スーパーマーケットのなかでも業績好調なアークス、ヤオコーの2社。筆者は両社を視察した結果から、両社における店舗経営の方向性は逆だが、狙いどころは同じであると説く。
アークスグループの「八ケ岳連峰経営」とは
昨年末から今年年初にかけて、日本を代表する2つのスーパーマーケットの本社を訪問した。一つは、北海道札幌市のアークスグループ。もう一つは埼玉県川越市のヤオコー。アークスの横山清社長は新日本スーパーマーケット協会の会長。ヤオコーの川野幸夫会長は日本スーパーマーケット協会の会長。両氏ともに、業界のカリスマ的リーダーである。
それぞれ、トップ2人の話を伺い、基幹店を見学し店長の話を伺うという充実した視察だった。今回は、その視察のレポートというには短すぎるが、わが国のスーパーマーケットの元気の源について感じたところを書きたい。
アークスグループの2010年度の売上高は、合併したばかりのユニバースを入れると4000億円強でライフコーポレーションに次いで業界2位。経常利益は142億円で、これは業界1位。営業面では、一物三価の価格設定が有名だ。たとえば、1本100円の大根も、2本買えば190円、3本なら270円となり、ロット買いを促す。北海道は北の大地。人口密度は低く購買距離は長い。その分、購買頻度が低く、1回当たりの購買量は大きい。それに伴い、価格志向も強くなる。そうなると、仕入れコストの低下が競争のカギになり、企業規模の拡大、店舗数増加が目指される。同社が、このところ相次いで他スーパーマーケットと連携しているのも、それへの配慮だと言えば納得もいく。
ただ、同社は、規模拡大に向けて無差別に注力しているわけではない。規模拡大・店舗数増加だけが目的であれば、調子のよくない小売企業を吸収合併し、自分の店流に変えていくやり方が早い。全店標準化の狙いだと、このやり方が一番だ。
全店標準化は、アメリカのチェーン理論が教えるところの方策であり、わが国でもチェーン経営の本質として喧伝されてきた。それで成功したのはコンビニ。店の規模、取り揃える商品群とその棚割り、使用する機器、店でのオペレーションなど、すべてが標準化される。それだと、たとえ一店一店の規模は小さくとも、一括大量仕入れでコスト低減を最大限図ることができる。そもそも小売チェーンは、アメリカにおいて、その種の効果を得るために発明されたビジネスモデルだ。
だが、アークスグループは、このやり方に全面的に従っているわけではない。業績のいい企業同士が合併して、それぞれのよさを残していこうとする。横山社長の言葉で言うと、「八ケ岳連峰経営」だ。それぞれの山がそれぞれに機関車となって進む経営である。他方、全店標準化経営に従えば、富士山のように一つの山が聳え立つ「一機関車型経営」になる。つまり、アークスグループでは、規模の経済や標準化の追求は最優先ではない。
こうした理念の下、異なるタイプの店が展開されている。それは、地域のニーズや地域の競争状況に従い、それぞれの店舗のポジショニングを考えるものである。コストパフォーマンスだけ狙った標準化の限界を認識し、できる限り多様化していこうという方策である。そのバランス感覚が、同社の経営の中心にある。
ヤオコーは「ミール・ソリューション」に注力
ヤオコーの10年度の売上高は2210億円。経常利益は94億円。売上高経常利益率(4.3%)は、この業界では平均すると2.5%前後なのでかなり高い。それを可能にする独特の経営がある。
まず、小売店の飛び道具といわれる、「安売り」と「ポイント」は使わない。飛び道具を封じられた各店は、それ以外で店の魅力づくりを図る。それが、店それぞれをエリアに合わせたミール・ソリューションの展開だ。具体的に、同社は、惣菜類(寿司・ベーカリーを含む)と生鮮を合わせて、全店売上高の半分を占めることを目標として掲げる。そのために、とりわけ惣菜類の売り上げ拡大に力を注ぐ。それは、スーパーマーケットの新しい手本となるものだといわれる。
スーパーが誕生した当初、「安かろう、悪かろう」と言われた。だが、その後、各社の懸命の努力で、生鮮3品の品質価格において小売市場のレベルに追いついた。それが1980年前後。しかしその後、経済の成熟化が進むにつれ、生活者の美味しさへの期待は増し、それに応じて食品加工度の要望も上がっていった。魚一匹を買って自分で料理するより、盛り合わせの刺し身や煮つけを買う。野菜サラダも、盛り合わせサラダを店でそのまま買って帰るというやり方が好まれる。鮮度・品質のよい生鮮素材を多種多様に取り揃えるだけでは、現代の生活者の要望には応えられない。
ヤオコーは、そうした状況を読み、三味という惣菜メーカーを子会社として持ち、惣菜類事業の展開に努力を重ねる。お店で「『おはぎ』がわが店の売り物」と勧められ、おはぎを買って店内のお茶が準備された休憩所で食べた。「いくつも食べることができるよう甘さを抑えています」とのことだったが、確かにしっかり2つは食べられそう(笑)。
お客さんへの日々の食提案も進んでいる。店の中に「クッキングサポート」のコーナーを設けているのだ。そこで、店内の素材を用いて今夜の食事メニューを提案する。主婦パートナーが大活躍するのだが、それについては小川孔輔氏の「心理学が解明! ヤオコー『22期連続増収増益』の秘密」(>>記事はこちら)に詳しい。
より美味しい、和洋中の多様な食事を求めるのが時代の流れ。それに沿った店づくりに励むヤオコー。だが、標準化の方策も怠りない。小川氏が『しまむらとヤオコー』の中で指摘しているが、陳列棚に縦系列に商品を並べる並べ方など、共通マニュアルが各店で徹底されている。いわば、「多様性を求める中で標準化も徹底させている」。
急ぎ足の紹介になったが、いくつか気がついた点を述べたい。第一に、専門食品スーパーといっても、タイプは一つではない。分化が始まっている。一つは、アークスのように価格志向のタイプ。もう一つは、ヤオコーのように食提案志向のタイプ。両者は棲み分け可能だ。それぞれの店を贔屓する生活者とその買い方がそもそも違っている。価格志向の店には、週1度の大量購買が合う。他方、提案志向の店には、毎日購買する買い方が合う。
第二に、八ケ岳連峰経営を標榜し、店経営において、標準化志向の中に多様性を組み込もうとするアークス。逆に、店の個性を重視し多様性を志向する中に、店舗間の標準化を組み込もうとするヤオコー。方向は逆だが、狙いどころは同じ「多様性と標準化のバランス」。そのバランスの中に、わが国独自のスーパーマーケットの性格が生まれる。
その両社にとって一つのカギはボトムアップ経営。店の多様性は、現場の創意工夫によってしか生まれない。言い換えると、店を経営し、店の働き手の力をくみ取る若い元気のいい店長さんと、いつも買い手の気持ちになって考える主婦パートナーさんの力が、日本のスーパーマーケットを支えている。そのことをあらためて実感した次第。
20年に及ぶ経済と消費の停滞が続く中、小売業は構造不況業種と見られがち。だが、工夫次第で成長業種に変わる。そこがビジネスの面白さ。コンビニと食品専門スーパーは絶好調。ただ、その内容はずいぶん違う。徹底した中央集権のコンビニ。店の個性や現場の創意工夫を軸に置く食品スーパーマーケット。
同じ食品を売っていても、好不調に分かれ、また好調勢の中でも違う売り方がある。いい商品がすなわち、市場をつくるわけではない。カギを握るのは売り方なのだ。