- [PR]
事件
【中国書記官スパイ疑惑】大使館員として東日本大震災で活躍 「時間にルーズでとても工作員には…」との声も。謎の素顔
警視庁公安部から出頭要請を受けた在日中国大使館の1等書記官(45)。地方公務員、研究者、外交官と肩書を次々と変えながら、計5回にわたって日本に入国したことが確認されている。公安部は「中国人民解放軍総参謀部第2部」に本籍を置いているとみているが、周囲からは日本通の研究者として知られる。多くの政財界人を輩出した松下政経塾で人脈を広げたこともあった。
「お坊ちゃんタイプ」「時間にルーズで工作員には見えない」。書記官の知人はこう話す。
書記官は1989(平成元)年に中国・河南大学日本語科を卒業したとされる。ただ、人民解放軍傘下の語学学校に在籍していたとの情報もある。実父は軍の少将として同校院長(学長)を務めていたという。
捜査関係者らによると、平成5年に河南省洛陽市の職員を名乗り、同市と友好都市の福島県須賀川市に「福島県須賀川市日中友好協会」の国際交流員として来日した。7~9年には福島大学大学院で学び、日中関係に関する論文も執筆したという。
その後、帰国すると、中国政府のシンクタンクにあたる「中国社会科学院」で研究者となり、日本研究所副主任に。11年4月に再来日し、松下政経塾の特別塾生になった。
その後も帰国と来日を繰り返し、15年ごろに再び日本に留学。東京大学東洋文化研究所などで日本の地方自治などを研究した。
19年8月には外交官という立場で在日中国大使館に赴任。当初は2等書記官だったが、その後、1等書記官に昇進し、通商を担当していた。
関連ニュース
- [PR]
- [PR]