用事で市街地まで足を運んだ所、長身蒼髪の姿を見つけた。何故かサングラスをしていなかったが間違いなくシバだ、近寄り話し掛けると蒼の両目が此方を向いた。
「街で会うなんて珍しいね。…って言っても、僕が中々彼処を出る間が無いだけなんだけれど」
「…」
「って言っても今からも検査に行く……と言うか、作業に行くんだよね」
シバは静かに此方を見下ろしていたがついて来ると言いたげだった。特に問題はないので来るかと問えば頷く。最近彼のこの自分へのべったり具合は雛鳥みたいなものなのだろうかと思っていた。自分を直した僕に恩を感じているのだろうと。
隣に彼を連れて市街地を抜け外れにある廃寺へと向かう。僕の住む工場とは丁度対角になる場所だ、普段なら此処まで来ることは無い。手入れのされていない延びきった雑草を掻き分けて進む、自分は草に遮られ更には荷物を抱えていたので全く前が見えなかったがシバは頭ひとつ出ているらしく時折肩を掴み方向を正してくれた。漸く辿り着いた廃寺は瓦が殆ど割れ落ちていて木で作られた外壁からは所々草が生えている。
「…ほんとにいるのかな」
「…?」
「依頼主、此のね」
抱えていた物を見せるとシバの瞳の奥が縮小した。識別出来たらしく彼は頷いてから廃寺へと視線を向けた。並んで中へ入る、天井も所々剥がれていて更には穴が空いている所もある。恐る恐る更に奥へ進むと、廃寺に似つかわしく無い程手入れの施された仏像と目が合った。次いで、その前で座禅を組む人物の姿が視界に映った。
「…兎丸殿、だろうか」
「あ、はい。隣にいるのは…えっと、助手です」
「御足労頂き誠に有り難い、…何分、依頼の通り故に」
「…はい」
仏間らしき所に靴を脱いで上がる。僕に倣って靴を脱ぐシバに視線を向けてから再び正面へ顔を向けた。座禅を組むその姿は何処か不自然だ、着流しの隙間から覗く足は一本しかない。
「我は蛇神と申す。…此度は…無理難題を押し付け申し訳が無い」
「問題ないですよ、たまにこういうことありますから」
彼、蛇神の前に何と無く正座で座りながら目の前に抱えていた荷物を置く。閉じられていた瞼がゆっくりと開き荷物をくるんでいた布に指が掛かった。現れた物を持ち上げる為に屈めば長い黒髪がざらりと溢れて僕の作った足に落ちた。
「…、見事也」
「気に入って貰えたなら、嬉しいです」
「うむ、我には斯様な機械類には疎いが…然れど、造りの良さは伺える。…頼めるだろうか」
「勿論です。…シバくん、手伝って貰える?」
頷いた彼に蛇神を寝かせて必要があれば固定するように告げてから作業の準備をする。蛇神の左足は膝から下が無い、膝小僧の辺りを境に巻かれていた包帯を解くと止血の為に焼かれた断面が露になった。焼けて赤く腫れ上がっては居たが、見ただけで刃物で落とされたと解るくらいに綺麗な斬り口だった。左足の下に布を敷き周りに作業道具を並べる。蛇神は半身を起こした状態で此方を見詰めていた。表情は流れる川のようだった。
「…依頼を受けた時にも言いましたが、接続作業は激痛を伴います」
「…、うむ」
「麻酔しても意味が無いんですね。…麻酔が切れた際の激痛の方が恐らく耐え難いので」
「心得ておる」
「…解りました。じゃあシバくん、蛇神さんが舌噛まないように布を噛ませてあげて」
シバが蛇神の口に厚い布を噛ませるのを確認してから、断面に道具を捩じ込んだ。呻き声と血液が同時に漏れる。骨の隙間に鉄鋼を組み込み神経とコードを継ぎ合わせながら手早く止血をして機械の足と彼本来の足を少しずつ繋いでいく。蛇神は相当痛い筈だが然程の悲鳴は上げない、そうだろうなと思ったから引き受けたのだけれど、それでもかなりの忍耐がある。恐らく一番痛いのは全てを繋ぎ終わった後だ。神経と骨を繋いでから、ちらりと蛇神を見た。生理的な涙を浮かべた瞳が此方を見ている、彼の後ろにいるシバはじっと黙って彼の身体を支えていた。
「…我慢して下さいね」
そう告げてから、機械の足を持ち一気に本来の足に向かって挿入する。苦痛にまみれた悲鳴と共に跳ねた左足をシバが瞬時に支えてくれたのでそのまま噛み合う所まで骨組みを差し込み、鉄と皮膚の接触面をバーナーで焼いた。作業は終わりだ、深く息を吐きながら脱力し視線をやれば驚いた事に蛇神は意識があるようだった。大概の人間は最後の仕上げの時点で意識を投げる。
「…終わりました…今はまだ痛いだけだと思いますが…一日もすれば神経系列、骨髄骨膜、全て結合して適応する筈なので」
「…ぅ…ぐ、」
「シバくん、猿轡とってあげて」
噛ましていた布を外されると蛇神は何度か咳き込んでからシバへと目を向ける。シバが頷き蛇神の身体を解放すると彼はその場に仰向けに倒れながら深く息を吸い込んだ。
「…斯くなる苦痛、左脚を斬り落とされた刹那に絶たれし心情と比すれば易い苦痛也」
「…、何があったか…聞いても?」
「うむ…我は平素各地を渡り歩く行脚の僧。然れど戦火は増すのみ…己の身は己で守り、旅を続けておった」
「…ここにはなぜ?」
「…言うなれば偶さかなる訪問。然し…この地に踏み行った刹那、一人の男に対峙した」
男、記憶を辿っては見たが刃物を持つような危険な人物は居なかった。しかしシバに視線を向ければ彼は普段の柔らかな雰囲気に僅かに刺を生やしていた。そして思い出す、虎鉄の残した言葉を。
「…No.92…」
「?その数字は…?」
「あ…いえ、…その男と言うのは?」
「…背丈は…シバ殿を越す長身だった。男が腰に携えた刀を抜いた刹那、我の左足は体より斬り離されていた。…正体は解らぬ」
「刀…」
「…兎丸殿、貴殿の話を耳に入れたは、左足を無くし荒野に踞る我を救ってくれた二人の男伝い也」
「…、…、誰だろ」
「頭に布を巻いた御仁と九州訛りの御仁だった」
直ぐにあの二人組が頭に浮かんだ。機械と納期にしか興味が無いのかと思っていたけど、人助けもするんだな。
シバはまだ蛇神を襲った男の話を聞きたそうだったけれど接続作業後の彼に無理を強いる訳にも行かない。また明日動作を見に来ると告げてから廃寺を後にした。来た時と同じように高い草を両手で裂きながら進んでいく。前を歩く彼の背中を見ると、何処か不自然だった。
「…シバくん?」
「…」
「……背中、破損してない?」
衣服越しだが毎週検査をするのだからそのくらいは解る。しかし彼は頷くのみでそれ以上は何も言わなかった。どうしたのだと問い掛けた所で言葉は返らない、高い所から落ちたのだろうかと考えながら暮れ掛かった草叢を分けて歩いた。