東日本大震災後、計画停電や公共交通機関の乱れといった予期せぬ状況の下で、いかに事業を継続するかが日本企業の関心事となった。その答えの1つをBYOD(bring your own device、従業員の個人デバイスを業務に利用すること)に求めた企業を紹介したい。ITソリューションプロバイダーのクオリカ(東京・新宿)だ。
同社は個人のスマートフォンやタブレット端末、パソコン(PC)を業務で利用することを望むすべての従業員に社内ネットワークへの接続を容認した。災害の発生で出社できない場合でも、インターネットが利用できる環境であれば業務の遂行が可能だ。
電子メールについても事業継続の確保を念頭に、災害に強いクラウドサービスを利用することにした。同社が選んだのはグーグルが提供するウェブベースのオフィスツール「Google Apps(グーグルアップス)」。スケジュールやアドレス帳の管理もこのツールを利用する。手帳を使用するよりはるかに安全だという。
- Hajime Yamaguchi / The Wall Street Journal
- 会田雄一常務執行役員兼技術部長(左)と藤野哲クラウドサービス事業部基盤ビジネス部主幹
セキュリティ対策は万全
仮想化ソフトウェアのヴイエムウェアが3月発表した調査によると、日本のBYODの導入は近隣アジア諸国やオーストラリアよりも遅れている。1つには個人情報保護法を背景に、日本企業がセキュリティを諸外国よりも深刻にとらえていることがある。
クオリカの場合、仮想デスクトップ(VDI)環境と端末認証ソリューションを用いることでセキュリティを確保している。
これらの技術を簡単に説明しておきたい。VDIとは、PCを仮想化することで、PCのユーザーインターフェース(モニター、およびキーボードやマウスなどの入力装置)以外を分離してデータセンターに集約する技術を指す。これにより、手元のPCもしくは端末は単なるディスプレーと化し、データ漏えいの心配はなくなる。端末認証とは、外部のPCやモバイル端末から仮想デスクトップにアクセスする際、その端末があらかじめ登録されたものであるかを確認する作業だ。
クオリカの常務執行役員兼技術部長の会田雄一氏は、ノートPCのハードディスクにデータが残ることが問題だったとし、「仮想デスクトップなら、データが端末にダウンロードされることがなく安全だ」と話した。さらに、ユーザーは認証コードの入力をその都度求められると述べ、スリープモードから復帰した自身のスマホに表示されたコード入力画面を指し示した。
BYODが可能である以上、USBメモリーは不要だ。情報の漏えい源の1つであるUSBメモリーは、クオリカ社内では使用できない。
社内電話も個人スマホで
クオリカのオフィスにはいわゆる固定電話がない。従業員の個人スマホが社内電話の端末の役割も果たしている。
同社はもともと、従業員にIP電話システムの子機を配布していた。現在は従業員の個人スマホにソフトウェアをインストールすることで、それらを子機の代わりとしている。「子機を購入する無駄な投資を省けるし、電話のラインがないことでオフィスのレイアウト変更もしやすくなる」と会田氏は話す。急な用件が発生した場合にも、すぐに連絡がつく。
もっとも、全従業員がスマホを所有しているわけではない。会田氏によれば、各チームにIP電話が1台ずつ残されており、こうした社員に配慮している。
ワークスタイルの変革
事業継続の確保から始まったクオリカのBYODはその後、ワークスタイルの変革へとつながった。従業員の働き方をより効率の良いものに変えることで、生産性の向上を目指すアプローチだ。「例えば在宅で勤務すれば通勤に時間を取られずにすむ。また、社外での仕事の後に報告書を作成するために帰社する必要もなくなる」と会田氏は語る。
クラウドサービス事業部基盤ビジネス部主幹の藤野哲氏は、従来なら残業していた時間をプライベートな用件にあて、帰宅後に家で仕事を再開することも可能だとし、「BYODの導入で働き方の選択肢が増えた」と話す。
翻せば、仕事がどこまでも追いかけてくるということだが、従業員の受け止め方は概してポジティブだ。この4月に入社した経営企画部の増田省吾氏は、BYODなしのワークスタイルには「もう戻れない」と語る。自身のモバイルでの業務資料の閲覧は非常に便利で、印刷の回数も減少したという。
次世代オフィス
クオリカは、2011年12月の本社オフィスの移転を契機に、このアプローチを一歩推し進めた。快適さを追求した次世代オフィスの導入だ。
- Hajime Yamaguchi / The Wall Street Journal
- クオリカの本社オフィス。フリーアドレスデスクには24インチ端末が設置されている。固定電話はない。足元はすっきりしている。
約400人が働く新本社はフリーアドレスを採用。ノートPCは支給せず、代わりに基本ソフトを搭載していない24インチ液晶端末を各デスクに設置した。従業員は空いているデスクに着き、端末にIDと認証コードを入れて自身のテスクトップを呼び出す。データを搭載したノートPCを持ち込むよりもセキュリティのレベルは高く、コストは抑制されている。各会議室にも置かれている大型端末はA3用紙サイズの文書が表示可能で、開発担当者の間で特に好評だ。
記者がオフィスを訪問して受けた印象は、まずデスクの足元が非常にすっきりしているということ。フリーアドレスのため、引き出しキャビネットがなく(個人の荷物はロッカーに置く)、電話のラインもない。クラウドを利用しているため、通常のオフィスではデスクの下に置かれるCPU(中央演算処理装置)も存在しない。
さらに、デスク上に紙類が少ないことにも驚いた。取材中、広いオフィスに1台だけ置かれている複合コピー機を使う従業員はいなかった。
藤野氏は「ペーパーレス化も、効率化とコスト削減に寄与している」とし、データセンターに保管されている自身の文書を自前のiPad(アイパッド)に呼び出して見せた。会議の際には同じ資料を会議室に置かれた大型端末に展開することができるという。「会議の前に資料を人数分コピーし、ホチキスで留め、配布するといった手間とコストが省ける」と話す。会議の最中に突如必要になった書類もすぐに参照することが可能だ。
1つ難点もある。遅れている作業の進ちょく状況を説明するよう求められても、「今ちょっと資料が手元になくて」との言い訳は通用しない。
記者:山口 肇
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