※戸田城聖著「人間革命」一連の議論に関連した過去ログ
戸田城聖著「人間革命」読まずに異見?あべひ 戸田城聖著「人間革命」読まずに異見?あべひ(その2) やっぱり!戸田城聖著「人間革命」読まずに異見を続けたあべひ(哀) 戸田城聖著「人間革命」を読みましょう 「人間"失格"」のフィクション大魔王・阿部日ケ~ン(その1) 「人間"失格"」のフィクション大魔王・阿部日ケ~ン(その2) 富士宮ボーイのデマ男・マグマグ ※菊川広幸氏のブログ「月下の騎士」の記事 創価の森ブログを揶揄する自称学会員の本性 続・創価の森ブログを揶揄する自称学会員の本性 諸般の事情で、私が2週間ブログを休んでたところ、休んでいた期間中に、やっとあべひが戸田城聖著「人間革命」の本を手にしたらしい。 もっとも、「新・人間革命」の記述ですら、自分に都合よく話をねじ曲げるあべひのこと。仮に、戸田先生の人間革命を手にしたところで、あべひがまともな話をすることは元から期待すらしていなかったのだが、やはり、あべひが当初主張していた「戸田先生の『人間革命』は…ノンフィクション小説であることは論をまちません」の論証はなし。発言の撤回もなしのまま、今度は、富士宮ボーイNo.35081にて、 >問題にするべきは 戸田城聖著の「人間革命」で書かれている事を >「ほとんどフィクション」と紹介すれば、ただの娯楽作品として貶めているの >ではないかという自称学会員表現者としてのありかたです。 の論理で批判してたらしい。 ●最初 「戸田先生の『人間革命』は創価学会という実在の宗教団体を描いたノンフィクション 小説であることは論をまちません。」 (池田先生の人間革命のことを言ってるかのような紋切り型の言い回し) ●次 「『ほとんどがフィクション』だと断定した事を批判している」 (「ほとんどフィクション」は、菊川氏の発言ではなくあべひの造語) ●最近 「問題にするべきは 戸田城聖著の『人間革命』で書かれている事を『ほとんどフィクション』と紹介すれば、ただの娯楽作品として貶めているのではないかという自称学会員表現者としてのありかたです。」 (異なる概念であるはずの「フィクション」と「娯楽作品」をごっちゃにしてるあべひ) 菊川氏曰く「戸田先生の人間革命は多くはフィクションで書かれています」というひとつの発言に対して、批判の理由付けがこうもコロコロと変遷し、最初に主張していた「ノンフィクション」の主張を煙に巻こうとするあべひの詭弁術を見て「自分の発言に対する責任感の欠如」という思いを抱くのは、私だけだろうか? にほんブログ村 創価学会 にほんブログ村 仏教 ※お知らせ。 今後、当ブログの更新頻度は不定期になります。いわゆる、短い期間に集中的に投稿する場合もあれば、今回みたいに長期間の時間が空く場合もあります。 by kachi_kachi_yama | 2012-05-28 08:00 | Trackback | Comments(3)
カチカチさん、お帰りなさい。 あべひは、まっこと、何~にも返答ありませんし、 >「自分の発言に対する責任感の欠如」という思いを抱くのは、私だけだろうか? これは、全員が全員、まったくの同感でしょう。 しょ~もない奴でした、あべひは。 4月25日にカチカチ山氏があべひの「ノンフィクション発言」を指摘して一ヶ月が経過したが、あべひは何一つ反論できない 無理もない ただの難癖だからな これがあべひの実態なわけよ 批判のための批判 嫉妬に狂った本家(日顕)とまったく同じ 兄弟みたいなもんだ これを機会に反省するんだな 嫉妬ばかりじゃ真っ黒になるよ、あべひさんよ 白日のもとにさらされましたね(笑)。
スキットしましたぁ~☆
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