厚生労働省のワーキンググループ報告による「パワハラの行為類型」は、各社の現場でも話題になっている。特に、部下から上司への嫌がらせもパワハラと認めたことは、従来あまりなかった視点だった。
ある会社では、部下の対応に手を焼いた新任課長が、人事に「これって逆パワハラじゃないの?」と相談しにきたという。
声をかけても返事しない「会社に来るのも憂鬱ですわ」
――ソフトウェア開発会社で人事をしています。先日、開発部のA課長から「部下が言うことを聞かなくて困っている」という相談を受けました。
部下たちに仕事に対する提案をしたり、疑問を呈したりしても、
「いまは忙しくて取り掛かれません」
「いままでこれでやってきましたから。何の問題もないはずです」
「それは私の仕事ではないです。押し付けないでください」
などと言われることが多々あるのだとか。必要な情報が自分だけ知らされていないこともあり、それが何度かあったので「悪意があるのではないか」「これは嫌がらせか」と疑っています。
職場で部下に声をかけても、返事をしない社員もいるし、「このままだと何かトラブルが起きそうですね。会社に来るのも憂鬱ですわ」と苦笑いしています。
Aさんは他の開発会社で若くしてマネジャーとして実績を上げてきた人で、うちのトップが直々に交渉して転職してきてもらった経緯があります。
トップに「停滞しているウチのやり方を変えて欲しい」とハッパをかけられ、意欲を持って臨んだものの、それがかえって現場の反発を買った可能性があります。入社当初は明るかった表情にも陰りが出ています。
最近では部下から上司に対するパワハラも認められているそうですが、今回の件はそれに該当するでしょうか。もしそうだとしたら、どう対処したらよいのでしょうか――
社会保険労務士・野崎大輔の視点
逆パワハラは、まずマネジメント上の問題として考える
厚労省ワーキンググループの報告の中では、同僚や部下からの嫌がらせもパワハラとするとされています。相談の内容は、いわゆる「逆パワハラ」といっていいでしょう。ただし解決方法は、部下が被害者となるパワハラとはアプローチが異なるのではないかと思います。悪質な場合は会社の支援が必要になるものの、管理職には業務において部下を従わせる権限があり、それを適切に行使することで、通常のマネジメント上の問題として解決できる部分が大きいということです。
管理職の指示を聞かない部下は服務規律違反であり、処分の対象となりえます。A課長は部下に対する指示内容を明確にし、何に従わなかったのか、それによってどういう問題があったのかを明確にし、まずは部下を指導すべきでしょう。それでも従わない場合には部長や人事に報告し、懲戒や配置転換を含む毅然とした対処をすべきです。部署の業務を経験したことがなかったとしても、組織の責任と権限を担うのは管理職です。経営管理の視点からは、いくら仕事ができても「勘違いした部下」は甘やかすべきではないということになります。
臨床心理士・尾崎健一の視点
問題点を具体的に指摘する「現状把握」が大切
人間や人間社会には保守性や慣性といったものがあり、過去に続けてきたやり方を変えることに不安や抵抗といったストレスを感じるものです。新しい管理職が「これまでのやり方を見直すように」と言ったところで、なかなか従えるものではありません。しかし、だからといって「強すぎる現場」がやりやすいように放置していたのでは、会社としての全体最適が図れません。「上司が嫌い」ということも言い訳になりません。
抽象的なねらいや目標を示しただけで、自立的に対応できる人や組織は強いのですが、そうでない場合には、問題点や改善方法をなるべく具体的に指摘しなければ通じません。そのためには、何より「現状」の把握が重要になります。業務マニュアルがある場合にはそれを読み込み、未整備の場合には整備させることを優先しましょう。その上で、現在起こっている不備の聞き取りを行ったり、高い目標の達成を阻んでいるボトルネックを見つけたりします。こういった取組みは、管理職に従わない部下をいつでも配置転換できるようにする前提にもなります。
(本コラムについて)
臨床心理士の尾崎健一と、社会保険労務士の野崎大輔が、企業の人事部門の方々からよく受ける相談内容について、専門的見地を踏まえて回答を検討します。なお、毎回の相談事例は、特定の相談そのままの内容ではありませんので、ご了承ください。