2012年5月25日
■ドイツで「最も優れたタクシー」はプリウス
少し前のことだが、ドイツでトヨタ・プリウスが「最も優れたタクシー用車」に選定された。雑誌『アウトビルト』の編集部が独自にタクシードライバーたちに聞き込み調査を行ない、2012年1月末に発表したものだ。
調査で重要視されたのは、燃費、耐久性、そして快適性を基準にしたコストパフォーマンスだ。
近年欧州ではルーマニア車ダチア・ローガンに代表される低価格車もタクシーに使われるようになってきた。だが、それらにはオートマチックの設定が少なかったり、ほとんどなかったりする。
対してプリウスは全車オートマチックだ。前述の雑誌の発表によると、プリウスは車両によって小さな部分の不具合こそあるが、肝心のハイブリッド・システムにトラブルはなく、ある車両は3万キロメートル近くを問題なしに走っているという。
その結果、ライバルとして挙げられたドイツ製ディーゼル車や天然ガス車を抜いてタクシー用車1位に輝いたというわけだ。
■「トヨタがえり」したい
たしかにトヨタのタクシーは、欧州の個人タクシードライバーたちの間で評判がよい。
イタリアもしかりだ。州によってハイブリッド車に奨励金政策を設けたこともあり、プリウスのタクシーが増えた。ミラノを州都とするロンバルディア州のタクシー労働組合によると、すでに州内を走る25%がハイブリッドだという。
現状で「ハイブリッド車」とは大半がプリウスであろうから、ロンバルディアではタクシー待ちをしていると、およそ4台に1台の割でプリウスがやってくることになる。
パリでもトヨタのタクシーが人気だ。
ボクがちょっと前パリで乗ったタクシーはイタリア製のワゴンだった。
「ボク、日本人だけど、イタリアに住んでるんだぜ」とドライバーに言うと、アルジェリア出身という彼は、「これ(イタリア車)はだめだ」と言いきった。
だめとは? ボクが聞き返すと、彼は「まずディーゼルの音がうるさい」と教えてくれた。1日中クルマに揺られている仕事ゆえ、同じディーゼルでも、騒がしいものとそうでないものには敏感だ。
保証は、タクシードライバー向け販売促進策として標準より1年延長だったらしい。だが、「いざ故障箇所を直してもらうべくディーラーに行くと、『それは保証の対象外』といわれることばかりだった」と嘆く。
さらに「ラゲッジスペースのプラスチック部品が貧弱」であることも泣き所だという。
「お客さんが重いスーツケースを載せると、パキンと割れちゃうんだよ」
そうしたなかで彼が懐かしがるのは、現在のクルマの前に乗っていたトヨタ・アベンシスだ。
「これ(イタリア車)が1回の給油で2日しか走れなかったのに対して、アベンシスは3日走れた。ディーゼルエンジンも静か。保証でカバーできる範囲も広かったね」
ということで彼としては、イタリア車の次は「ハイブリッドで静か。かつ燃費が良い」と同僚の間で評判が良いプリウスで「トヨタがえり」を考えているという。タクシー用途として唯一の欠点である「バッテリーで荷室が狭いこと」に目をつぶっても手に入れたいと語る。
■アジアのライバルは、すぐそこにいる
このようにパリでも評判のよいトヨタ製タクシーだが、思えばボクが初めてパリにやってきた25年前、タクシー乗り場における主流はフランス車だった。
ボク個人的には、ハイドロニューマティック・サスペンションを搭載したシトロエンCXや、当時まだ登場して間もないルノーの最高級車『25』が大吉、プジョーの大型セダン『604』が中吉といったところだった。CXに乗りたい一心で、他の客に順番を譲ったりしもした。
しかしその後パリを訪れるたび、今度はドイツブランドのタクシーが年々増えていった。ドライバーの口からは 「フランス車より頑丈だからさ」と異口同音の答えが返ってきたものだ。
それが今日、日本車がパリのタクシーにおける代表的車種になろうとしている。25年前では考えられなかった光景だ。
お客側の評判も上々のようだ。プリウス・タクシーに乗ったことのあるフランスの知人たちは「静かで驚いた」と感激を語る。
しかし、そうした現状に酔ってばかりはいられない。
欧州における一部の国では、中国キンロン製観光および市内バスが2006年から同社のイタリア法人を通じて輸入・販売されている。まだ多数派というには程遠いが、見かける機会は徐々に増えている。
国内のバスメーカーが強力な日本にいては想像もつかないが、彼らはその販路を着々と欧州で見いだそうとしているのだ。
タクシーだって、将来コストパフォーマンスと耐久性が一定水準に達すれば、アジアのライバルがシェアを伸ばすことは皆無とはいえない。
欧州に過去15年間住んだボクの経験からいえば、薄型テレビも携帯電話も日本ブランドはいわば“三日天下”だった。だからこそ、日本ブランドのタクシーが溢れる風景に踊ってはいけないと思うのである。
歌うようにイタリアを語り、イタリアのクルマを熱く伝えるコラムニスト。1966年、東京生まれ、国立音大卒(バイオリン専攻)。二玄社「SUPER CAR GRAPHIC」編集記者を経て、96年独立、トスカーナに渡る。自動車雑誌やWebサイトのほか、テレビ・ラジオで活躍中。
主な著書に、『Hotするイタリア―イタリアでは30万円で別荘が持てるって?』(二玄社)、『カンティーナを巡る冒険旅行』(光人社)、訳書に『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)。最新刊は、iPad/iPhone/iPod touch用電子書籍『イタリア式クルマ生活術』(NRMパブリッシング)。