群青に染まる太平洋。八丈島から飛び立ったヘリコプターの窓に、断崖(だんがい)に囲まれた活火山の島が現れた。
東京港から南へ358キロ、青ケ島は外周9キロの孤島だ。
人口167人。秦の始皇帝の命令で、不老不死の薬を探す徐福らの一行がたどり着いた、という伝説が残る。
今年1月。青ケ島村役場でパソコンを開いた吉田昌信総務課長(36)は驚いた。
《国家滅亡の危険》
《外国人に占領される》
外国人の地方参政権に反対するメールだった。その後2週間、届くメールを削除し続けた。「いったい何なんだ」
同じころ、他の伊豆諸島や小笠原諸島にも似た内容のメールやファクスが殺到した。老人ホームや小学校、民宿……。1日に千通を超えるメールを受け取った人もいた。
島々を選挙区とする東京都議補選が近づいていた。自民が保つ議席に、政権交代を果たした民主が挑んだ。主な争点は島の振興策だった。
だが、島の現実とは無関係に、ネットでは侵略への「警告」が拡散していた。
青ケ島に中国人が大量移住。島が独立し、中国と同盟。在日米軍を封じ、中国が台湾と沖縄を侵略する――。
昨年11月、東京都武蔵村山市の天目石(あまめいし)要一郎市議(41)はそんな筋書きをブログに書いた。宝島社が今春出版した本に、これをもとにしたシミュレーション小説が載った。
青ケ島に注目したのは、村が全国で最も人口が少ない自治体だからだ。「村長選が10票ほどの差で決まる。わずかな人を動かせば牛耳られる。国防の盲点です」
西に約千キロ。朝鮮半島に近い長崎県対馬では2008年秋、島外から来た市民団体のシュプレヒコールが響いた。
「対馬市民のみなさん、目を覚ましてください!」「これは戦争なんです!」
近年、韓国人の旅行客が急増している対馬。08年には島の人口の倍にあたる約7万2千人が訪れ、韓国人向けの宿泊施設もできた。
市民団体は土地の買い占めも進むと主張。「朝鮮人をたたきだせ!」と叫んだ。市民団体の代表は市議会議長らとも面会し、自説を展開した。
今年3月下旬。対馬市議会は、この市民団体が持ち込んだ外国人参政権反対の意見書を一部修正して採択した。
外国人参政権への反対や慎重な審議を求める意見書を可決したり請願を採択したりした県議会は35。急速に広がるうねりの中で「国土が侵略される」という話が、日本の端々で叫ばれる。
青ケ島などに送られたメールをたどると、あるブログに行き着いた。
その主が都内在住のジャーナリスト、水間政憲(まさのり)氏(59)だ。外国人参政権反対や民主党批判の言葉とともに、メールやファクスの送り先として、伊豆・小笠原諸島の150件以上の連絡先があった。
「メディアがきちんと報道していれば、ネットの人たちが心配することもなかった。日本を危険にしたくないという善意の行動でしょう」。水間氏は、島々に殺到したメールについてそう語る。
ブログを始めたのは3年ほど前だ。「どこのスイッチを押せば、事態がどう変わるか分かりますから」
文章はすべて携帯電話に打ち込み、協力者に送信する。協力者が体裁を整えてブログに掲載する。送信先は、ブログを読んだ人たちが集めた。「私は情報を伝えているだけ。サイレントピープルで、忸怩(じくじ)たる思いでいた人たちがネットで覚醒(かくせい)している」
取材の後、水間氏のブログが更新された。
自分たちを《発信能力を手に入れた善意の個々人》と称し、朝日新聞の取材についてこう記した。《参議院選挙を前にインターネットユーザーの力を削(そ)ぐ謀略を仕掛けてくる可能性があります》
(この連載は計5回の予定で、野崎健太、前田基行、杉山麻里子、西川圭介、石田博士、阿久沢悦子が担当します)
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〈外国人地方参政権〉 日本に住む外国人が地方議員と首長の選挙で投票できるようにする制度。鳩山政権は国内の永住外国人約91万人を対象にすることを検討している。永住資格取得には原則10年以上の在留が必要で、国籍取得の5年以上よりも長い。最高裁は95年の判決で、選挙人名簿への登録を求めた在日韓国人の請求を棄却したが、地方参政権を与えるのは必ずしも違憲といえないとした。民主党や公明党などが同様の法案を提出してきたが、いずれも成立には至っていない。