野口悠紀雄の「経済大転換論」
【第19回】 2012年5月24日 野口悠紀雄 [早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問]

景気が回復しないから、国債バブルが問題を起こさない

 欧州金融危機の影響で資金が安全資産と見なされている日本国債に流れ込んでいるため、長期金利が著しく低い水準になっている。先週の10年債金利は一時0.815%まで下げて、9年ぶりの低水準を記録した。0.8%割れもありうると考えられている。

 金利は価格の逆数で表示されているため、異常な事態が生じているのを実感しにくい。しかし、これは、バブル的状態である。

金融機関の国債需要が強いため、
札割れになった

 5月16日の日銀による国債の買入(資産買入等基金)オペでは、買入予定額6000億円に対して、応札額が4805億円にとどまり、「札割れ」となった。同基金を通じた国債買入オペの札割れは、初めてである。

 つまり、金融機関は、国債を保有し続けることが有利と考えているのだ。現在、日本銀行は国債の購入を継続しているが、このような方式が行き詰まる可能性については、すでにこの連載で指摘した。それが現実化したわけだ。金融緩和策によってマネーストックを増やせないだけでなく、マネタリーベースを増やすことさえ、ままならない状態になっているのである。

 ただし、これはそれほど深刻な問題とは考えられない。そもそも、日銀が国債を購入する必要性がないと考えられるからである。

国債バブルが崩壊すると
金融機関の純利益が吹き飛ぶ

 より大きな問題は、国債バブルが崩壊することだ。これは、国債価格の暴落を意味する。

 【図表1】でも明らかなように、日本の金融機関はすでに巨額の国債を保有している。これは、家計・企業の貯蓄超過のかなりの部分が、預金増という形になっていることの反映だ(図表2)。したがって、資産の評価価値の下落は、金融機関に大きな影響を与える。

 もちろん、国債は償還期限まで保有し続ければ額面通りの償還を受けられるので、その意味では安全資産である。しかし、問題は、償還期限まで保有し続けられるか否かである。

 日本銀行が4月19日に発表した『金融システムレポート』は、「国債など国内の金利が一律1%上昇した場合に国内金融機関に発生する損失額は、6.4兆円」との試算を明らかにした。内訳は大手行が3.4兆円で、地域銀行は3.0兆円である(図表3参照)。図からわかるように、損失推定額は、2007年度以降、継続的に増加している。

 大手行の場合は、満期までの平均残存期間が2年半程度と短く、金利が1%上昇しても、自己資本比率の低下は0.3%程度に抑えられる。他方、地域銀行は平均残存期間が4年程度と長く、1%の金利上昇で自己資本比率は0.4%程度低下する。3割以上の銀行では、自己資本比率が1%超下がる。

 このように自己資本比率の低下はさほど大きくないが、【図表4】に示す金融機関の純利益の数字と比較すると、損失推定額はかなりの大きさになっている。

デュレーションを用いた
利回りの変化と価格変化の計算

 上で見たように、地域銀行は平均残存期間が大手銀行より長いため、金利上昇によって比較的大きな影響を受ける。なぜこうしたことになるのか。そのメカニズムを、以下に説明しよう。

 債券の利回りの変化と価格変化との関係は、「デュレーション」という指標を用いて計算することができる。

 デュレーション(D)とは、直感的に言えば、「利払いや償還によってキャッシュフローが回収できるまでの平均期間」である。もう少し正確に言うと、「キャッシュフローの現在値をウエイトとして計算した、支払いまでの期間の加重平均」である。

 割引債の場合には、満期時点においてのみキャッシュの支払いがなされるので、Dは満期までの期間に等しくなる。他方で利付債の場合には、満期償還以前に利払いがなされるので、Dは満期までの期間より短くなる。

 デュレーションを用いると、価格変化は、つぎの式で示される。

  dP/P=−D[d(1+y)/(1+y)]   (1)

 ここで、Dはデュレーション、yは債権の利回りである(以上について、より詳細な説明は、野口悠紀雄、藤井眞理子『金融工学』ダイヤモンド社、2001年、第5章を参照)(注1)。

 【図表5】には、デュレーションDと債権の利回りyのいくつかの組み合わせに対して、金利が1%ポイント変化した場合のdP/Pの絶対値を示した(注2)。

 例えば、D=2.5年、y=0.11%の場合、金利が1%ポイント上昇すれば、価格は2.5%下落する。

 大手行の場合の債券保有額を約130兆円とすると、(1)式で計算した場合の損失額は3.2兆円になるわけである。

 上で述べた「平均残存年数」がデュレーションなのか否かははっきりしないが、現在の日本では国債のクーポンレートはきわめて低いので、超長期債でないかぎり、平均残存年数をデュレーションと解釈しても大きな差はないだろう。

注1)割引債の場合には、D年後の償還額をAとすると、P=A/(1+y)^Dである。両辺の対数をとって微分すれば、直ちに(1)式が得られる。
(印刷上の注意:(1+y)^Dは、(1+y)のD乗)

(注2)財務省の国債金利情報によれば、利回りがつぎのとおりであることを参照した(http://www.mof.go.jp/jgbs/reference/interest_rate/jgbcm.htm)。
2年債0.10%、4年債0.168%、10年債0.877%。

大手行はなぜ残存期間の
短縮化を図っているか

 さて、(1)式によれば、所与の利回り変化による価格変化は、金利水準によってはあまり大きな影響を受けない。しかし、デュレーションの影響は比例的なので、大きい。

 上で見たように、地銀のデュレーションは大手行のそれの1.6倍ほどある。期間が長ければ金利水準は高くなるが、その効果はほとんどなく、ほぼデュレーションの違いだけが効くのである。したがって、所与の利回り変化によって、ほぼ1.6倍の影響を受ける。【図表1】に見るように、地銀の債券投資残高は、大手行の半分程度でしかない。しかし、金利上昇による損失額が同程度になってしまうのは、このためだ。

 生保のデュレーションは、もっと長いので、金利による影響はもっと大きくなる。

 このように、金利の影響はデュレーションによって大きく違う。影響を少なくしたければ、デュレーションを短くする必要があるわけだ。

 現在日本の大手行は、保有国債の残存期間を短縮化しており、上で見たように、平均残存期間は2年半ほどである。これは金利上昇による損失を最小限にとどめようとする行動である。「2年半の後に財政破たんが生じる」と予測しているわけでは必ずしもない。

かろうじて支えられている
日本の現状

 これまでは、長期金利の利回りが低下してきた。2006年頃に比べると、10年債利回りは1%ポイント近く低下した。国債を大量に保有する金融機関には、保有するだけで利益が生じたわけである。

 これからは、それが逆転するわけだ。景気が回復すれば、この問題が発生することになる。

 また、欧州での金融危機が収束し、資金が日本国債から引きあげられて欧州に還流すれば、日本の長期金利は上昇する。

 現在の日本の安定的状態は、景気が回復せず、欧州で混乱が続くという条件の上に、かろうじて支えられている。逆に言えば、景気が回復しないからこそ、日本の金融機関は安泰でいられるわけだ。上で見たように、金利が1%ポイント上昇するだけで、年間純利益のほとんどが吹き飛んでしまうのである。

 なお、金利が上昇しても、国債の利払いはすぐには増えない。クーポンレートは、発行時に決まっているからである。しかも、金利水準が低いので、利払いの増加は、あまり大きくない。これがイタリアとの違いだ。


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