるパイプ椅子に腰掛けた。

青年の名はイタミ・トーキチロー。
大銀河帝国の旧帝星であるブルーアーク星・首県・ユニオンJからアカデミーに招かれた第1期技術論理特待生である。
現在は大学部第3学年に所属。
細身ながら身長1m98cmと大柄で、同じく1m54cmのリララ教授の真横に立つと、教授の顔が腹のあたりに来てマトモに話もできないためいつでも身を屈めているので少々猫背である。

リララ教授は彼にいつものように声をかける。
ただし、かなりヘナチョコな声になっていた。
「やほ〜、トーキチローくぅん。
今日はなんか成果あったぁ?」
「ええ、ようやく自律行動で目的を果たす新型ミクロマシンの試作機が完成しました。
今回のは発表用のデモを兼ねているので、判りやすく回路作成を行うタイプです。
全長0.98mmのロボットなんですが最終的にはマイクロファクトリーにも応用できるサイズと精度に仕上げる予定です。
ちなみにコレが試作機ですが。」
「……。」
「……。
教授?」
トーキチローは話しながらミクロマシンの試作機が10機納まっているカプセルを取り出して見せたのだが、
リララはなんだか『も゛へぇ〜〜』っとしてる。
「お疲れなのでしょうか。
…ひょっとして教授、今朝からずっとこちらにいらしてたんですか?」
「あー、うん…。」
「…なるほど。」
2人はそのまま押し黙ってしまった。
トーチキローは状況を聞こうかとも思ったが、リララ教授のヘナチョコっぷりを見れば聞かずとも明らかであった。
「でも、なぁーんでダァレも見にすら来ないのかなぁ。」
「まぁ、人類が宇宙に進出して1000年ですしね、情報伝達手段も高速大容量化を極めましたから。
そういえば、今朝のニュースだと新しいマスラインはたった1本で惑星間でも毎秒64万エクサビット単位のやりとりができるらしいですよ。」
「でもそうは言ってもその恩恵を受ける人間の頭脳の処理能力なんてのはホモサピエンスの出現以来たいして進化していないのよ!
なのに人類はさらなる情報を求めやまず、遂には御することもできない正に電子情報の洪水をうみだしてしまったわ!
私達の目的は、そんな中で温かみのある情報を発信し、みんなにひとときの安らぎを与える事なのよ!!」
背景に昇り龍を出して力説してしまうリララ教授であった。
「その見解に対する異論は特にありませんが、それでも新入生は来ないのではないでしょうか。
この『壁新聞部』には。」
そう、彼らはアカデミー学園部内の数ある弱小サークルの中でも『最弱』の名をほしいままにする超零細サークル、壁新聞部なのであった。

それにつけても余りに弱小なため、冷暖房完備のピカピカな部室棟の部屋はもらえず、こんな場末の倉庫に陣取っているのである。
しかも無断で。
その活動内容はもちろん、壁新聞の発行。
それも作ったら全校に貼りに行くというアナクロっぷり。

ちなみに紙に印刷する書物、新聞や本などは前世紀に姿を消しており、学生の持つ教科書なども携帯型電子端末によってまかなわれている。
もちろん講義の予定掲示も就職情報も全てがその端末に配信され、各個人がその中から望むだけの情報を得る仕組みになっている。

そんな中、リララ教授がこの部を発足させて6年、部員はと言えば第1期で入部したトーキチローただ1人。
以来5年間1人の入部者もなし。

ただでさえ最先端技術を極め超越するために存在するアカデミーである。
普通ここにやってくる者が壁新聞部などに目もくれるわけがなかった。

しかし彼女は、もしかしたら今年こそは1人くらい来るかもしれないじゃないなんて事態がありえるんじゃないかということもなきにしもあらずなのではないかということがあるかもしれないような気がしないでもないような気がしちゃったりなんかしちゃっているのよというわけなんですよ気のせいではないならばと、淡くもネバっこ〜い期待を抱きつつ朝から部室の前に机を出して新入生を待ち構えていたのである。

その成果、0人。
玉砕御礼であった。



「あのー、トーキチローくん…」
「なんですか?」
「私達いったいナニしてんの?」
「もちろん取材にきまっています。
ほっといたら新入生が来ないのですから、呼びこむのです!
目の覚めるようなスクープをモノにし壁新聞部の名をアカデミー中に知らしめるのですよ!!」
「その理屈はわかるわよ。
わかるけどナンだってこんなポンプ室に入るの?」
ちなみにポンプ室とは、建築物の水道や空気配管等の装置本体の設置、メンテナンスなどのために設けてある機械室のことである。
通常の居住エリアとは違い一般に関係者以外立ち入り禁止なものだ。
しかしトーキチローはどうやって入手したものか、合鍵を使ってすばやくその中へとすべり込んで行った。

ちなみに彼らは5つある学生寮の本館地下のものへと潜り込んだ。
普段からほとんど人気のない入り組んだ通路の突き当たりに位置しているここのモノは、各館の電線・配管のメンテ用ダクトルームとも直結しており、まさに学生寮の心臓部とでも言うべき場所である。


一面にパイプが交差し1人で通るのがやっとという暗く狭い空間を、トーキチローは訳知り顔でスタスタと進んで行く。
まるで迷路のような内部を進んで行くとやがて1本の太いラインに出くわした。それは一直線にある方向へと伸びている。
「ふっ、ようやくメインルートに着きましたね。
教授、この蒸気配管は本館第1食堂を経由して32号棟地下1中央エリアへと伸びているのですよ。」
「え?
それって女子寮名物、『魚の泳ぐ戦国風呂』のエリアじゃ…」
「さすが教授!その通りです!!」
トーキチローにリララ教授のバックドロップが炸裂した。
「あいたたた、ナニをするんですか教授。」
「ナニじゃないでしょ!そんな覗きスポットを公開する気なの!?」
「ソレは…
男子には好評でしょうね。」
「女子はどーすんのよ!?」
「では男子風呂のも?」
「ちょ、ちょーほしー…、
ぢゃぁなくて!倫理の問題よ!
だいたいそんなの壁新聞に載せたら職員会ににらまれて部がツブされちゃうでしょっ!」
「いえいえ御安心下さい。私は覗きスポットだなんて一言も言っていません。」
「え?じゃあどこにつながっているの!?」
「女子寮の戦国風呂です。」
今度はブレーンバスターが炸裂した。
「…もうちょっと軽めのツッコミはないんですか…?」
「で?本当はナニをスクープしたいわけ?」
「そうですね、戦国風呂に続いているってのは本当なんですが…」
リララ教授がダブルアームスープレックスの態勢に入る。
「わーっ、待って下さい!とにかく行けば判りますから!」



…ジャングルである。
「…ジャングルね。」
「ジャングルです。」
取り巻く空気がむわっと生暖かく湿度も高い。
辺り一面、極彩色の植物の群れ、行く手をはばむ蔦、足元をとる太くヒネリのきいた巨木達の根。
おそらく天井があるであろう方向を見上げても4〜5mも上でうねる植物が複雑に絡み合いそれは見えない。
しかし梢などのスキマから辺り中が明るく照らし出されているのは、本来の照明のみならぬ、強烈な発光体をもつ苔などの仕業であろうか。
また足下の地面のあたりをチロチロとかすかな音をたて、水が流れている。
遠くからは猛禽類のものとおぼしい甲高い動物の声や虫の鳴き声、おそらく両生類であろう無数の唸り声なども聞こえてくる。

まさにジャングルである。
「…で、一体なにをどうするとポンプ室の奥が、このウッソーと繁るジャングルになるってぇの?」
リララ教授が極めて素朴な疑問を口にする。
ダクトルームなんてのは大抵、人が出入りする空間だけが確保されていて、あとは肝心の機械で埋め尽くされているのものである。
それがよりによって女子寮の奥深くにあるポンプ室の奥が、ウッソーと広がるジャングルである。
おかしく思わないほうがおかしいのだが、ポーカーフェイスなトーキチローは平然としながら自前の資料と推論を口にする。
「御存知ありませんか、戦国風呂は天然の温泉水を使っているのですよ。
そしてこの中が異様に広いのは、温泉水の汲上げ機等の施設がまるまる収まっているからなんです。
しかしどこかでパイプがゆるんだりでもしたのでしょう。この足下を流れているのは温泉水です。
こうして適度の温度と湿度、そして温泉の養分を得て、いずこよりか舞い込んだこの星の原生植物達の種子が繁殖、これまたどこかから入ってきた小動物達も住み着いて御覧の一大パノラマが完成した、というわけではないでしょうか?」
「こんな建物の奥の奥にぃ?どうやって?」
「風にのった種子や小動物なら、一見侵入できそうもない通風孔などからでも入って来れるのではないでしょうか。」
「種や小動物なら、か…。
メンテん時にはハッチも開けるだろうし、空気孔や点検口からこのエリアまでの侵入は…、不可能ではない、よね。
なぁるほどぉ。
…あれ?私達ってひょっとしてこのアリサマを取材しに来たの?」
「『女子寮のポンプ室、手入れ不行き届きでジャングル化!』
実際、記事にしても面白いでしょう。
でも狙っているモノはもうちょい奥です。」
トーキチローは喋りながら奥へ奥へと進んで行く。
しかし地面は繁殖した植物達の根や落ち葉などで異常にデコボコしているうえにコケ蒸し、滑りやすいところもあったりしてヒジョーに歩きにくい。
実際リララはいちいちそこいらの木に手をかけて慎重に歩を進めているのだが、トーキチローのほうはいつものように腕組みをしたまま実に器用に木々の根から根へと飛び移って行く。

そういえば6年前彼が出した入部届のプロフィール欄には、なぜか一言、『忍者』とだけ記されていた。
その時リララ教授はとくにツッコミはいれなかったのだが、なんかいやに無表情だし、実際『忍者』なのかも知れないと戦慄を覚えるリララ教授であった。



「…でして、そろそろじゃないかと…」
「?」
しばらく歩きながらしゃべっていたトーキチローがふいに足をとめた。
ジャングルのような通路が4方向からぶつかる十字路の中心である。
彼は普段でもどちらかというと険しい感じの顔つきだがそれをさらに険しくし、なにかに神経を集中させているようだった。
「…教授、隠れますよ。」
ふいにそう呟くとトーキチローの姿が空中に溶けるかのようにして消えうせた。
べつに忍法なわけではない。
自作の『ライティングカムフラージュシステム』による効果である。

簡単に解説するならば、モノが『見える』という現象はある物体の表面に光が当たり、そこで反射される光を『見る』ことによって『物体が映像として認識できる』ということである。
しかしその光の方向を変えて物体の前方にその後方の景色からの光を投影させればその物体の姿は映像としては認識できなくなる。つまり『見えなく』なってしまうのだ。
『ライティングカムフラージュ』とは、この原理を全方位全角度に対し有効にしたというだけの基礎的な偏光擬態システムなのである。
「ぁあっ!ちょっと…!!」
こうされると困ってしまったのはリララ教授である。
隠れようにも、今日は『ライティングカムフラージュ』のような装置は装備していないし、ここの通路には隠れられるだけの物陰はない。
それにトーキチローがわざわざ人に何かを促すときには、たいてい彼の計算上での最善策を示しているので、例えば他に考えられる行動として「このまま前進する」や「ここから撤退する」などが得策ではないということも意味している。
こういう状況判断についてはこれまでの経験上、彼女はトーキチローを信じることにしていた。

しかしよく考えずともトーキチローから何を目的にここまで来たのかも、なんで隠れるのかも聞いていないし、隠れられないし、それなのに消えられちゃっちゃぁ困るよぉ、と思った瞬間、ソレが音も立てずに突然襲いかかってきた。

いや、『音も立てずに』という表現は正しくないかもしれない。
正面通路からの音の反響が急に小さくなったことにより、逆に、そこに『無音』の物体が急速に接近してきたのが察知できた、というのが正確なところである。


リララ教授はその異様な気配を感じ取ると、反射的に黒い皮手袋の左手首部分に仕込んだマイクロワイヤーランチャーを天井に向け発射した。
そしてハーケンの食い付きも確かめずに一気に電動リールをリバースにいれると、小柄で軽いリララ教授は強力モーターによる巻き取りの反作用で瞬時に宙へと引き上げられていた。

ここでようやくナニが迫ってきたのかを確認しようとその方向に視線を送ったのだが、そこにはナニもいない。
しかし、今まで彼女がその上に立っていた木の根の塊が見えない衝撃によってまるで爆発したかのように粉砕されるのが見えた。
「!! バイザー!」
リララ教授の声に反応して、彼女が左耳に着けているとってもカッコよくないゴテゴテの機械から、光学技術の粋により作り出される空間直接投影型の小型ディスプレイが、左目の2cmほど前方に出現する。

教授お手製のこのメカニズムは、極めて高次元のセンシング機能とリンク機能を有し、ありとあらゆるモノの情報を入手することができる装置なのだ。
その処理能力は帝国宇宙軍の戦略情報空母に匹敵すると言われるほどの、究極の情報端末なのである。
見た目はマジでカッコよくないが。

彼女が、先程爆発した辺りに目を向けると、左目のディスプレイに瞬時に見えないモノの姿が映し出された。
とは言っても、相手はかなり高次元の熱光学擬態によるカムフラージュをかけているようで、表示されたのは分析データに基づくワイヤーフレームの合成映像である。

しかしリララ教授はその姿に見覚えがあった。
ソレは蜘蛛を思わせる形状で身長約2mの8足型自動警備ロボット『レベル3ガーディアンユニット・タイプD』、通称『DD(ディーディー)ヴァリアント』である。
その名の通りアカデミーのレベル3機密保持に従事する自己判断型自動警備ユニットだ。

ちなみにアカデミーの機密レベルは5までに分類されており、それに応じて常時対応可能なガーディアンユニットが多数整備されている。
その中でもこの『DDヴァリアント』は、偏光擬態、無音駆動、悪路踏破を可能とする多足構造などなど、その装備は侵入者の裏をかき確実に制圧するために特化された、いわば『見えないスイーパーマシーン』なのである。
「!!
トーキチローくんこの子は…!」
リララ教授は思わずトーキチローの名を叫んでいた。
なぜならトーキチローが使った隠れ身はカムフラージュとしては初歩的なもので、光がある程度あたれば足元に影は落ちるし、動けば音もする。熱反応もゴマカせていないという代物である。
目標に対する待ち伏せや追撃を主に想定された『DDヴァリアント』には、通常のセンサーカメラのほかに、熱・音・振動・赤外線・電磁波の探知能力を強化した『生体センサー』さえもが組み込まれているのだ。
そして武器を持っていたり潜伏・逃亡などをする相手は『不審者』として排除する、そういう仕組みのロジックを持ったマシーンでもある。

おそらく先程の攻撃はリララ教授が体のアチコチに着けている機械を、破壊工作には充分な危険物と判断したからなのであろう。
しかも実際それくらいのことは充分可能なので文句も言えないのがなんかクヤシい。

しかしリララ教授が声をあげた時、すでに勝負はついていた。
『DDヴァリアント』は徐々にその姿を現しながら各駆動部のテンションを失いその場にヘタリこんでしまったのだ。

リララ教授はア然としつつハーケンをクローズにし、自分の体重を利用してワイヤーを天井から引き抜き着地した。
そのままおそるおそる近寄ってみたが、『DDヴァリアント』は完全に機能停止しているようだ。

すると機体の下から、服の汚れをハタキながらトーキチローがモゾモゾと這い出してきた。
右手には懐から取り出していたスタンガンを握っている。
「ふう、うまくブレーカーを落とせたようですね。
大丈夫でしたか、教授。」
「って、そりゃこっちのセリフだよぉ。
あ、ソレで電装系でもつっついたの?」
「ええ、まあ。
本体の底にあるチャージャー用の電極のあたりに一発。」
「なぁるほど。
しっかしよく『DDヴァリアント』のセンサーをかいくぐって接触できたねぇ?」
「ああ、簡単な事です。
教授の真後ろに回り込んで地面に伏せましたから。」
「…へ?」
『DDヴァリアント』は警戒対象に対する距離の把握を、音波の反射で認識している。
ゆえに同一線上のごく近い地点に複数の対象がいたり、ここのように木々でゴテゴテした場所だったりすると詳しい判別ができなくなる場合があったりする。
しかもこの辺りは温泉水のせいで熱が充満し、さらに小動物や木々の梢の動きなども加わっているため、なまじ高性能の『生体センサー』がさらに判断を鈍らせている可能性もなきにしもあらず。
もちろんカメラに姿が映っていれば擬似3次元認識でマークされ、こうウマクはいかなかったに違いないが。
「そしてコイツが手前にいらした教授に攻撃を繰り出したスキをつきまして、『気持ち悪いほど速い匍匐前進(ほふくぜんしん)』を駆使し、下側に滑り込んだというわけです。」
「……
…おとり?」
リララ教授が自分自身を指差して愛らしく小首をかしげる。
「いやぁ、なんでだか隠れてくださらなかったんで利用させ、いえいえ、
ん〜…。
こういうコトワザをご存知ですか?
『立ってる者は親でも使え』。」
なんのフォローにもなっていなかった。



「で?一体この先にナニがあるっての?
こんなダクトルームくんだりに機密保持用のガーディアンがいるなんてさ。」
実際、こんな場所にガーディアンユニットが配備されているはずがなかった。
ガーディアンユニットは主要なラボやライブラリーなどに配備されているモノであって、そのような場所では実際に廊下やダクトにもいたりするという話だが、しかしここはただの寮なのである。
保持すべき機密があろうはずもない。

リララ教授はどういうことなのかを知っているはずのトーキチローにズイと迫ったのだが、トーキチローはツイと避けて先に進んでいってしまう。
「ちょっと!トーキチローくん!!」
「私はカメラ担当ですからね。
ナニがあるのか、どうなっているのかという事実については、記事を書く教授ご本人の目でお確かめください。」
「あーっ!そーゆーことぉ言う!?
ふーんだっ、だったらIQ2400のこの頭脳で推理してやるもんねーっだ!!」
「IQって…。」
ちなみにIQ=知能指数という単位は、知能レベルを絶対評価で数値化したものである。しかしその評価方法や数値化そのものの意義が問われた末、すでに使われなくなってからひさしい。

『…となると教授は御自分で測ったのでしょーか。天才ってようわかりません。』
トーキチローがそんなことを考えている間に、リララ教授は左耳の情報端末をいじりながら『推理』を始めたようだ。
「なぁるほどね。
今、警備本部の『コマンド・マスター』から過去データを引き出したわ。
1ヶ月前に、ココに3体のガーディアンユニットを送り込むように優先指令が入力されたようよ。」
「どなたによる指令でしたか?」
「発令者のIDは消去されていたわ。
アソコの入力履歴を改変するなんて、頭脳集団であるアカデミー内の人間としても最高レベルの技術がなきゃ不可能よ。」
そう、ここは銀河最高の知識と技術が蓄積されている『大銀河帝立統合科学アカデミー』なのである。
その研究開発データの数々は、ほんの片鱗が何者かに漏洩しただけで、現在の産業や社会情勢のバランスを根底から覆し社会基盤を崩壊させるに充分なトンデモないシロモノであるのだ。
それどころか悪用すれば宇宙そのものを破壊することすら可能な超理論と、その実行すらをも可能にする超技術が開発・蓄積されているという、一般の感覚でいくとかなりキてる機関なのである。
それなのに別に極秘機関という訳でもなく、見学コースとかもあったりしているのが御愛嬌。

もっともこれは、なまじ秘密機関にするよりも、その超越的な技術レベルを知らしめその技術によって機密が守られているということを認知させるのが産業スパイなどの発生を防ぐ最も有効な手段である、とアカデミーの理事長が主張し帝国側もそれを認めたため現在のような状態になったということだ。
他にもアカデミーの存在を公開することによる政治的な効果などを、スポンサーである帝室が見込んだためとも言われている。

そんな感じで機密漏洩を防止するためにアカデミーが最新の理論と最高の技術をもって建造したのが『アカデミー総合自動機密警備システム』、通称『ガーディアンズ』であり、そしてその中枢を担う超コンピューターが『コマンドマスター』なのだ。
その詳細や全貌はアカデミー内でも極秘とされ不明だが、無数の無人警備マシーンと防衛コンピューター群を制御する素晴らしい処理能力、そして凄絶なまでに高次元な防衛機構をもつモノゴッツいコンピューターであるということだけは確かである。
「しかし『コマンドマスター』から入力履歴までのデータを引き出すとは、教授こそ末恐ろしいテクです…。」
「そりゃまあ私ってば『ちょー天才』だからぁ☆(⌒▽⌒)b」
『『ちょー天才』ってなんかかえってバカっぽいなー、とか思ってしまいましたがコワいから口には出さないでおきましょう。』
イタミ・トーキチロー21才、繊細な乙女心を気遣うナイスガイである。
「指令があったというデータに関しては不正な入力履歴も不正があったというデータを隠蔽した形跡もないわ。
となれば正当にガーディアンユニットの配備に関して指示を出すことができるのは、アカデミー5大幹部の方々しかいないはずよ。
同時に『コマンドマスター』のデータプロテクトを突破できるなんてのも私か彼らくらいのものね。
でも彼らの中では、アイン学園長とリュウ総務課長が2ヶ月前から学会に出掛けていてお留守なの。
すると残るはバクーニン経理部長、大玉斎事務長、それとビッグG理事長になるけど…。」
「バクーニン経理部長は元軍人でビシッと折り目正しく、施設の整備や機器の運用にも最大限の効率をあげようとされる方だから、知っていればこんなジャングル化を放置したり、無用なガーディアンを送り込んだりはしないわよね。
えぇっと、大玉斎事務長はどうかなぁ?トーキチローくん、わりと親しいんでしょ?」
「ええ、同郷なものですから。
そうですね、大玉斎事務長は昼行灯(ひるあんどん)と申しますか、御隠居って言うんでしょうか。
仕事に関しては良くも悪くもまったくなんにもしていらっしゃらないようです。
そのぶん御自分の権限もまったく行使されない、気さくな方ですよ。」
「となると、普段からなぁんか企んでいそうな感じのビッグG理事長が怪しいかなぁ。」
「そうですねぇ。ところで…。」
「なぁに?」
通路のほぼ直角に曲がった角に出たところでトーキチローが静かに歩みを止める。
彼の後をついて歩いていた教授は、そのままの勢いで大きな背中に飛びつき、彼を盾にするように顔だけひょこっと出して奥を覗き見た。
「うひゃあ」
「いましたね。
…残りのガーディアンユニットが。」



リララ教授達の前方30m位のところに2体のロボットがコチラを向いて通路の真ん中に立ちはだかっている。
しかし距離があるせいか今のところアチラに動きはない。
でも動き出したらコワイから、2人は曲がり角の奥に隠れて顔だけ出して様子をうかがっていた。

2体のうち1体は2m50cmくらいの身長で、かなり人間に近いプロポーションをしているが、両腕があるべきところには身長ほどもあるキャノン砲とおぼしきモノが6門ついている。
もう1体は全高1mくらいであろうか、しかし横幅は2mを超えている。
例えるならカニ、と言うかなんと言うか独特なフォルムの物体で、例えると戦車の四隅に足を付け背中にバズーカ砲をズラッと並べて乗せ両脇に戦艦の主砲でも取りつけたかのような奇怪な姿をしている。

彼らは『レベル4ガーディアンユニット・タイプB』、通称『BD(ビーディー)ライアット』。
そして同じく『タイプC』、『CC(シーシー)チャリアット』である。
施設の破壊等を目的とするテロリズム型の敵を想定し、防衛ラインに接近する対象の早期制圧を目的として特化された要地防衛用ユニットである。
「…あの子達が待ち構えているってことは、ナニかがある場所はこの先ってことね?」
「ですね。」
「ん〜、合理性や機能性の美しさが微塵もないあの子達の外見はね、
『威嚇効果を狙ったものでわざとイカメシく作られている』って極秘資料で読んだことがあるわ。」
「どうやってそんなモノを見たのかは聞かないほうがいいですか。」
「うん。
てゆーか今問題にしたいのはアノ大砲よ。
あれって全部本物かなぁ?」
「もしそうであるとした場合、近寄って行ったらいきなりドカンッ!とかされたらデッドエンドですね。」
「だよね。
でもそんなんされたらこのダクトルームごとオシャカよ。
ガーディアンが施設を壊すようなことをするかしら?」
「まぁ、施設を壊さないようにとスタン弾とかワイヤーネット弾が装填されていたとしても困る事には変わりありませんよ。」
ちなみにスタン弾とは固いゴムなどで出来た弾で、相手を戦闘不能にするのに使う非殺生兵器である。
ワイヤーネット弾とは、金属製のワイヤーで編まれた網が弾の中に入っていて、発射されると投げ網のように広がり相手を絡めとるというシロモノである。
「こういう局面は教授の秘密道具でどうにか出来ませんか?」
「場所が悪いわね。
私の『超電磁スピナー』を使えばヤッツケられるだろうけど、こんな狭い空間だから私達の安全のほうは保障出来ないよ。
一種のプラズマスマッシャーだから。」
「そうですか…。
おまけに直線通路ですし、忍んで近付く事もままなりませんね。」
『忍ぶ…忍ぶって…!やっぱ忍者なのかコイツ!!』
リララ教授の疑念は確信へと変わってしまっていた。
「…あれ?
なんでアソコからココにああいう足跡がついているんだろ?」
リララ教授が地面の一部を指し示した。
ソレは今ガーディアン達がいる場所から自分達がいる目の前まで伸びている足跡だった。
彼らのタイプは1体で約900kg強の機体である。その歩いた跡は木の根などが無残に踏み潰されていてハッキリとわかる。

さらに良く見ると、さっきリララ達が歩いて来た場所にもかすかに彼らがここまで歩いて来たのであろう足跡の痕跡があった。
しかしここの植物達の生命力は強靭らしく、すでに新しい根や再生されたのであろう樹皮に覆われているので、そういう前提で見てみて初めて気がつく程度の痕跡である。

それに比べ、今いる場所からの足跡は木々の傷が生新しく、そして何度も何度も往復したかのようにヒドく踏み潰されていた。
「…見回り…でもしているんでしょうか?」
「人間の警備員さんじゃないのよ。
いろんな意味でそういうプログラムは不要だからされていないハズだわ。
それに、もしそうだとしてもアソコとココの間だけの直線かつ短距離な見回りなんて意味ないわね。」
「う…、そんなにツッコまないでも…。」
「あとスッゴい気になるのが『BDライアット』の足跡。
なんか不自然じゃなぁい?」
「ああ、真ん中が薄いですね。それに長い。
『BDライアット』のあの足でああいう足跡は…、つきませんでしょう。」
そう、『BDライアット』のいる場所の周りとリララ達のいる目の前の場所の辺りでは、いかにも重たい機械がノシノシと歩きましたという感じで足跡がハッキリとついている。
それなのにソコとココの間の場所では足跡がハッキリとは見て取れない。それにナニかの跡がついてはいるのだが、もっと軽そうで長いモノを引きずったような跡なのだ。
「あ…。
あ、でも、そんな機能がついているものでしょうか。」
「ん、なぁに?」
トーキチローが思いついた『ああいう足跡がつく条件』を言おうとした時、いきなりすぐ真後ろで何か大きなモノの動く気配がした。
ここには彼ら以外だれもいないはずである。なのに突然の背後からの気配である。
2人は恐怖すら感じ一斉に振り返った。

だが、そこにはナニもなかった。
あるのは植物に覆われた、通路としてはいやに広く静まり返った空間だけである。
「トーキチローくん…、今の…?」
「確かにナニかが動きました。
結構大きなナニかが…。」
あちこちに潜んでいる小動物などの気配ではなかった。
しかし『見えないスイーパーマシーン』の異名をもつ『DDヴァリアント』の接近すらをも察知できる鋭い感覚を持ったトーキチローである。
滅多なモノの接近を許すはずがない。
しかし確かにナニかの気配があった。
「…となると、オバケ…?
こっ、こわいよぉ〜〜〜(@x@)゛゛゛」
「オバケの気配はありません。
ご安心を。」
「ほっ、それならよかった(^o^)。」
メッチャcoolなトーキチローの一言に、胸を撫で下ろすリララであった。
しかしナニか釈然としないモノがあった。
「……。
オバケの気配なんてわかるのっ!?」
「ええ、髪の毛がアンテナになっているんですよ。」
トーキチローが自分の秘密能力を披露しようとした時、またもナニかの気配がわき起こった。
だが今回は神経を傾けていたのでどこからなのかがハッキリとわかった。ソレは意外な所からだった。
「壁です!離れて!!」
「え!?」
リララ教授が言われた意味を理解しきれず戸惑っていると、植物に覆われた壁が突然熱い蒸気を吐き散らしながら口を開いた。
正確には、壁面を埋め尽くしているツタ植物を掻き分けナニか大きなモノが熱のこもった水蒸気を噴出しつつ飛び出してきたのだ。
「なっ、なんですか、これはっ!?」
水蒸気の中で壁から鎌首をもたげたソレは、大きさ50cmほどの巨大なミドリ色の唐辛子のようなモノだった。
状況からして植物の一部なのであろう。
ソレが壁一面に20個近く一気に出現していた。
ソレらは現われた時の震動でまだゆらゆらと揺らめいている。
そしてその揺らめきで唐辛子の先端が少しずつほどけていき、またその内部から水蒸気を噴出しはじめた。

しかし今度のは噴出する場所が狭いためか噴射の勢いが強く、笛のような高音をともなっている。
そして壁面全体の唐辛子がそれぞれヒモで縛りつけられたロケット花火のように、噴射の勢いで自らをデタラメに振りまわしはじめた。

しかしそれもすぐにおさまった。
撒き散らされた蒸気のせいで辺り中が霧に覆われたように真っ白になったが、ソレもすでにおさまりつつある。
今の騒乱を起こした壁面は静かになり、ナゼか明るくなった感じがした。

ソレは花であった。
直径1mはあろうかという巨大な白い花がその壁面を覆い尽くしていた。
まるで百合のような姿で白い光を放ち、降ってくる蒸気を浴びキラキラと輝いているようだ。

しかし、トーキチローはこのことから別のことの意味を理解し声を上げた。
「こ、これですよ!」
「さっきのオバケの正体ねっ!?
けっこう綺麗じゃない。」
「ソレもそうですが、足跡の理由です!」
植物には、毎日決まった時間になると花開き、ある程度の時間の経過と共に花が閉じ、また次の日の決まった時間になると花開き、というサイクルを繰り返す種類が存在する。

この巨大な花もおそらくは毎日定まった時間になるとこのように派手な音と熱と蒸気を放ちつつ開花するのであろう。
そしてガーディアン達はその度にセンサーを刺激され、外部からなんらかの攻撃を受けている可能性を観測、毎回『出動』して来てココで索敵を展開、だが敵はいない、ということを繰り返しているのではないだろうか。
「てことは、もちろんっ!?」
2人があわてて振り向くと、2体のガーディアンユニットがこちらに急速接近して来ているところであった。


しかしなぜか2足のはずの『BDライアット』のほうが、悪路では有利のはずの4足型『CCチャリアット』よりも速い。しかも滑るような移動だ。
なぜならソレは歩いてはいないからだった。
浮輪のように広がった足元からは高圧で空気を噴射しているのであろう。膝を折り曲げた前傾姿勢のままスライド移動をしている。
また身長ほどもあるキャノン砲を斜め前方に構えているが少し引きずっている。地面の不自然な跡はコレのモノのようだ。

その様子を見てとった2人はクルリとキビスを返すと一目散に走り始めた。
今接近されたら、自分達は間違いなく彼らの『排除対象』である。
「あっ、あの跡はっ、やはりっ、ホバーでしたかっ!!」
「そんな!私の知ってるタイプにはホバーなんて…!」
『ついていなかった。』
そう口にする前にトーキチローに脇から抱え込まれて言葉を飲み込んでしまった。
トーキチローはリララ教授を小脇に抱えると、リララが自分で走るよりも2倍は速い速度で猛然とダッシュをかける。
細身なのにとんでもない体力だ。

しかし確かに教授の知っているタイプにはホバーは、実際には高速移動を可能としたジェットホバーなのだが、そのような機能は装備されていなかった。
『BDライアット』は元々2足歩行タイプで、ココのようなデコボコしている地面だと歩行時のバランスがかなり悪いタイプなのだ。
だが目の前にいるのは、悪路での移動を補助する目的でホバリング機能を追加された新型モデルだったのである。



『BDライアット』と『CCチャリアット』は、2人の不審者の追跡に入っていた。
彼ら2体は指定されたポイントの半径20m圏の防衛と同時に、自分達の半径15m圏の不審者の排除を行うように指令されている。
たった今、防衛ポイントの近くで起きた蒸気爆発のようなモノの調査に『出動』した彼らは、自身の防衛圏に、逃走を計っているその2人の反応を捉えたのだ。

『BDライアット』の移動性能は素晴らしく、別の人間を抱えながらも人間離れした速度で移動している不審者との距離を見る間に縮めていく。
このような悪路でこそ本領を発揮する『CCチャリアット』も負けてはいない。
だが少々機体の幅がありすぎるためか、本来ならもっと速度が出せるはずなのだが、先行する『BDライアット』の脇から後を追うような形になり追い越せないでいた。

2人組の不審者は止まる様子はない。
優先指令は不審者のエリア外への『排除』。
『捕獲』でも『殲滅』でもない。
防衛ポイントを中心とした半径20m圏の端である防衛ラインは超えている。
その防衛ラインにプラスすることの自分達を主観とした直径30m圏、それが『BDライアット』と『CCチャリアット』の防衛するエリアであった。
このエリアからこのまま出て行ってくれればソレで良し。

2体のガーディアンユニットは、走りつづけている不審者をさらに威嚇し追い立てるように追跡スピードを上げた。



「…追いつかれますね。これは。」
トーキチローは背後から迫り来る2体の気配から、すでに距離に余裕がないことを察知していた。

相手は不正な手段で送り込まれたユニットである。まともな対応をしてくるかどうかも怪しい。
教授の安全だけは確保せねば。
トーキチローは次にとる行動を決め、リララ教授に伝達しておくべき最小限の言葉をかけた。
「教授すみません、受け身で目をつぶって下さい!」
「え!?きゃあ!」
トーキチローはリララ教授を勢いつけて地面に転がすと、袖口の仕込みポケットから閃光弾とスモーク弾をリリースし後方に向け放った。
ソレは迫り来るガーディアンの足元で炸裂し、辺りを眩い閃光と白い煙幕が包んだ。

どうということはない『目潰し』である。
果たしてガーディアンユニットに通用するものなのかどうかは怪しいところが、やらないよりはマシと思えた。

しかし結果は逆効果だった。
次の瞬間、白い煙の中から、ワイヤーで編まれた大きなネットが飛び出してきてトーキチローにおおいかぶさった。
ガーディアンユニットはトーキチローに抵抗の意思を認め、対応を『排除』から『捕獲』へと移行させてしまったのだ。
「あたたたたっ」
だいぶ離れた所にまでゴロゴロと転がって行ったリララ教授が起き上がった時、すでにトーキチローはネットに絡め取られていた。
そのネットは『BDライアット』のランチャーから放たれたワイヤーネット弾のモノであった。

トーキチローはそのまま『BDライアット』の足元まで引きずり寄せられた。
ネットの外周に沿って仕込まれたワイヤーをウィンチで引っ張られたのだ。
またソレによりネットがキンチャクのように閉じ、トーキチローは完全に閉じ込められてしまっていた。

ネットに捕えられたトーキチローはまるで網にかかった魚のようにそのまま『BDライアット』の胸の高さにまでグイと引き上げられた。
ソレを見たリララ教授は思わず駆け寄ろうとした。
「トーキチローくん!」
「止まって!!」
普段はボソボソと喋るトーキチローが滅多に発しない強い語気でリララ教授を制止した。
気圧されたリララはその場に硬直してしまった。
「私ももう一歩でしたか。早まりました。
どうやら、その辺が境界みたいですね…。」
そう言われてリララはようやく気付いた。
2体のガーディアンユニットはリララの方を向いたままだが、道を塞ぐようにただ立っているだけで別にナニを仕掛けてくるわけでもないということに。
リララは防衛エリアの一番外のラインの外にまで転がり出ていたのだ。
「トーキチローくん…。」
リララ教授が心細げに囚われのトーキチローを見上げる。
「少々お待ち下さい教授、どうにかこのネットを破って…、
うっ!うわっ!」
靴に仕込んである切削ヤスリを取り出したトーキチローの体に電撃が走った。
思わず取り落としたヤスリが音をたてて木の根の上に転がる。

通称『電磁ネット』、今トーキチローを捕らえているモノの名である。
捕獲された者が抵抗しようとすれば、ネット全体に50ボルトからの電流が流され抵抗の意思を奪うのだ。
ちなみに電流は最高500ボルトまで設定することが可能ではあるが、ソレでは生命に危険を及ぼしかねないレベルのため通常50ボルトに設定されている。
しかし、それでも普通の人間の体力を奪うには充分なレベルであった。
「シビビビビ・・、
う、教授…、ここはお逃げ下さい…。
ううっ吐き気が…、おえーっ。」
「そんな、トーキチローくん…。」
『まだナニをスクープしに来たのかも聞いてないのに…。』
可憐な顔して割と即物的なことを考えてるリララ教授である。
『でも2体ものガーディアンユニットの相手なんか出来ないし、ヤッツケられないわけじゃないけどヤッたら私達も自爆だし、でもたった1人の部員のトーキチローくんを置いてココから帰るなんて出来ないし、…』

リララは結局どうしたらいいのかわからなくなりウロウロとしてしまった。
その時、彼女の頭の上に何かがポテッと当たった。葉っぱかなにかが降ってきたのだろうか。
反射的に見上げてみると、小さな張出しの上で可愛らしいリスがキョロキョロとしている姿が目に飛び込んできた。
しかし、リララ教授の視線に気がついたのか、くるりと横を向くといなくなってしまった。

リララはそれまで気がつかなかったのだが、うす暗くなっている頭上の枝の陰には真横に向け通風孔が口を開けている。
リスはそこから奥へと行ってしまったのか。
そう考えた瞬間、ハッとした。
トーキチローが言っていた。小さい彼らは一見通れそうもない狭い通気孔でもつたって、この屋内の奥にあるダクトルームにまで入って来たのではないかと。
「…そうか!エアインテーク!」
リララは慌ててポケットをまさぐった。
たしかトーキチローとここに来るまでの間にもらって、どこかにつっこんでおいたはずだ。
その時、焦りのために震える指先に固い感触が触れた。
「あった!コレなら…!」
リララ教授が取り出したモノ、
それはトーキチローが今日組み上げたという自律行動が可能なミクロマシンのカプセルであった。



『電磁ネット』で捕獲されたトーキチローは身動きもままならない状態で視界の端にリララ教授の姿を捉えていた。
そしてなにやらしゃがみこんでゴソゴソしていたリララ教授は、その場にすっくと立ち上がった。
『そうです、そのまま逃げて下さい』
そう祈るような気持ちで見ていたら、次の瞬間、リララ教授はなんとトーキチローとガーディアンのいるほうにスゴいダッシュで駆け寄って来た。
「…!
教授っ!来てはなりません!」
トーキチローが叫ぶ。
しかしリララはトーキチローの制止を無視し上半身を大きく屈めた姿勢で軽く迂回したコースをとり『BDライアット』の正面へと走り込む。
これは『BDライアット』に捕まったトーキチローを『BDライアット』に対して、そして『BDライアット』を『CCチャリアット』に対しての『盾』とするように計算したルートと角度であった。

彼女はそのまま『BDライアット』に駆け寄ると脚の間にスライディングをかけ後方へと滑り出る。
すると思いっきり目の前に『CCチャリアット』の姿があった。どのような遮蔽物をも見透かすセンサーを搭載したその主砲はすでにリララを捉えている。

だがしかし、『CCチャリアット』が捕捉した不審者は味方戦力である『BDライアット』と重なる位置におり、しかも極めて至近距離なので砲撃は危険でありできない。

リララはスライディングで上を向いた姿勢のまま瞬時に天井へマイクロワイヤーランチャーを発射し、すかさず電動巻き取りの反作用を利用して宙に舞うとすぐにワイヤーを排除、慣性で放物線を描きながら『BDライアット』の背の上に飛び乗った。

『BDライアット』は射撃・砲撃系に特化したタイプのため、レンジの広いセンシング機能と射撃の精度が重点的に強化されている。
だがその反面、実は至近距離での戦闘はまったく想定されておらず、対象に武装(キャノン砲)の有効最低距離以下の至近距離にまで入り込まれると逆にセンサーレンジから外れてしまい、突如として対応できなくなるというヒドい弱点があった。
もっともこれは敵が接近する前に遠〜中距離射撃で制圧するという想定で設計されているためであり欠陥という訳ではない。
しかし実際には今も足元に来たはずの不審者を見失い、センサーをグルリと回しながら索敵モードに入ってしまったようだ。

一方リララ教授は猫のように丸まった姿勢でその『BDライアット』の背中にペタペタと両手をつき、『CCチャリアット』に獲物を探るような視線を向けると、今いる場所よりも低い位置にあるその上面へと飛びかかった。
『これで早まった『CCチャリアット』が私を撃ったつもりで『BDライアット』に直撃弾でも浴びせてくれるとカッコイイんだけどなぁ(~_~;)』
とか思ったが、積んであるのは普通のコンピューターである。
『早まる』というような機能はあらず、『CCチャリアット』の砲口はずっとリララ教授を捉えてはいたものの遂に一撃も放たずリララ教授に接触を許してしまった。

だが『CCチャリアット』の上面に飛び乗ったリララ教授は思わず声をあげた。
そこは折りたたまれた砲身の塊とも言える部分で、乗ると言うよりは捕まるのが精一杯の状態だった。
『でももうちょっと!』と身を前に乗り出した瞬間、手をかけている所がグニャグニャッと動きだしたのだ。

それは『CCチャリアット』が上にいる不審者を振り落とそうと、砲身の可動部を一斉に動かし始めたのだった。
彼女が捕まっている場所は砲身の基部に近いため、動きが緩く、グニャグニャッって感じでけっこう気持ち悪い。
だが揺さぶられながらもなんとかふんばって、機体後方にあるおろし金みたいな状態のプレート部分へと手を伸ばしていく。

『あと2cmくらい、む〜1cm、もうちょい〜…!』
そして『タッチ!!』と思った瞬間、リララ教授は宙に放り上げられていた。
『CCチャリアット』が今度は機体を前後に振るという、それまでとは全く違う動きで振り落とそうと試みたのだ。
その狙いは見事に的を得、リララ教授は一発目で頭から地面に投げ落とされ、失神してしまった。


索敵をしていた『BDライアット』はついにそこで倒れこんだ不審者を捕捉、すかさず転回すると、ホバリング移動で戦略的に有効な距離まで離れることにした。
そして『CCチャリアット』も4本の足を器用にうごめかすと、気絶したらしい不審者の上をまたぎ通り、『BDライアット』とは反対の方向へと素早く後退、安全かつ効果的な射撃ポイントを確保して主砲の狙いをその不審者へと定めた。
 
「…いたぁーぃ<(>_<、)。」
「教授!リララ教授っ!!」
「あ、…っ!」
数秒後、打ちつけた頭の痛みに我を忘れながら上体を起こしたリララは、トーキチローの必死の叫びで自分の状況を思い出した。
涙をこすりながら視線を前後に飛ばし『BDライアット』と『CCチャリアット』の姿を確認する。
だが、この時すでに2体とも実に良いポジションをとりつつリララにそれぞれの主砲をつきつけていた。
これはもう逃げも隠れもできっこない状況だった。

もしもこのまま両方から砲撃されたら…。
リララは瞬間的にかなりコワい考えに至ってしまい、その恐怖を振り払おうと今一番の『心の拠り所』を声にした。
「トーキチローくん!信じてるよおぉっ!!」
「はいっ!
……は?」
反射的に返事をしたトーキチローがリララ教授の言葉の意味を理解しようと瞬時に頭をフル回転させた結果、結局よくわからなくて、『?』を頭上に出した瞬間その異変が起きた。

『BDライアット』が急に上半身を回転させ始めたと思ったら、フル装填されていたスタン弾をデタラメな方向に連射し始めたのだ。
コレはいくら非殺生兵器とは言え、訓練された大の大人の戦闘能力を奪うシロモノである。
辺りの植物達は次々と音を立てて粉砕されていき、恐らくその向こう側の壁にまでダメージが届いているのであろう、まるで今いる空間全体を覆う構造材が硬質な衝撃を叩き返してくるかのように、辺り一面の空間が破壊的な衝撃を放っている。

ほぼ同時に『CCチャリアット』も変になっていた。
いきなり脚をバタバタさせて飛び跳ねると、そのままバランスを崩してひっくり返ってしまった。
しかも倒れても起きてこようとはせずにバタバタと脚で宙をかいている。
そのうち砲門までバタバタさせ始めたと思ったら、背中から煙を噴いて停止してしまった。

『BDライアット』のほうもじきにおとなしくなった。
こっちも背中から煙をたなびかせている。


一方、今の暴走でネットごとブンブンと振り回されていたトーキチローだが、その回転の最中、ネットのロックが突然リリースされて宙に投げ上げられてしまっていた。

しかし体術にも秀でているトーキチローは空中で器用に重心を変え体勢を整えると、脚にクルであろう投げ出された勢いと重力分のショックを和らげる準備に入り、迫ってくる地面に対して脚を伸ばした。
そしてつま先が地面の感触を得た瞬間に足首と膝を柔軟に屈伸させ衝撃を緩和しつつ、両手をついて着地、その姿勢をまるで短距離走選手のスタート姿勢のように生かしてダッシュ走行に転じた次の瞬間には、空中で視界に捉えた『頭を抱えてしゃがみこんでいる少女』のもとへと一気に駆けつけていた。
「教授!ご無事ですか!?
どこかにおケガなどはありませんか。」
「あー、トーキチローくん…。
さっきは無視してゴメンね。
体を動かすの得意じゃなくてさ、ほとんど息できなかったから声なんか出なくて。」
リララ教授は頭が痛むのか少々涙ぐんではいるが大したことはなさそうだった。
どうやら地面の木々の根が、ある程度の緩衝材の役割をしてくれたようだ。
「ああ、先ほど頭をしこたま打ち付けていましたよね。
ハレていませんか、天才的頭脳はご無事ですか。」
「そういやトーキチローくんさっき電撃くらってたけど平気だった?」
「ささっ、立ち上がれますか。痛くありませんか。」
「首の横コスれてるけど大丈夫?」
心優しい彼らは相手の事を気遣うあまり、相互コミュニケーションは放棄している模様だ。

そうこうしているうちに2人はふと思い出したように、かたわらで停止している2体のガーディアンユニットに視線を送った。
どちらも背中から立ち昇っていた煙はもう出ていない。

リララ教授は立ち上がって『CCチャリアット』の背中に歩み寄り、煙が出ていた辺りに手を伸ばした。
「遮断装置か。うまい設計してるよ。」
「しかし教授、一体ナニをしたんですか。」
どうやって2体ものガーディアンユニットを同時に機能停止に追い込んだのか。
これは素直に不思議だった。
「トーキチローくんの腕のおかげよ。
サスガに私が一番信頼しているだけあるわ。」
「あ、さっきの『信じてる』って、私の『腕』、ですか?」
「うん。
技術的な方向で。」
さっきまで捕まっていたくせに割と複雑な顔をしてしまうトーキチローであった。
「あの子達を停止させたのは単純な方法よ。
あのタイプのガーディアンユニットは、本体後部、その上面におろし金みたいな形をした放熱用の空気口が設けてあるの。
そしてそのエアインテークのすぐ真下にメインCPUが積んであるのよ。あのタイプってわりと熱をもちやすいのよね。
そして、コレぇ!」
「あ、ソレは先刻私がサンプルとしてさしあげた回路作成用ミクロマシンのカプセル。
…って、マサカ!?」
「そう!
エアインテークは5mmスリットだし、直下にはゴミよけの1.2mmメッシュが入っていたりもするけれど、この子達の方がソレよりも小さいから、ガーディアンユニットの内部へも侵入できたという訳なのね!

さっきはこう、手にくっつけといてね、あの子達の背中に飛び乗った時にそれぞれのインテークに送りこんだの。
んでぇ、この子達にはガーディアンユニットの内部構造とCPU積んでる場所を教えてあげたから、あとは配線シートを見つけたら手当たり次第に回路同士を接続しちゃうよう指令したげたの〜☆
しっかしなかなかいい性能してるねぇ♪」
「そ、それでは完全にオシャカですね、ガーディアン達(lll-_- )。」
うまくイッたねーと無邪気に喜ぶリララ教授を見ながら、そうしますか〜と少々ガーディアンに同情してしまうトーキチローであった。
「でもこのガーディアン達にはカワイソウなことしちゃったかな。
しっかしまぁ最後の2体が遠距離火力バカで助かったよ。」
「そうですね。
このフィールドの条件から考えれば、もし『DDヴァリアント』のみの3体編成だったら手も足も出なかったでしょうから。」
「…。
となると、ココにあんな不適当な組み合わせでガーディアンが送り込まれてたってことは、侵入者の制圧が主眼なんじゃぁなくて、侵入者への威嚇が目的ってこと?」
「さあ?
とりあえず先へ進みましょう。目的地はすぐソコですからして。」
「…やっぱ来たことあるのね?」
ジト目で投げかけられたリララ教授の質問を沈黙で流しトーキチローはスタスタと先へと進んだ。


少し行くと、この、前後にドコまでも続くかのようなダクトの側面下の外側の方からお湯の流れる音と女の子達のはしゃぐ声が構造材を通して聞こえてきた。
反響の仕方が大きいから広い空間からなのであろう。
この条件でいくと、この向こう側にあるのは『戦国風呂』であるはずだ。

トーキチローはゆっくりと立ち止まって左腕を真上に挙げた。
するとバシャッと音を立てて長袖の袖口から仕込みのセンサーアームが飛び出してくる。
そして今度はそれを空中に円を描くように回しながら、ゆっくりと前に進み始めた。
だが少し行ったところでなにかにうなずきながら、また立ち止まる。
「なるほど、やはりそういうモノでしたか。
今は動いていませんね。チャンスです。」
「なぁに?」
「『今回のお目当ての品』ですよ。
私の手持ちの機器では作動しているのかどうかというぐらいしかわかりませんから、あとは教授にお任せします。」
トーキチローはそう言いながら、足元に沿って走っている外径で50cmくらいある四角いパイプの点検口を手馴れた様子で開く。
すると中から湯気がもうもうと立ち昇り、女の子達の声やお湯の音がハッキリと聞こえてくるようになった。
「えーと?
…それ?!」
トーキチローが脇に避けて、ようやくソレを見ることができたリララ教授は思わずスットンキョーな声をあげてしまった。
彼が『今回のお目当ての品』といって指し示したモノ、それは戦国風呂内部に直接面している通気口の前に鎮座していた。
黒光りする丸々としたボディにクリッとした愛らしい瞳、背中には笠をかけ両手には徳利と勧進帳を下げている。

ソレは身長30cmくらいの信楽焼き(しがらきやき)のタヌキであった。



『大銀河帝立統合科学アカデミー』、通称『GSアカデミー』の責任者・ビッグG理事長は風変わりな人物である。
よくよく見れば二枚目な老紳士という風貌ではあるのだが、とにかく変わっているのである。

例えば、いつでもマントを羽織っている。
まぁその行為自体は別段変わってはいないのだが、羽織っているマントというのが、よく映画や漫画の悪役が着けているような感じのモノなのだ。
襟の部分が大きく上にせり立ち、表が闇のように黒く、裏地が血のように鮮烈な赤、というシロモノで、裾のほうで鳥の羽根のような形になり幾重にも重ねが付いているという、『コレ着ている人がいたらソレ絶対にワルモノ』なマントなのである。

それから右目に黒い眼帯を着けている。
しかも実際には眼帯なのかどうかもわからない。時折データディスプレイのように、その表面で幾何学的なパターンが切り替わるようにして明滅するところを幾度となく目撃されていたりする。

そして丁寧に撫でつけられた白い長髪は、前髪の部分をわざとボサボサにして一部をハネあげてある。
同じく白いアゴヒゲは前方にハネるように尖る。
そして必要でもないはずの杖を持っている。
さらにいつでも不敵な笑みを浮かべている。

以上のコトをいつでもビシッとキメているのだ。
しかもソレでいて、かつては銀河一の頭脳の持ち主と称えられた人物なのである


そんなビッグG理事長には最近日課にしていることがあった。
警備本部旧本館への散歩である。
つい先月、警備本部新本館ビルを新築したためにこちらのビルは現在無人となっている。
警備のための人員、設備、機能の全てを新本館に移転したためで、こちらに残された旧式の設備等は現在では完全に機能停止している、…はずであった。
しかし現在も稼動している装置がひとつだけ存在した。

彼は今日も散歩をしながら今では封鎖されているその建物にさしかかった。
一月前まではものものしく人員や設備が動き回っていたこのビルだが、今ではまるで人気もなく不気味なほどに静まり返っている。
その正面玄関の前をすぅっと横切り、同じく封鎖されている職員通用口だった扉の前までさしかかる。
すると、彼は急に何かを思い出したかのように立ち止まった。
そして何気なくそこにいる風を装いながら注意深く辺りを探り、人気のないことを確認すると、まるで飾り気のないドアノブに手を伸ばす。
封鎖されているはずのドアは音もなくラッチボルトを飲み込み、扉は真っ暗な屋内へと通ずる口を開けた。
老人は吸い込まれるようにしてその中へと消え、そして辺りは再び静寂に包みこまれた。


彼は滑るようにして死んだように静まり返っているビルの中を進み、唯一生きている装置のある『第1モニター室』へと足を運んだ。
その小さな部屋は、かつてアカデミー内の安全と機密を守るために全エリアの監視網からの映像を映し続けてきたセキュリティルームのひとつである。
その役目を終えた今、ここの機器は全てのデータラインから切り離されている。
しかしビッグG理事長の手により、あるひとつのラインとだけ接続されていたのだ。
それは…。
「戦国風呂に仕掛けた『信楽焼き型隠しカメラ』へのライン!コネクトぉっ!!
あ、ポチッとな。」
「はぁ〜い☆
お元気ですか理事長ぉ〜♪」
彼が浮かれた様子でモニターのスイッチをいれると、いきなりニコヤカな少女の顔が大写しになった。
リララ教授である。
「むおわぁっ!リララ!?
なぜ貴様がこのモニターにっ!!」
「さぁてナゼでしょう?
答えは30秒後!」
意味不明なセリフを残し、これまたいきなり映像が切れた。
「バカなっ!!
このモニターは戦国風呂のダクトルームに仕掛けた『信楽焼き型隠しカメラ』につながっているはずだ!
しかもアレはカメラのみのモノで双方向性ではないはず!なのになぜリララがワシの喋った言葉に答えるっ!?
…ハッ!
まさかっ!ソコかぁっ!!」
ビッグGはバサァッと音をたてて魔王のようなマントを大きくひるがえすと、背後のドアの横にあるロッカーめがけて杖を投げつけた。
杖は見事にロッカーを直撃し、音をたてて床へと転がり落ちる。
「ふっふっふっ!
そう!ココよっ!!」
ビッグGの叫びに答えて、リララ教授は隣室からのドアを勢い良く蹴破るとディスプレイの前へと転がり出た。
次の瞬間お互いの姿を認めた2人の視線が激突し、火花を散らす。
「「うっ…。」」
ただ2人とも反射的に大きく体をヒネったのでちょっと苦しい体勢だ。

説明せねばなるまい!
この部屋の出入り口のドアとロッカーは南側にあり、ビッグGの見ていたディスプレイは北にある。
そして出入り口とは別に、仮眠のために設けられた隣室へと通ずるもう一つのドアが東側についているのだ。

つまり、ビッグGはリララとは関係ない方向をカッコつけて向いてしまったのである。

さらにリララは、ビッグGが正しく自分のいる場所に気が付いていると思ってさっきのセリフを吐きつつディスプレイとビッグGの間に転がり出たのに、なんと後ろを向かれていて、しかもちょっと勢いあまって転がり過ぎちゃった、という状態なのだった。

そんな状態でお互い反射的に顔だけ向けて火花を散らしているので結構ツラくて大ピンチである。
しかも2人ともヒくにヒけない前フリをしてしまったのにこの始末なので、どうフォローしようかと内心かなり困りながらもとりあえず火花を散らしつづけていた。

と、こんな感じで話が進まなくなったので、投げつけられた杖の直撃のために歪んでしまったロッカーの戸をガタガタとこじ開け、その中から一部始終を記録すべくカメラを回していたトーキチローが現われた。
「ふっ、まだちょっと耳がキーンとキテいますが、ソレはひとまずおいときまして…。
さあ!もはや言い逃れはかないませんよ理事長先生!
ただ今録画中なのですからして。」
「むぉっ!それはデジタルビデオカメラ!!
しまった!ワシの悪企みは全て録音アーンド録画されてしまっていたのかぁ!!」
「ええ。
思ったことを全て口に出してしまわれる、その性格が災いされたようですね。」
「ふぅ、助かったよトーキチローくん!
うんうん、まったくどーしてあんな説明口調でなんでもかんでもしゃべっちゃってんだか。
しかも1人で勝手に…( ´_`)。」
「なにをぅっ!ワシの美学に差出口を挟まんでほしいな!!」
「美学だったんですか。」
「そうだ!ワシのモットーは、わかりやすく、そしてカッコ良くだ!!」
「まぁ確かにわかりやすくてそれなりにカッコイイとは思います。」
「なんかお子様向けヒーロー番組の悪役みたいな感じでね…。」
「うむうむ。」
リララ教授としては手痛いツッコミをいれたつもりだったのだが、ビッグG理事長はなんかえらく満足げだった。
「まぁそのへんはおいといて、とにかくおとなしく観念しなさい!」
「おのれ小娘ぇ!ワシがこのままおとなしく捕まるとでも思ったかっ!!」
「え?
…あ、いえ、別に捕まえるよーな権限はないんですけどぉ…。」
「わはははは!このワシのスピードに追い付くことができるかなっ!?
キラーンッ!」
「ああっ!そんな加速装置を使うなんてヒキョーよ!待ちなさい!!
って、待たしてどーしよぉ?
捕まえられないし、ヤッツケちゃうわけにもいかないしねぇ。」
ビッグG理事長は加速された動きで素早く窓辺に駆け寄ると、マントをブワッと広げた。
瞬時にその内側からシリンダーパイプが展開し巨大な三角形の形に連結、そしてその面に向けワイヤーの力でマントが張り広げられていく。
それは一瞬で巨大なグライダーと化し、スーツの後からせり出したジェットブースターが火を吹くと、ビッグG理事長は大空へと飛び立った。
「さぁ!追って来るがいい小娘!
決着は存分に暴れられる場所でつけてくれるわぁっ!!
ふはははははははっ!
わぁーっはっはっはっはっはっ!!」
「そんなっ!?
なんてアナクロでいて効果的なギミックなの!!」
ちなみにこの時、トーキチローはと言うと、ビデオとは別に用意しておいたカメラで『ビッグG理事長対リララ教授・アカデミー最大の決戦』の決定的瞬間を撮影しまくっていた。
「フォーカス!フラッシュ!フライデー!!」
「……。
ね、ね、トーキチローくん、さっきからナニ叫びながら写真撮ってんの?」
ちなみに彼はずっと変な掛け声を連発しつつ写真を撮りまくっていた。
これにはさすがにリララ教授もツッコミの衝動をおさえきれなかったようだ。
「ああ、気になさらないで下さい、ただの呪言(マジナイ)ですから。」
「マジナイ?」
「『おまじない』と言えばわかりやすいですか。
古代の言霊(ことだま)信仰に基づく『験(げん)かつぎ』みたいなものなんですよ。」
「ああ、フォークロアね。
と言うと、厄除けに『クワバラクワバラ』と唱えるといいとかいうアノ…。」
「そうです、それの一種です。

ちなみにその『クワバラ』というのはもともとは京都の『桑原』という地名です。
陰陽師・安部清明の怨敵、菅原道真の領地だった場所だそうです。
菅原道真は左遷された九州で悶死したのち、雷を操るたたり神となり京の都を襲ったという伝説があるのですが、その時、桑原だけは難を逃れたそうで。
その伝説にあやかった呪言ですね。

あと、もっと俗っぽい説では『クワバラ』は『桑の木が生い茂った原っぱ』を指し、桑の木には雷が落ちないという不思議な力があると信じられていたとのことです。
まあ、背の低い木だからだとは思いますけれど。

ともあれそんな理由から元々は『雷よけ』の呪文として使われていたものなんです。
それが後にアブナいこととかイヤ〜ンなこと一般を遠ざけるために使われるようになったものですが…。」
「へー、よく知ってるね。トーキチローくんアッタマいー。」
「ありがとうございます、専門は機械・生体工学と文化人類学なんで。
もっとも人文畑の私などには教授が確立された宇宙構造の新理論など死ぬまでに理解が及ぶかどうか…。」
「それで、さっきの『フォーカス!フラッシュ!』まではカメラの用語みたいだったけど『フライデー!!』ってのはナニよ?」
「それらは全部『決定的瞬間をスクープする』ための呪言です。
たしか1,000年くらい前にそういうタイトルのスクープをウリにした本があったとかで。
ちなみに『熱写!』とか『恋写!!』とか唱えると『美少女のムフフなお色気ショットが満載』になるまで撮れまくれるそうです。」
「へー…。」
なんか突然話がイカガワシくなったなとリララ教授は思った。
てゆーか今その『熱写!』とか『恋写!!』とか唱えられたら『ムフフなお色気ショット』を満載になるまで撮られてしまうのかと、そっちのほうが心配であったが。

その頃、リララ達が話を脱線させている間に、ビッグG理事長は大陸を隔てる大海洋上空へと逃亡していた。
 
「う〜ん、でもまぁ、ビデオも写真もバッチリだし、帰ろっかー?」
「そうですね。」
だが壁新聞のネタさえ確保できていれば、その後はどうなってもまったく構わない壁新聞部御一行なのであった。



戦い(?)終って日が暮れて、リララ教授とトーキチローは居住エリアへと向かう『リニアトレイン』に乗りこんでいた。

学園部の外周に沿う軌道を描くこの路線、通称『リニア外周線』から見たアカデミーの夜景はとても美しい。
ひたすら広い敷地に林立する、それぞれが特殊な目的のために設計された様々な建築物・構造物がまるでパズルを思わせる幾何学的かつ多彩なフォルムのシルエットを浮かび上がらせて、そこに無数の明りが灯るのだ。
ここには普通の都市とは違うアカデミーだからこそ見ることができる、機能性と合理性を兼ね備えた多彩性の美しさがある。

トーキチローはこの『リニア』に乗るたびにこの素晴らしい光景を少しでも長く堪能せねばと思い窓に釘付けになってしまうのだが、リララ教授は特に感慨はないらしく、今はタヌキの信楽焼きをヒザの上に乗っけて楽しそうに笑っていた。
「あはは、面白かった☆
でも通信ラインの逆探知、ウマくいったね!」
「ええ、さすがは教授です。
教授の技術力は銀河一ィですね。」
「そうでもないよ。
私は理論や電子機器には自信あるけど、トーキチローくんみたいな身の回りで使える技術はサッパリだから。
建物についているシリンダー錠を複製したりとか自分の手で機械を作ったりとかスゴいよね。
今回もトーキチローくんのセキュリティーを無効化するテクがなかったらあのビルで理事長を待ち伏せたりとかできなかったもの。
あ、そういえば後で聞こうと思っていたんだけど、なんであのダクトにこんな隠しカメラがあるって知っていたの?」
「まぁ、総合的な情報を分析した結果ですね。」
内心ギクリとしながらもポーカーフェイスが自慢のトーキチローであった。
「ふぅ〜ん…。
それにしてもあのダクトルームって場所によっちゃ結構せまかったわよねぇ。
それとも私が太ったかなぁ?」
「いえいえ、教授は相変わらずスレンダーでいらっしゃる。」
「見たの。」
「え?…いえ、あの…」
「ト〜キチロ〜くぅん☆」
「いえいえ、そんな、見てなんていませんとも!
教授がいらっしゃるような時間には私は帰って…」
「じゃあそれまではいるのね?覗いてるの?」
「あ…、いえ、散歩をですね、少々…( -_-;)。」
「ふぅん、そこでトーキチローくんはこのタヌキを見つけたって訳か。
でも君の性格からしてどうこうする気はなかったんでしょ?
だけどカメラを誰かに見つけられたと思ったビッグG理事長は事の発覚を恐れてガーディアンを送り込み、誰も近付けないようにした、と。
でもトーキチローくんはその後も潜入を試みていたんでしょぉ?
極秘のはずのガーディアン達の反応パターンをそれなりに知っていたのはそのせいよね。
だけど『BDライアット』と『CCチャリアット』のタッグには手が出せなくて諦めていたけど、これほどの事になったならば記事にもできると思って私を連れて乗り込んでいったってとこかしら?」
「え、ええ…。そんな感じです( -_-;)゛゛゛。」
「…。
ありがと☆」
「は、はい?」
「私が落ち込んでいたからなんでしょ?
『部員が来ないなら呼び込めばいいんです』なんて、こんな自分にまで不利なネタふっちゃってさ。」
「え、いえ、ええ、…はい。」
思いっきり図星であった。
ちなみにこの男、人に自分の考えを見抜かれることと、人に礼を言われることが何よりも苦手というシャイなアンチクショウである。
「ところでぇ、なんで私が戦国風呂を使っているということと入る時間まで知っているのかなぁ?」
「ぅを!?」
かすかにだがリニアモーターの駆動する緩急のない微振動が絶え間なく車内に伝わってくる。
全部で4両編成のこの自動運転車輌には今は2人しか乗っていないようだ。
リララ教授は実に愛くるしい笑顔を、汗だくになって黙っているトーキチローにいつまでも向けていた。

自称「えせフェミニスト」。
普段はメッチャcoolで全然動じないくせに、ちょっと弱いトコを突くとすぐにボロを出す。
トーキチローのそんなところがリララは好きだった。

まぁソレはソレとして、
この日のキメ技は飛龍原爆固め(ドラゴンスープレックス)だったという。



数日後。
新学期の活気も届かぬ学園部エリアの果て、犬も食わない倉庫区画の中に1人の少女の姿があった。
「あー…、ひまー…」
思わず呟く彼女の目の前を、どこから風に乗って来たのか丸まった壁新聞がガサガサと音をたてて転がって行く。
彼女の隣のパイプ椅子に腰掛けた青年は読みかけの本を目で追いつつ今朝各方面から仕入れた情報を披露しはじめた。
「寮のあのジャングルエリアは全面閉鎖、と言うか保護ということになるみたいですよ。
温泉にダクト群に構造材、他にも半密閉とか照明とか色々と変わった条件が揃ったために結構珍しい原生植物や動物達も繁殖しているそうでして、ソノ手の研究部門が丸ごと譲り受けるそうです。
寮は別の所に新築され、さらに良い温泉が出来るということなので温泉ファンの子達も安心ですね。
そしてあんなところで停止していたガーディアン達は『謎の不穏分子を見事撃退するも痛み分け』という事になったらしいんですけれど、記録に不審なところがあるんで再調査だそうです。
まぁ私達壁新聞部のすることでも、たまには情勢に一石投じたりもできるものですね。」
「ソレはいーのよ、ソレは。
問題はこっちよ!」
リララ教授は見渡す限り自分達以外、人っ子1人いない寂れた倉庫区画をグルリと指さす。
「…そうですねぇ、やはり、ゴシップという点がマズかったのでしょうか。」
「理事長があんなことしても全然不思議じゃないキャラだってのが原因じゃないかなっ!?」
「たしかにあの方は放っておいたほうが面白いですから。」
この後、新入部員が来ない原因について延々と推論を重ねる2人であったが、『メディアが壁新聞』という時点で負けだということにはどうしてだか気付かないようであった。

壁新聞部、今期入部希望者…0人。



その頃ビッグG理事長は、
「なぜだっ!?
なぜ追って来ないのだ!小娘えぇーーーっ!!
ふ…ふ…ぶへぇっくしょいいぃ!!」
リララ教授を誘い出したつもりでいたのに、『南極大陸』に着いたらなぜか1人ぼっちだった。



同時刻。
学園部の中心地点にそびえ立つ1号館ビル、通称『タワー』。
地上240m、80階建ての、その最上階。
暗い暗い、漆黒の闇の中、ふいに音を立ててひとかたまりの炎が巻き起こる。
青白き灯火は小さな掌の上でゆらゆらとたゆたい、その主の顔をほの白く照らし出す。

少女。

リララ教授よりも幼いであろうか、その小柄な両肩の上に浮く巨大な球状のバインダーから白いマントを垂らし、大きくウェーブのかかった銀色の髪をゆるやかな風になびかせている。
「リララ…」
陶磁のように白く薄い唇から、アカデミー中でもっとも知られている少女の名がもれた。
その時、銀髪の少女の背後に強烈な閃光を伴う3つの影がゆらめいた。

妙に細く長い腕に鋭い刃物のような気を漂わす影。
大柄で防寒着のようなものをまとい、ギチギチと小さな音をたて続けている影。
そしてひときわ大きく、左右に広がる頭部が戯曲に登場する悪魔を思わせる黒い影。

彼らと二三、言葉を交わし、少女が掌の炎を握り潰すと辺りは再び闇に沈んだ。
その一瞬、眠たげな金色の瞳が薄い笑みに細められたことに誰が気付いたであろうか。


今、リララ教授達にかつてない危機が迫りつつあった。



つづく



次回予告!

「ちわっス!
リララでぇ〜す☆
次回は、え〜と、平和なお話だそうですー。

次回、超天才科学少女リララ教授の科学的愛情
『第2話 梅雨 「豆x雨x酒」』
次回もおもしろかったるいぜ!」


Sijimiya Konoha & Yukaina Brothers. Presents

"Professor Rilalah @General Science Academy"