原子力発電の功罪を考えるうえで、非常に参考になった書籍でした。一般の方にも理解できるように、かなり平易な説明を心掛けていることが分かります。原子力エネルギーと化石燃料エネルギーの比較、原子力発電の仕組み、原子力利用のリスク(災害リスク、放射性廃棄物リスク)、放射線の人体リスク、原子力災害における住民被ばくと作業者被ばく、原子力防災を目的とした緊急時支援システム(ERSSとSPEEDI)、原子力防災を目的とした研修と啓蒙、について解説しています。前半の「原子力エネルギーと化石燃料エネルギーの比較、原子力発電の仕組み、原子力利用のリスク(災害リスク、放射性廃棄物リスク)、放射線の人体リスク、原子力災害における住民被ばくと作業者被ばく」は必読といえる項目です。
考えさせられたのは、本書の成り立ちそのものが原子力問題の難しさを体現していることです。本書は元々は2名の共著として企画され、それぞれが原稿を執筆してきました。ところが最終的に意見調整がつかず、松野氏の単独著作となっています。この意見調整がつかなかった原因が、原子力を含めたあらゆる災害(と防災)に対する政府や専門家などの異なる立場を象徴しています。すなわち、対立する二つの考え方です。
一つは、一般市民(国民)は難しいことは分からないし、情報を与えても反対派や否定派などに知恵をさずけたり、一般市民をパニックに陥れたりするのだから、詳しい情報は与えない、とするものです。専門家チームと政府が情報を集めて責任を持って判断して指示をするから、国民や住民など指示にしたがって動けばよい、とする考え方です。現在の日本政府および専門機関と専門家にはこの傾向が強くみられます。
もう一つは、一般市民(国民)の保護という観点に立てば、災害と防災はあらゆる可能性を無視できないので、一般市民に詳しい情報を伝えてリスクとメリットに対する理解を求めるべきであり、最終的には国民と住民に判断を委ねるべきものだ、とする考え方です。
本書の企画で問題となったのは、チェルノブイリ原発事故に対する考え方でした。松野氏はチェルノブイリ原発事故は事実として直視する必要があり、入門書といえどもチェルノブイリ原発事故との比較はすべての章で不可欠であるとしたのに対し、共著予定の方はチェルノブイリ原発事故そのものを取り上げるのは構わないものの、日本ではチェルノブイリ原発事故は起きないことになっているので、直接比較は無意味だとしたのです。この意見の違いがまとまらなかった結果が本書です。
本書を通読して思うのは、2007年当時にこの書籍を著した松野氏の立場は、原子力業界では相当に悪くなったのではないかということです。それだけの内容が含まれています。
なおAmazonでは中古品扱いのようですが、三省堂書店では在庫がいくらか残っているようです(自分は神田本店で購入しました。本体価格(税抜き)は2,000円)。再版を強く望む良書です。