怪文書その参
「告発の書」 3枚目 |
バベルの塔の崩壊伝説はカルマの実在を如実に記している。堕落したものはいずれ滅びる。ならば悪魔もカ ルマによって滅びるのではないか。もしそうであるならば、我々は永遠に安眠できるであろう。カルマすら も操作する。ここに悪魔が悪魔である理由がある。言い換えれば己の悪業を他者に完全転嫁する奥義を心得 ているもの、このものこそ真の悪魔と言えるのである。7山で本来減びるはずの悪魔の代わりに死ななけれ ばならない日本人。熊取と海南の惨劇は、悪魔のカルマ転嫁の結果として体現化したものにほかならず、悪 魔の生贄の必然性とカバラ的黒魔術体系の存在理由はすべてここに集約されている。ちなみにいわゆる西洋 医学と呼ばれるものの中の臓器、生体物質移植や遺伝子操作などはカバラ黒魔術に由来するカルマ転嫁の一 種であるが、生半可な知識の医学者どもの手になど到底負える代物ではないということを警告しておきたい。 カバラの奥義を極めた悪魔のみが行使し得るものだからだ。カルマの転嫁の失敗ほど恐ろしいものはない。 悪魔の認証なしで、この業務や研究に従事するもの達にはすべて、7山以上の大いなる災いが降りかかるで あろうことをここに重ねて警告しておく。7山に日本人を完全移植できるのは真の悪魔だけなのである。 悪魔のカルマ転嫁を完全なものとするために遂行された“儀式”は個としては完結されなければならない。 またそれに関連していかなる疑念も生じさせてはならない。“儀式”に対する疑念の拡大はその遂行者に致 命的災いをもたらすからである。災いからの回避、これは悪魔にとっても不可欠なことなのだ。下等な魔物 であれは祈祷師レベルでも封印できよう。だが、少なくとも7山に関しては聖者と呼ばれる者でさえその封 印の術のみならず、概略すら理解できていないようである。何故ならこの悪魔こそ正真正銘の大サタンであ り、6000年に減ってカルマ転嫁をほぼ完癖に近い形で遂行してきたからである。だが今、この悪魔の黒 幕の正体は6000年の追跡の果てにおぼろげながらも浮かび上がってきた。完全カルマ転嫁のための隠蔽 工作、それは謀略として行なわれた。そのターゲットに選ばれたのが久間三千年である。 明和63年12月4日、福岡県飯塚市明星団地に住んでいたひとりの少女が行方不明になった。潤野小学 校1年、松野愛子である。日曜の午前7時半頃、町内の廃品回収を手伝った後、団地内の公園で友達と遊び、 さらに同10時頃、一人の男の自宅で弟と遊んでいるのを近所の人に目撃されるが、これを最後にこの女児 は失踪した。この男こそ、久間三千年であった。 久間三千年がこの女児失踪に関与したのか。証拠はない。だが、周囲の印象は、久間が極めて怪しいとい う雰囲気に包まれた。今度この男の周辺で児童が失踪すれば、重要参考人にされるのは明らかであった。ま してや殺害されるようなことがあったなら、警察は間違いなく久間を“想定した犯人”に仕立て上げるであ ろう。もちろんこの時点では久間も警察も3年2か月後にお互いが反目し合うことなど予想できなかったに 違い。両者を土俵に載せてほくそ笑むものがいた。悪魔の謀略の第一段階は成功したのである。 平成4年2月21日夕、福岡県甘木市野鳥の国道322号道路わきの林で、20日朝から行方不明になっ ていた潤野小学校1年、中川藍と同、梅野裕莉の二人の女児が死体となって発見された。二人の顔には殴打 の跡があり血が流れていたという。二人は20日朝、別の友人と三人で登校したが、登校途中、この友人と 別れ、飯塚市内の繁華街で目撃されたとの情報を最後に消息を断っていた。 この時点で、つまり状況証拠すらほとんどない時点で、“犯人久間三千年”は9割方確定された。初めに “犯人久間三千年”ありきであった。相撲でいえばもろさしで土俵際1メートルの所から無理やり取り組ま されたのである。捜査の初期段階から、久間を犯人と匂わす、警察地元マスコミ一体となっての波状攻撃が 繰り返し行なわれた。時に警察は、捜査の初めから久間の顔写真を持ち歩いて近所の住民に聞いて回るとい う人権を蹂躙した不当な捜査を平気で行なったのである。 2女児の遺体発見で、松野愛子の敵が討てる、一部の警察関係者は色めきたったのであろう。だが、これ こそ悪魔が想定していたシナリオであった。冷静に考えれば、久間の一連の事件への関与は素人目にも大き な矛盾があることは明白であった。まず久間三千年が知性ある性倒錯者として、かつて嫌疑をかけられたの と同じ自宅の近所に住む潤野小の児童を、何故わざわざ欲望充足の対象に選んだのか、しかも2人も、とい う素朴な疑問が生じてくる。我々が「変態久間」の立場なら“自宅周辺での対象物色”という危険な行為は 間違っても犯さなかったであろう。以前に嫌疑がかかっていたのだから尚更である。最も不可解なのが、2 女児の遺体や遺品をほぼ100%発見されるであろう道路わきにわざわざ放置したことであった。“殺人事 件”になることを確信して。久間が松野愛子失踪に関与していたと仮定するならば、少なくとも欲望を充足 した後の処理技術に関しては長けていたわけである。それが2女児殺害のような大それた事後の処理は、確 実に己の首を絞めるであろう形で省略した。遺体が発見されれば警察は確実に動く。この“省略”こそ警察 をフル嫁働させ、ターゲット久間が総攻撃されるように仕組まれた「起爆剤」であったのである。これより 以後の 「久間攻略作戦」は以下のように行なわれた。 |
3月に警察が得たといわれる「遺品遺棄現場での紺色ワンボックス車を見た」との目撃情報により、「同 種の車を所持していた」久間三千年に捜査の対象はほぼ100%絞られ、この男と女児とを結びつける証拠 の発見に全力が注がれた。警察は、最悪、決め手となる証拠品が発見されなかった場合、伝家の宝刀である 内部工作による証拠のこじつけ、デッチ上けも辞さない覚悟でいた。3月下旬、久間に任意で提出させた毛 髪と「現場に残されていたといわれる体液」とが警察庁で行なわれたDNA鑑定の結果「ほぼ一致」し、こ の時点で久間がほぼ犯人と断定された。だが検察に証拠能力を問われ、第三者の大学研究室で再鑑定したと ころ、一致の確立は非常に低下したものであった。ここに警察の苦悩がある。捜査は中断したかにみえたが、 平成5年12月になって、前年9月に久間が手放した例のワンボックス車内を再度鑑定、翌年2月、1年5 か月という歳月を怪て、女児の衣服に「付着していたという4種類の繊維」と前述の「車のシートの繊維と が一致」、さらに「シートの裏に付着していたといわれる「ごく微細な血痕」と女児の一人の「血液型も一 致」した。8月、検察との協議の結果、久間三千年の死体遺棄容疑が固まり、9月29日、同容疑で、つい に逮捕された。最初の事件発生から実に5年9か月後、悪魔のシナリオは完遂されたのである。 久間と警察の5年9か月に渡る闘争は警察による久間への一方的な「精神的拷問」という形で行なわれた。 本来密室で行なわれるはずの自白強要が、衆人環視、認証の下行なわれたのである。特に2女児殺害以後は、 久間の実名と顔写真を所持しての自宅近辺での聞き込み、張り込みが連日続けられた。平成5年9月には、 警察の嫌がらせに対して堪忍袋の緒が切れた久間が、張り込みの捜査員に刈りバサミで切りつけるという一 幕もあった。状況証拠らしい状況証拠と言えば「久間も持ってた紺色ワンボックス車が遺棄現場で目撃され た」という情報のみであった。だがこれは久間に嫌疑が向けられるように作られた情報リークの可能性があっ たし、それが事実であるとしても、久間のものと同一の車種を使い、たまたま誰かに目撃されたか、あるい はわざと目撃された真犯人のものであろうことは容易に推測できるものであった。 この「目撃」以外はすべてこじつけられた証拠である。DNA鑑定などほとんど信用性がないことが証明 されたにもかかわらず、警察は自称「ほぼ一致」にあくまでこだわった。そもそも「現場で発見された体液」 はDNA鑑定できるほどの量があったのか。車内の微物の鑑定に1年5か月もの長大な期間を要したのは伝 家の宝刀の製作に四苦八苦していたからに他ならない。A、B、AB、O、2女児の型がそれぞれ異なると して、いずれかが一致する確率は単純計算で二分の一である。こんなのが証拠と言えるのか。警察が久間逮 補のよりどころとしている証拠に久間の車の「シートの4種顕の繊維と2女児の衣服に大量に付着していた 繊維とが一致した」というのがあるが、これは殆ど詭弁であろう。女児の衣服のものであると100%断定 できる繊維が久間の車の中から出てきたわけではないからだ。証拠となるには4種類の繊維が久間固有のも のであることが証明されなければならない。4種類の繊維が量販されている、あるいは他者が真似て作れる、 使用できる可能性がある以上、確固たる証拠にはなり得ないのである。にもかかわらず警察は、久間三千年 を“怪しい”“やったに違いない”という偏見と思い込み、ほとんどこじつけられた状況証拠だけで犯人に 仕立て上げたのである。 久間三千年の起訴後、実に“奇妙”な事が起きた。何を思ったのか、警察は今頃になって松野愛子の痕跡 を再び捜しに出かけ、それを見事に発見したというのである。地元マスコミはこの出来事を、6年間不明の 愛子ちゃんの衣服が25分で発見された「快挙」としてこぞって報道した。この出来事は警察の「本質」と いうべきものを実に見事に物語っている。松野愛子の衣服(ジャンパーとトレーナー)は明星寺南谷山道斜 面で再捜索に加わっていた地元消防団員の手により不法投棄のゴミに混じって発見された。これに対する警 察のコメントが「失踪事件の風化を防止するため、当時の捜索でやや不十分だった場所をあらためて探した だけ」という“素晴らしい”ものなのだ。6年掛けて探し続けてきたものを今回はわすか25分で見つけ出 したのである。しかも「とても6年前に捨てられたとは思えないほど傷みは少なかった」という関係者のご たいそうなおまけまで付けて。警察はいつから「超能力者」になったのか。よくもこのような見え透いた大 うそを憶面もなく平然とつけるものである。まさに遺族と国民を愚弄したと言えるのではないか。この“奇 妙な出来事”は一体何を物語るのか。可能性として次の事が推測されよう。 1、伝家の宝刀を抜いた。つまり全く同じ衣服を新たに用意し、自ら投棄し発見した。 2、警察が温存していた証拠(衣服)を今が出し頃であると判断し、偽装する形で発見させた。 3、松野愛子殺しの真犯人、第三者が久間を嵌める目的で今になって投棄し、リークして発見させた。 4、2女児殺害で捜査の手が及ぶと判断した久間が、最近になって投棄しそれをたまたま警察が発見した。 5、6年間野ざらしの衣服がほとんど無傷の状態で奇跡的に警察に発見された。 現場で発見された着衣は、ゴミ不法投棄場所として調査した主婦の証言から平成4年秋頃にはなかったこ とが確認され、投棄の時期はそれ以降であることが判明している。したがってほとんど「傷みのない着衣」 |
という事実と合わせて考慮すると、5の可能性は除外できよう。次に4についてだが、平成4年秋以降とい えば2女児殺害に関して久間に多大な嫌疑がかかっていた時期である。連日張り込みも行なわれており、こ のような状況での投棄はます不可能である。見つけられた時のリスクを考えればむしろ自宅で燃やすなりし て処分するはずである。それにもともと久間はやってないのだから捨てようがないのだ。残るは1、2、3 であり、この内のどれかが真相である。この時朝に、特定の場所に狙いを定めて、しかも超短時間で確実に 望みの“物”を発見した。この意味することは4の“たまたま”とか5の“奇跡的に”ということではなく、 “そこにある”ことを警察は100%確信していたのである。この警察の“異能”に関して永留慶造飯塚署 長は「若干の捜査情報に基づいた可能性もあるが、その情報は明らかにできない」と述べたそうだが、これ を素直に解釈すると、3、すなわち直接の犯人からでないにせよ、何ものからかの情報リークがあったとも 受けとれる。これが事実ならばむしろ久間の事件への関与は否定できよう。もしこの事実がなけれは、1か 2ということになる。もっとも警察は間違ってもデッチ上げたとは言わないだろう。いすれを取るにせよ、 松野愛子殺しも久間に結びつけ、窮地に追い込もうという何者かの意図は見え見えなのである。 ここで松野愛子殺しの意義を若干述べておく。サタンの本命はあくまで『中川藍』にあった。松野愛子の 失踪は、1、警察をフル嫁動させない程度に近所の久間に嫌疑がかかるようにする、2、来るべき『中川藍』 の儀式のための予行演習、という二つの意味があったと言える。儀式の完遂のための久間というスケープ・ ゴートの必要性だ。松野愛子が演習であったことの証明は、その名前「愛」、衣服のあった「8木山」にあ る。この意味についてはボエドの『7バス報告書』の署長への謎かけと合わせて考えて頂きたい。 この久間事件は、“謀略”により、いかにして無実の日本国民が殺人犯に死立て上げられるのかを端的に 表しているケースである。その意味で、久間事件はすべての日本人に関わる問題であると言えよう。この事 件の真相を追及しようとする姿勢を見せれは見せるほど、それを妨害しようとする勢力も勢いを増してくる であろう。『中川藍』の儀式の完遂は、サタンにとってどうしても譲れない橋頭堡的役割を合わせ持ってい るからである。従ってこれより以後も、久間に止めを刺す様々な小細工が仕掛けられる可能性が非常に高い。 日本国民は自身の問題としてこの事件の成行きを監視していく必要がある。 この久間三千年と同一の計略によって嵌められたのが地下鉄、松本サリン事件の「首謀犯」麻原彰晃であ る。取り巻きであった「幹部」「信者」「元信者」等の「自供」により、現在麻原は孤立無援の完全四面楚 歌、99、99999%の悪魔の包囲のただ中にある。事実上死んでいるといっても過言ではなかろう。一 般大衆ならともかくとして、ある程度の洞察力、あるいは霊的ステージに達しているものなら、何やらとて つもない謀が麻原の周辺において蜘蛛の巣のごとく張り巡らされ、今まさにからめとられたことを潜在意識 の内に感じ取っていることであろう。一方で、100%麻原が無罪であることを認識した上で、絶対にこの ような状態になることを遥か以前から想定し、事実そうなったことに歓声を上げているサタンに付き従う一 群も確実に存在している。古今東西、聖者と呼ばれるものたちは、時の権力に悪魔的アプローチをもって融 合しようとしない結果、徹底的に叩かれ、最後は粉砕される宿命をその内面に必然的に宿していると言える。 何が起こったのか。ただ街は、異様な雰囲気にのみこまれた。目をつり上げた数人の女たちが、城壁から 飛びおりて次々と自殺する。子供を道づれにして首をくくるものがある。素裸になって街をさまよい、誰か れの見境いもなくとりすがって、なきわめき、燃え盛る火へ身を投じてのたうつ。女たちが狂いはじめた。 男たちは家族や兄弟たちとわななきながら、なすすべもない。大地を打って嘆き悲しむ。悄然とした人々の 群れが、次第に街にひろがる。最初この騒乱は、ベツレヘムとその周辺に渦巻いて起こった。砂漠の突風の ように、一瞬に吹き荒れた。それが火のようにひろがって行く。人々は家の戸をかたく閉ざした。蒼ざめて、 息をつめて、このわけのわからない突風の吹きすさぶのに耐えた。「子供は皆殺しになる」」「いや、二歳 以下の赤ん坊だ。それも男の子だ」「さからったものは殺されるぞ」 噂が飛ぶ。凶刃の吹き荒れる街角で、 ぼろぼろの衣服を荒縄で身にまとった異言者が、野鳥のように嗄れた声をはりあげる。「ラマで声がする 激しく嘆くものの声だ。子供たちは失われた もはや慰めるものはない」 子供たちは胸や腹を槍や剣で刺 し抜かれた。内臓が、母親の胸の間からこばれ落ちる。ヘロデ王の命令は迅速に実行にうつされた。子供は 剣や槍で刺し貫く値打ちもない。大方の兵士たちは、女たちの胸からもぎとった赤ん坊を空に放り、撲殺す るか、岩に投げつけて殺す。助けてくれと哀願する女たちの衣服をひきやぶって犯し、逃げまどうのを、兵 士たちは面白がって追いまわす。まるで戦いに敗れた街であった。侵入した兵土たちが暴徒と化して人々を 殺りくする。とどめようもない。(歴史読本ワールド『世界の三大教祖』『聖書物語イエス・キリストの生 涯』 ) かつて教世の法を携えたイエスの降臨を察知したヘロデ王は、イエスとおぼしき男児を一人残らず虐殺し |
た。何故ヘロデはかくのことく恐れたか。それはヘロデの王権がサタンに由来するものであったからだ。9 4年3月に小沢一郎は「オウム真理教を今年中に叩き潰す」宣言したといわれる。その3か月後、松本サリ ン事件が起こり、1年後地下鉄サリン事件が起きた。麻原オウムはまさしくサリンによって壊滅状態に追い 込まれた。日本のヘロデ王小沢の「大予言」はほぼ的中したわけである。これは何を意味していたのか。少 なくとも麻原がこの時点でオウムを自主解散するか、10億くらい懐に入れて小沢に迎合していれば、地下 鉄サリン、いや松本サリン事件すらも発生しなかった、ということではないのか。地下鉄サリン事件を筆頭 として、オウムが関与したとされる一連の事件は、久間事件の恐らく100倍、いや1000倍は複雑なも のであろう。だがこれだけは言える。いずれの事件も同一の意思の下、同一の謀略の手法を駆使して完遂さ れたということである。 サタンの選定したターゲットをサタン自身の手を汚さず、第三の勢力を媒介して陥れる、あるいは叩き潰 す。この場合、第三の勢力は絶対権力、すなわち国家、警察権力である。この意味で国家、警察権力すら利 用された被害者とも言えるだろう。本来国家に由来する絶対権力は、その庇護の下にある国民のために行使 されるべきものである。そのために国民の税金はある。久間事件など、警察それ自体が謀略のための手駒と して利用されていたという点を考慮に入れるなら、ある面において同情すべき余地もある。だがオウムの事 合は根本から異なる。国家公安権力、すなわちヘロデの親衛隊が、率先して謀略を仕掛けていたからである。 国家の名を借りたこの秘密警察はオウムの教えを信望、あるいは支持していただけの日本国民を、事件に関 与したかも知れないという憶測だけで徹底的に迫害、虐持した。別件逮捕、不当逮捕ならまだはるかによい。 果たしてオウムに“逮捕”はあったのか。否、事実はすべて強制連行であろう。オウムVS警察ではない。 サタンにとりつかれたヘロデの私設軍隊がオウムという日本国民に一方的に攻撃を加えていたのである。 オウムに関する一連の事件を単なる刑事事件、テロリスト集団に対する公安の取り締まりなどといった大 枠で括ることなど到底出来ない。ヘロデにとって重要なのはオウムが犯罪を犯したか否かではないのだ。要 は麻原に出来るだけ大きな犯罪の嫌疑をかけてオウムが活動停止、ないし壊滅に近い状態に追い込まれさえ すればよかったのである。オウム事件を理解しようとするなら少なくともいま述べたような根っこの部分の 把握が必要であり、この理解なくしては事件の全貌を掴むことなど永久に不可能であろう。たかだか信徒数 1万余りの教団に、米軍やヘロデの親衛隊が毒ガス攻撃を仕掛けるとは荒唐無稽であるというのが大方の感 想であろうが、イエスとヘロデという前述の構図を把握するなら、毒ガスで潰されるという彼らの訴えはむ しろ切実なものなのである。事実、ブランチ・タビディアンや太陽寺院などのオウムよりはるかに小規模な カルト教団は謎の崩壊を遂げた。どれも「集団自殺」ということになっているが、事実は巧妙に仕組まれた 謀略による虐殺である。この一連の教団、特にカルトバッシングは、世紀末、小沢の背後に潜む真のヘロデ 王の世界統一政府、裏千年王国の完成に向けて不都合な障害物を探知するという意味があり、真の千年王国 建国を100%阻止しようとする世界的規模での“メシア狩り”のための布石という役割を合わせ持ってい る。この過程で迎合する勢力は己の陣営に引き入れ、しないものは徹底的に叩き潰す。暴力団新法の施行も メシア的考えにより近かった真の仁侠を壊滅させ、サタンの陣営に包括すべくヤクザのマフィア化を目論ん だものに他ならない。人民寺院、ブランチ・デビディアンや太場寺院の凄惨な末路はサタンの手によるメシ ア狩りの結果であり、同じく迎合しないオウムがサタンに徹底的に叩かれているのは極めて自然な成り行き であると言えるのだ。 今オウムに起きている事は、いずれすべての日本人に降りかかることである。サタンに迎合してもしなく ても“地獄”という関門は不可避である。すべての日本人は皇室の聖地伊勢のヘロデ紋の真の意味すること をいま一度認識すべきである。そして理解すべきである、いま起きていることは決して聖書の中の過ぎ去っ た出来事ではない、第7番目の地日本にステージを移して現在進行形で進みつつあるということを。 大いなる試練の後 7つの山は粉々に破壊されるであろう 恐るべき最後の審判が人々に下されよう (『聖マラキ予言書』最終章) 〈麻原影晃殱滅のシナリオ〉 1946年以前 ヘロデ、ノストラダムスの予言詩を解読。 45年以後 米軍を日本国首都の中枢に配置。1970年代からメシア狩りを強行。最終的にターゲッ トを日本に絞る。 86年4月以降 神仙の会時代に既にヘロデのエージェントが数名潜入、会員に成りきる。麻原の人格、オ ウムの教義を徹底分析、結果、ヘロデの王権にとって重大な脅威であることが判明。オウ |
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(C)AUM Shinrikyo Public Relations Department, 1997 |