2012-05-25
■拙速の代償。10年前に起きたクラウドファンディング事件
今から10年ほど前。MorphyOne事件というのがありました。
これはちょうど世間がパソコン通信からインターネットへ変わって行く、そんな過渡期に産まれた事件です。
1999年、当時日本最大手だったNifty-serveで「とよぞう」と名乗る大手電機メーカーに勤めるエンジニアが「PDA(今で言うキーボード付き携帯電話のようなもの)*1を自作しよう!」と声を上げました。
当時はヒューレット・パッカードのHP200LXというPDAが製造中止になるということで多いに期待を寄せられました。
とよぞう氏は、自作PDAを作るプロジェクトのために、事前予約で部品を購入したり、機材を購入したりするお金が欲しい、ということで予約を受け付けました。
この自作PDAには、「MorphyOne(モルフィーワン)」という名前が付けられました。
プロジェクトに参加する方法は、とよぞう氏が代表を勤める合資会社モルフィー企画に出資するか、予約金を前払いしてMorphyOneを予約購入するかという選択肢がありました。
およそ130人が出資し、集まった出資金は650万。
予約金などあわせて集まった資金は8000万円とも言われました。
出資者や予約者はすべてネットで集められました。
そう、今風にいえば、クラウドファンディングに近い形態です。
この頃のとよぞう氏は非常にアグレッシブな発言を繰り返しており、特に「拙速主義」という言葉を多用して、とにかく一日でも早くMorphyOneを完成させることを目指して、かなり強引なことも繰り返していました。
同時に「疑わしい話だ」と思う人たちもいて、オープンにやっていることなので批判的な意見も少なくありませんでした。
そうした批判に曝されると、とよぞう氏とそれを取り巻く人たちは、どんどん意固地になっていったように思えます。
たとえばこれは「本当にできるのか」など批判にさらされたときの、とよぞう氏の発言の一部です
・批判より結論に直結する提言を希望します。
・質問より回答を希望します。
・問題提起より解決案を希望します。
・手段より「目的」を重要視してください。
マスコミはこのプロジェクトに飛びつき、毎号のように特集記事を掲載し、それがさらに出資者、予約者を呼ぶ結果につながりました。
自信満々でプロジェクトをスタートしたとよぞう氏でしたが、予定された出荷日になってもPDAは影も形もありません。
それどころか、試作機のひとつもできあがっていないのです。
そして完成予定から1年以上遅れた2002年、残金350万円で未だ試作機が動作する目処が立たないという衝撃の事実が明らかになりました。
そこからはお決まりの喧々諤々、債権者と債務者の罵り合いです。
とよぞう氏は大手電機メーカーの退職を余儀なくされ、MorphyOneの開発に集中することを約束させられます。
ところがとよぞう氏の努力も虚しく、債権者の怒りは収まることもなく、2003年、モルフィー企画に破産宣告が出され、2004年、とよぞう氏は破産者となってしまいます。
気軽な仲間たちとワイワイ、オープンソース的なノリでハードウェアを作ろう、と思うところまでは良かったと思うのですが、実力の伴わない約束をしてしまうと、こんなふうに人生を大きく曲げてしまいます。
僕はとよぞう氏になにか意図していた悪意があったとは思いません。
ただ、技術者としては見込みが甘すぎたし、彼が技術者としての未熟故にいろいろな人に言ってみせた大言壮語は、結果として「騙した」と言われても弁明するのが難しいところまで来てしまったのは事実だと思います。
とよぞう氏は技術者として身の丈のあわない夢に、大勢の人を巻き込んだことで、破産という大きすぎる代償を背負うことになってしまいました。
もちろん全ての技術者がそうだというわけではありません。
CEREVOを立ち上げた岩佐さんがすごく立派に思えるのは、まさしくそういう「技術者としての夢」を夢に終わらせず、曲がりなりにも事業として軌道に乗せているところですし、一度は破産したものの、レンズ専業メーカーとして再起した安原製作所のように、きちんと経験ある技術者が自らの夢を追い求めるために会社を作る、というのは非常に素晴らしいことですし、応援したいと思っています。
ハードウェアというのはとりわけ難しい分野で、まず元出がかなり必要になるし、それが大きな参入障壁になっています。
ただ、こういう出来上がるかどうかわからないものにクラウドファンディングは向かないかな、とも思っています。
Cerevo DASHのように、既にメーカーとして実績のある会社が試作まで済ませてからやるならまだしも、基盤設計の経験すらないエンジニア*2が、お金だけ先に集めて作ると言うのは無謀すぎます。
同時に何もないところに、下手にお金を集めると恐いな、という事例としても記憶しています。
長い時間をかけてうまれてきた商習慣というのは、何よりも安心感を与えてくれます。
安心感があるということは、もめ事が起きにくいということです。
僕も契約書を確認する度に、「なんでこんなことをくどくどと・・・」とうんざりすることも多いのですが、こうした契約書に書かれていることというのは、いわばノウハウの塊で、それが長い年月の間、培われて来た、「後で揉めないようにする知恵」なのです。
もちろん、クラウドファンディングでお金を出す側の人が、見返りを全く期待しないで出す、ということも考えられますが、そんな変わった人ばかりではないでしょう。
出資者が増えるということは、単純にその事業のオーナーが増えるということなので、まだ何も実績がない状態では必ずしもいいことばかりではありません。船頭多くして船なんとやらです。
そういうわけでクラウドファンディングは基本的に難しいという意見を僕は持っています。
MorphyOne事件については以下のWikiを見て下さい
Wikiもあります
*1:本当の意味のPDAはPersonal Digital Assistant で、Apple社のジョン・スカリーが考えた人工知能のように人間の思考や記憶を補佐する機械で、その構想を具現化したのがNewtonだった。しかしジョブズが復帰し、Newtonは潰され、似たようなものがiPhoneになった
*2:それもどうもとよぞう氏は技術サポート部の方らしく、自らなにかを設計することを仕事としていたわけではなかったようです
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