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ようやく、である。原子力規制庁(仮称)の創設を柱とする原子力規制関連法案が衆議院で審議入りした。福島原発事故の反省に立って規制行政を推進から切り離[記事全文]
では、どこに救いを求めればいいのか。やりきれぬ思いで判決を聞いた人も多いだろう。建材に含まれるアスベストで肺がんなどになった建設労働者が、国とメーカーを訴えた裁判で横浜[記事全文]
ようやく、である。
原子力規制庁(仮称)の創設を柱とする原子力規制関連法案が衆議院で審議入りした。
福島原発事故の反省に立って規制行政を推進から切り離し、一元化して強化する。脱原発依存を進めるうえでも、要となる法律である。
法案提出からすでに4カ月が過ぎた。4月発足という当初の予定から大きくずれこんでいることが原発行政への不信を高める原因にもなっている。
与野党は実効性ある仕組みづくりへ議論を尽くしつつ、一刻も早い成立を目指してほしい。
焦点は、規制庁の独立性だ。
政府案では、経済産業省内の原子力安全・保安院と内閣府の原子力安全委員会を移管・統合し、環境省の外局とし、人事や予算の権限は環境省が握る。非常時には政治が前面に出る。
これに対し、自民、公明両党が提出した対案は、規制庁の上部組織として、独立性の高い国家行政組織法の「3条委員会」にあたる原子力規制委員会(仮称)を設け、政治の関与を排除することに力点を置く。
両者の差は、福島事故の際の混乱原因を、専門家たちの能力欠如に見るか、それとも、菅首相(当時)をはじめとする政治家の過剰関与に見るか、の違いでもある。
だが、これまでの事故検証が示すのは、政治も専門家集団も過酷事故への備えが甘く、どちらも未熟だったという事実だ。
政府は早期成立へ自公案を受け入れる構えである。
独立性を高める点に私たちも異論はない。ただ、専門家の質や意識が変わらないままでは、「原子力ムラ」による支配が強まることにもなりかねない。組織の中立性や透明性の確保は不可欠だ。
組織の形をいじるだけではなく、外国からアドバイザーを入れたり、見識の高い専門スタッフを育成する手だてを講じたりしなければならない。
そのうえで、平時でも緊急時でも、それぞれが役割や責任を果たしつつ、連携する仕組みを根底からつくることだ。
規制の一元化という点でも問題が残る。政府案でも自公案でも、核拡散を防ぐ査察など保障措置(セーフガード)に関する行政は規制庁の業務に盛り込まれず、引き続き文部科学省の管轄となっている。
核テロへの備えなど安全保障面での対応は、使用済み燃料の保管の仕方といった原子力規制とも密接に絡む。国際的な協調を総合的に進めるためにも新組織に集約すべきだ。
では、どこに救いを求めればいいのか。やりきれぬ思いで判決を聞いた人も多いだろう。
建材に含まれるアスベストで肺がんなどになった建設労働者が、国とメーカーを訴えた裁判で横浜地裁は請求を退けた。
被害を防ぐために国がとった吹きつけ作業禁止などの措置と時期は、それなりの合理性があった。事情が異なるメーカーをひとくくりに責任追及するのは無理がある――との判断だ。
防じんマスク着用のルールを守らなかった事業主や労働者に問題がある。そんなふうに読める記述もある。だが、実情を知りつつ目をつぶってきたのも、また国ではなかったか。
同様の裁判は各地の裁判所におこされている。そこには建設労働者特有の事情がある。
現場を転々とし、特定の雇い主の責任を問うのは難しい。いわゆる一人親方など、実態は労働者なのに法律上は個人事業主とされ、労働者保護の法令が適用されない人も少なくない。
働き手として最も弱い立場にあった人が、被害者としても最も弱い立場におかれ、やむなく国やメーカーと争う。社会の矛盾があらわれた裁判といえる。
主張のなかには法的に困難なものもあり、司法の限界を感じさせる審理ともなった。
だが横浜地裁も、このままでよしとしたわけではない。
判決を締めくくるにあたり、「被害は、アスベスト建材によって利益と恩恵を受けた国民全体が補償すべきものとも考えられる」と述べ、いまある救済法の充実や新たな補償制度の創設について、再度検証する必要があるとの見解を示した。
救済法は6年前に制定されたが、通常の損害賠償はもちろん労災保険と比べても、支払われる金額や救済範囲は低水準にとどまる。国に責任はない、との前提に立っているからだ。
この前提を問い直すのが一連の訴訟の目的だが、並行して、判決が指摘した再検証に取り組めないはずがない。
法的責任を踏まえた賠償か、それとも福祉の立場からの救済か、といった議論で堂々めぐりをしているうちに、次々と失われていく命の重みに思いをいたすべきではないか。
アスベストがもたらす病気は潜伏期間が長い。2040年までに死者が10万人以上になるという試算もあるが、国の財政事情や企業経営を考え、施策の充実をためらう空気は強い。
だが、潜在患者が多いからこそ手当てを急がねばならない。戦後の経済成長の負の遺産から逃げるわけにはいかない。