【特許ウォーズIII〜中国からの挑戦状(中)】
「私たちこそ本物だ。偽物はあなたたちの方だろう」
平成16年夏。国民的な人気を誇るキャラクター「クレヨンしんちゃん」の権利を管理する出版社の双葉社(東京都)に、中国・上海市から思いも寄らない連絡が入った。
その日、双葉社がクレヨンしんちゃんのデザインされたグッズを上海市内のデパートで販売していたところ、別のアパレル会社が同じデパートでクレヨンしんちゃんの靴を販売していることが発覚。慌ててその会社に問いただすと、デザインなどについて中国内で商標権を取得していると主張し、双葉社側の商品こそ「偽物」だと訴えてきた。
当時、模倣品や海賊版で中国での知名度は高かったものの、クレヨンしんちゃんの本格的な市場はまだ立ち上がっていなかった。このため、双葉社は中国で商標権を登録しておらず、その“すき間”を狙われたのだ。相手会社の商標権の登録取り消しなどを求める訴訟を約8年間繰り返し、今年3月までにようやく商標権と著作権が認められた。
「誰の目から見ても商標権はうちにあるのに。取り戻すまでに、これほど時間がかかるとは…」と双葉社の箕浦克史・事業局次長(48)は振り返る。
中国は、商標権について類似した内容が異なる出願人によって行われた場合、国内で先に出願した方に登録を認める「先願主義」を採用している。“早い者勝ち”の論理で、企業の実態にかかわらず、先に登録した中国企業が有利になる。クレヨンしんちゃんや米アップルのiPadなど商標権をめぐる問題が中国内で頻発してきたのもそのためだ。
ただ、実は日本も商標権は同じ先願主義で、審査の厳しさも大きな違いはない。海外の知的財産に詳しい専門家は「日中のルールは同じだが、権利を行使する発想が中国企業はずば抜けて高い。日本が低いだけのこと」と指摘する。
日本国内でビジネスを展開するメーカーにも中国の商標権問題は忍び寄る。
鹿児島県垂水市。桜島から約10キロメートルの海沿いにある酒造会社「森伊蔵酒造」。国内のみで販売される人気芋焼酎「森伊蔵」の名称が平成19年11月、福岡県の企業によって中国の商標局に商標権を申請された。
当時、森伊蔵酒造も模倣品対策のため中国で商標権を申請したが、その4カ月前にすでに申請されていたという。異議申し立てを行ったが、今年1月に商標局は認めない判断を下したことが分かった。
その理由として、森伊蔵酒造に中国での販売実績がないことをあげた。特許庁の商標権担当者は「クレヨンしんちゃんの場合は、日中ともに知名度が高かったことが判決に有利に影響した」とした上で、「日本でいくら有名でも中国でそうでなければ、先に申請された商標権をくつがえすのは困難」と話す。
「需要がない国だからといって、商標登録をしないのは甘い。先手を打たないとやられる」。資生堂の守川一郎・商標グループリーダー(55)は、危機感をあらわにする。同社は「資生堂」の名称とロゴマークを欧米や中国にとどまらず、トルコやモロッコなど120カ国以上で商標出願しており、その範囲はビジネスを展開していない国にも及ぶ。進出直前になって会社名が商標登録される事態を防ぐためだ。
実際、中国1号店を上海市に今秋出店する予定の高島屋も、計画中に中国の業者に「高島屋」の商標を知らない間に申請されていたことが明らかになった。
「日系企業に商標権を売却して利益を得ようとするビジネスが流行していると聞く。それに巻き込まれてしまった」。高島屋の関係者は悔しさをにじませる。
法を巧みに活用して、攻めてくる中国の商標権戦略の“嵐”に、日本企業は圧倒されている。