次元の海の中心世界“ミッドチルダ”
ジェイル・スカリエッティが首謀となって起こした都市型テロ“JS事件”から4年経過したそんな年。そして俺――市ノ瀬涼の人生を左右した、あの事件からも丁度4年目の年。鮮烈な物語の始まりなんて、全く予想もしていなかった。
始まりの季節――世の中的には入社式や入学式であったりするわけで。心機一転、生活態度を戒めるのにも都合が良い季節でもある。そう思いつつも、あくまでいつも通りに背を丸めたまま道の端を歩く。ちなみに視線は下向き。アスファルトとお見合い状態である。
改善すべきはこういう所なのだろうけれど――
「あ……あれって――」
「よく平然とやって来られるなぁ」
「ある意味大物だな。ハハ」
とまぁ、こんな中傷的な視線と言葉のお陰で改善出来ず、1年ほど経過してしまっているのが現状である。
だが、全てが彼等のせいと言うわけでもない。向上心が欠けている性分だから、もう色々と諦めて生きて来た人生なのだから。
「はぁー」
溜息を吐いて、歩みを速める。
俺は学院が嫌いだ。
St.ヒルデ魔法学院――それが俺の通う、所謂“魔法使いのための”学校である。まわりは当然将来の魔導師さんたちで溢れ返っている。取り分けて本学院は学院生たちの偏差値が高めであるため、殆ど魔法の使えない人間が紛れ込んでいれば、その場違いな存在に浮いてしまうことは必至。
その“魔法が殆ど使えない人間”というのが、俺――市ノ瀬 涼である。
元々魔法文化圏外出身のため、使えること自体が奇跡だったようで、その奇跡で全ての運を使いきってしまった感が否めない。
魔力の総量はFランクにも満たないという現実を付きつけられれば、そんな風に思えてしまう。魔力総量は俺くらいの年だとまだ伸びる望みはあるのだが、数年前から増えている様子は皆無。成長期を超えれば、滅多なことがない限り増えたりなんかしない。
ある程度魔力に余裕があるのなら、努力でいくらでもカバーしきれるだろうが……俺の場合出来ることなんて限られている。
魔力使用効率向上による魔力節約。
魔法高速運用。
この程度のものだ。
魔力使用効率は術式の簡略化や、不用な魔法効果を取り除くことでその分魔力を節約するなどだ。同じ魔力を使うにしても出来るだけ見返りの多い方が良い。他の連中からすれば本当に些細なモノかもしれないが、俺に取っちゃそれすらも“勿体無い”と感じる。
必ずしも魔力量で魔導師ランクが決まるわけではない、という点が唯一の救いだろうな。
就職先が管理局以外って言うのであれば、今悩んでいる全ての事柄は気にせずに済む。それでも、どうしても諦められない理由は一体何なのだろうか?
実に単純で不純な動機。
憧れなんてのは、ほんの三割程しかないのだから……
大半を、過去へのケジメのためだけに費やしている――他人の前では綺麗事ばかりを並べた動機を語っている。それを告げる度――嘘を吐く度に、心のどこかが痛む。動機を知る知人は「復讐なんて下らない」なんて言葉を口にしたが、その意見には俺自身も同意するしかない。
馬鹿らしいって事は分かっているけどな……
でもまぁ、今のままじゃ局の魔導師にすらなれない。
魔法を使える者を魔導師として定義するのであれば、現時点で達成しているのだが、“局の”と頭に付く事で随分と難易度が上昇してしまう。
「はぁ……」
漏れた溜息は本日何度目だろうか。それと同時に湧き上がるのは、自身の不甲斐無さに対する呆れ。
St.ヒルデ魔法学院中等科一年の実技成績最下位。
これは、中等科へ進級した現時点での暫定成績だ。まぁ簡単に言えば、初等科の最高学年で最下位の結果を残している、ということである。
最下位は俺の指定席で、この順位以外は取った覚えがない。
優秀ならば当然目立つが、その逆もまた然り。別に目立ちたくもないのに、目立ってしまう。この目立ち方は不名誉なので、喜ぶべきではないことは明白だろう。
新しいクラスを早々と確認して、回りの生徒達のように一喜一憂することもなく自分のクラスへと向かう。
誰が何組かなんて些細な問題だ。精々陰口叩くようなクラスメイトが少なければ良いなぁ、なんて言う希望があるくらいのものだ。
廊下を歩いていても、自分の存在だけが浮いているような感覚を覚える。周りの喧騒とは別に響き渡る、廊下を靴底が叩く音。その音だけが妙に異質に感じてしまう。
廊下を歩いているだけで、辺りの人間がわざわざ道を通してくれたり、よく分からないけど謝られたり、すれ違い様に舌打ちされたり。学院内においての俺の立ち位置なんてのは、入学当初からずっとこんな感じだ。誰からも嫌われて、おおよそ友人と呼べる存在もなく、独りで居る。
まぁ、ようは根暗なわけだ。
中等科の建物は初等科とは異なるため、周りをキョロキョロと見渡しながら歩く。とは言え、初等科棟の造りとは、どことなく似ているため、ある程度の位置情報は掴めた。真面目な優等生ならば、初等科後期にあった、中等科棟見学のイベントでこの建物の構造を把握している事だろう。
生憎と、俺はそんな生真面目な学生ではない。かと言って、そこまで不真面目な学生でもない。周りからは、不真面目、不良、問題児、なんて風に思われている。俺としても、そう思われるであろう節が幾つも思い当たる。
「――っと、ここか……」
考え事をしながら歩いていたため、危うく通りすぎるところだった。
中からは喧騒が響き渡って来ている。
どういう反応をするか分かってはいるものの、少しは緊張する。人の印象は第一印象で決まると言う話もある事だし、ここはいっちょ爽やかな作り笑顔で教室に入る事にしよう。
「よし……」
意を決して教室に踏み込むと、一瞬教室全体が重々しい雰囲気になる。その後、何事もなかったかのように会話が再開される。
幾つか視線を感じるが、きっと俺が会話の肴にでもなっているのだろう。役立てたようで何よりだ。そして何より、さっきの魂胆がまるで役に立たなかったらしい。あんな本を無駄だと分かっていながら、熟読していた自分が恥ずかしいなぁ。
何が、“第一印象は目で決まる”、だよ……俺の場合、悪い噂が先行しすぎて、アテにならんぞ。
どうやら今年も、改善される事なく1年を過ごす事になりそうだ。
始業式的なイベントを終えて、今日は解散。
万国――いや、あらゆる世界を通してお偉いさんの話は長いものらしい。ある意味、様式美なのかもしれないな。
俺は図書館へと足を運ぶ事にした。こう言った特別な教室、施設は、初等科、中等科で共用している。
この学院には、ベルカ式の魔法技術関連の書物が特に充実しているため、放課後はちょくちょく利用させてもらっている。聖王教会のお膝元で運営されているから、ベルカ式関連が揃っているんだろうな。普段中々お目にかかれない古代ベルカ式関連の書物だけでなく、古代ベルカの歴史書なども充実している。一説によると、無限書庫から寄贈されている本もあるらしい。
流石は聖王教会、流石は歴史あるSt.ヒルデ魔法学院。無限書庫の方にまでコネがあるとは驚きだ。寄贈が珍しい事なのかは知らんが、少なくともそんなに頻繁にある事じゃないのは事実だ。
図書館に足を運ぶ理由――
何百年なんて単位で見れば、俺のような悩みを抱えた人も大勢いる。魔力運用関連の知識なんかは、彼等の経験を糧として勉強させてもらっている。その彼等が記した本を読む事で、少しでも前へ進めるように……
「またハズレ引いちまったな……」
図書館で本を読みはじめてから一時間程経過したところで、ポツリと独り言のように呟く。
新書で“ミッド式及び近代ベルカ式の使える!100の魔法”というあからさまにハズレ臭漂う題名。そのくせ、値段の方は結構高め。
やっぱ専門書ってのは高いもんなんだなぁ……
そう思いつつ、出版社と著者名を確認。この二つの名称が一致する本の閲覧は、今後控える事にしよう。後書きを見ても、そこまで知識のある人物のようには思えない。加えて、殆どの項目が別の本から直接引用したような手抜き。誤字や脱字も目立つ上に、現段階で証明されていないような事項に関しても、そうであるかのように書かれている。
「ま、金も払わずに読んでるんだし、文句言うのはおこがましいか……」
根暗な性格故か、他人の揚げ足取りに関してはかなり自信がある。
自慢にならねぇよなぁ……
パラパラと本を軽く読み返していくと、大きく取り上げられている魔法があった。それを見て一言――
「こんな魔法使えるか……」
見ているのは射撃魔法関連の項目。
中距離の、しかも誘導射撃って……一体どれほどの魔力を消費すると思ってるんだよ。魔力量の少ない俺からすれば、魔力の塊を飛ばすような射撃魔法はそう易々と使えたもんじゃない。
それにただ飛ばすだけなら大抵当たらないし、簡単な防御魔法一つで完封される。故に基本的には、膨大な魔力を利用したバリア無視のごり押し、バリアブレイク効果、誘導機能なんかを備えるモノが多い。
当然そんな複雑術式満載の魔法は、消費魔力が桁違いに多くなってしまう。
まぁ、男としては超長距離砲撃魔法なんてのは憧れるよなぁ……
魔力の少ない俺にもっとも適した魔法は――
「やっぱ、これだよなぁ……」
本の目次にある、それの項目に自然と目が行く。
――身体強化
魔力による運動能力の向上で、消費魔力自体は基本的に少ない。消費魔力が少ないとはいえ、どれだけ向上させたいか、身体の魔力疲労限度、魔力特性、魔力効率などなど考慮すべき点は非常に多い。
しかし、この戦闘スタイルだと実質的な攻撃可能範囲はクロスレンジからミドルレンジが精々で、ロングレンジ型相手にはまるで歯が立たない。近づく前に殺られるのが、容易に想像できる。
アレを使えば、相手自体は楽なんだけど。
寧ろ使ってるときは、近接型の相手の方が厄介だから、何とも皮肉と言うか……それ以前にクロスレンジ、ミドルレンジ――つまり、同じレンジであったとしても、強化に割ける魔力が少ない俺は力負け必至な上に、ロングレンジの砲撃魔導師の強固なバリアは真正面からじゃ破壊不可能。
近距離、中距離、遠距離――いずれの状況であっても勝てる見込みなんて1%あれば良い方だ。結局のところ、俺が魔導師相手に正々堂々と勝負して勝利するなんて、絶対にあり得ないってわけさ。
パタンと本を閉じて、天井を仰ぐ。
だが、それはあくまで真正面から向き合って勝負した場合の話。
俺はまともに――真正面からやり合うつもりなど毛頭ない。
どんなに卑怯だと言われようが、俺は勝つためなら何だってしてやる――ってのは大げさだが、勝つための最大限の努力はするつもりだ。
いや……今までそうして来たんだがなぁ。いかんせん結果が伴わない。
やはり、いい加減魔導師になるって夢はすっぱり諦めるべきなのだろうか?
いやいや……まだ可能性がないってわけでもないんだ。
これから一気に魔力量が増える可能性だって、ないこともないし……
「ヴィヴィオって専用デバイス、持ってないんだったよね?」
「そういえば、それもフツーの通信端末だっけ?」
「そーなんだよー。うちのママとその愛機が色々厳しくって。持つにあたっての心構えとか色々あるんだって」
ふと考え事をしていると、学院初等科の生徒たちが話し込んでいる姿が視界に入った。先程も触れた様に、図書館は共用している施設の一つ。初等科の生徒が居ると言うのは何らおかしくもない事だ。
あぁ、ちょくちょく図書館で見かける子たちだな。特にオッドアイの子。
目を細めて彼女を視る。
変わってるよなぁ……魔力光が虹色だろ? 彼女以外で見た事がない。かなり珍しいな。血液型診断、みたいなノリで魔力光診断なんてのも存在するらしく、クラスの女子はそれで盛り上がっていた。
魔力光診断で、虹色なんて項目あるのだろうか……? 俺の場合、見なくても結果はある程度予想出来ちまうんだけどな。根暗な俺にピッタリの魔力光だしさ。
ちなみに俺が、魔法を使ってもいない相手の魔力光の色が分かるのにも、ワケがあるんだが……ま、今は語るほどの事でもない。本当に些細なことだ。
パタパタと先程の女の子たちが、目の前を急ぎ足で通過して行った。
ふと、オッドアイの子と目が合う。
ペコリ
笑顔で会釈された。こちらの軽く頭を下げる。綺麗な髪がサラリと肩から落ちる。窓から差し込む夕日に照らされて幻想的な美しさを醸し出していても、“綺麗だ”なんて簡潔な感想しか出てこない。
若いなぁ……礼儀正しさは、親御さんの教育の賜物だろう。
「ヴィヴィオ、今の人知り合い?」
「ううん。図書館でよく見かける人。さっき騒いじゃってたでしょ」
「リオ、気付いてなかったの?いつも見かける先輩だよ」
他人の会話に聞き耳を立てる、と言うのは自分でもどうかと思うが、勝手に耳に入って来るものは仕方がない。
どうやら、向こうもこちらの顔を覚えていたようだな。ツインテール、ショート、ロングヘアーの先程の3人組は、学院内じゃあ結構有名だったりする。
その容姿もそうだが、魔法関連の成績がトップクラスだ。それにオッドアイの子は、あの“高町なのは”の娘だそうだ。オーバーSランクの空戦魔導師で、砲撃魔導師の典型みたいな人だと聞き及んでいる。
かのJS事件の解決にも尽力した、非常に優秀な人だ。彼女の魔力の1000分の1でも俺にあれば……いや、10000分の1でも良い。
「くっだらねぇ……」
ポツリと呟く。
優秀な人とばかり比較して、地味に落ち込んでいる自分がバカバカしくなってきた。ついでに、嫌気も差してきた。
俺は俺だ。だから別に気負う必要なんてないし、俺の生き方を否定するなんて他人にはできない。
再び天井を仰ぎ見る。
俺にもたった1つだけ――“切り札”と呼べる代物がある。
「…………」
目を閉じた。
視えたのは一筋の光。
ご覧いただきありがとうございます。
あらすじの項目にも書いてありましたが、再投稿作品です。
設定がある程度被っていても、展開が全然違うから問題なし。と言う意見を沢山いただきましたので、再投稿するに至った次第です。
これに関して問題がある場合は、感想かメッセージの方へお願いします。
その際は、具体的な問題個所などを提示して頂けるとありがたいです。
設定などは消去前と一切変更はなく、説明や会話文の追加。
今回は前回より3.57KB増。
展開が様変わりする事はないと思いますが、戦闘シーンに関してはかなり書き直す事になると思います。
感想を頂けると凄く嬉しいです。
ではでは――
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