ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
『茜空の軌跡』
第四十七話 鮮烈、ロランス少尉&ツカサ少尉
<グランセル城 女王宮>

正門付近に陣取っていた戦略自衛隊員達を全て倒し、作戦の成功に胸をなで下ろしていたエステル達。
しかし、クローゼ達と行動を共にしているはずのシロハヤブサのジークが助けを求める様に鋭い鳴き声を上げながら姿を現すと、明るかったエステル達の表情は引き締まる。

「どうしたのジーク、クローゼ達に何かあったの!?」

ジークはエステルの言葉を肯定するように鋭い鳴き声を上げ、エステル達を急かせるように部屋の中を飛び回った。

「シェラ姉、早くクローゼ達を助けに行かなくちゃ!」

あわてたアスカがシェラザードに声を掛けると、シェラザードは真剣な表情でアスカ達に声を掛ける。

「この場の処理は私達に任せて、あなた達4人は先に女王宮へ向かいなさい」
「うん、分かったわ!」

シェラザードにうなずいて答えたエステル達は女王宮のある空中庭園へと走った。
エステル達が空中庭園に出た時には鳴り響いていた雷も止み、風雨も弱まって来ていた。
しかしエステル達の心の中では嵐が吹き荒れ続けている。
庭園に人影が見当たらないと分かったエステル達は、一気に階段を駆け上がり女王宮の中へと踏み込んだ!

「ふはは、また愚かな反逆者共がノコノコとやられに来おったわ!」
「アンタはデュナン公爵!」

待ち構えていたデュナン公爵の姿を見たアスカは、人差し指でデュナン公爵を指差して叫んだ。

「お前達はあの時のメイドではないか!」

デュナン公爵もアスカ達の顔を覚えていたのか、同じようにアスカを指差して叫び返した。

「クローディア姫達をどうしたんですか」
「ふん、あの生意気な小娘と親衛隊長と帝国風の服を着た男は、そこの小娘の部屋に閉じ込めておるわ」

ヨシュアが尋ねると、デュナン公爵は中に入って右の方にあるクローディア姫の部屋の扉を指差した。

「彼女達を傷つける様な事をしたのなら、ただでは済みませんよ」
「そうそう、城の中に居たアンタ達の仲間はアタシ達が倒しちゃったわよ!」
「あの小娘達も偉そうな事をぬかしていたが、あっさりと負けおったぞ!」

シンジとアスカが武器を掲げてそう言うと、デュナン公爵は大声を上げて笑った。
そしてデュナン公爵の脇に立っていたカブトをかぶっている2人の黒服の傭兵がそれぞれ黒い剣と白銀の二丁導力銃を構えると、エステル達も呼応したように武器を装備した。

「ふふ、こやつらもお前達を狩りたくてウズウズしているようだな。良いだろう、さっさと反逆者共を始末せい!」

デュナン公爵は傭兵達に声を掛けると、奥にあるアリシア女王の部屋へと入ろうとした。

「ちょっとアンタ、逃げる気?」
「馬鹿者、これは戦術的撤退だ!」

アスカの挑発に、デュナン公爵は捨て台詞を吐いて部屋の中へと姿を消してしまった。
残った2人の傭兵達とエステル達は向かい合い、右手側に居たエステルとヨシュアは黒い剣を持った傭兵、左手側に居たアスカとシンジは二丁の導力銃を構えた傭兵の正面に立っていた。
屋根に打ちつけていた雨音も小さくなり、女王宮の中は静けさに満ちている。
その静寂を打ち破ったのは二丁拳銃の銃声とアスカの悲鳴だった。

「きゃあ!」

突然足元に威嚇射撃の嵐を食らったアスカは驚いて動きを止めた。
さらに黒服の傭兵は正面からアスカに接近したが、アスカは足が固まってしまい反応できない!

「アスカっ!」

エステル達の脳裏に、アスカがその黒服の傭兵に勢い良く蹴り飛ばされる姿が過ぎった。
しかし、実際に強烈な蹴りを食らったのは、2人の間に割って入ってアスカをかばったシンジだった。
左後方から蹴られる形になって体ごと吹っ飛んだシンジは、ぶつかったアスカと抱き合いながら床を転げた。

「エステル、危ない!」

アスカ達の様子に気を取られていたエステルにも、黒い剣を持った傭兵が近づいていた。
ヨシュアに注意を促されたエステルは何とかロッドで黒い剣の一撃を受け止めたが、素早い連続攻撃を撃ち込まれてしまう。

「うわっ!」

剣の勢いの激しさにロッドを手放してしまいそうになり、防戦一方のエステル。
状況を冷静に判断したヨシュアは黒服の傭兵の後ろに回り込んで双剣の一撃を加えたが、弾き返されてしまう。

「まさか『アースガード』の導力魔法(オーバルアーツ)!?」

予想しなかった反応にヨシュアは目を見開いて大声で叫んだ。
例えば傷を回復する『ティア』などの魔法が存在するように、導力魔法には『アースガード』と言う敵の攻撃を1度だけ完全に防ぐ障壁を発生させる魔法がある。
黒服の傭兵は戦闘になる前に、あらかじめ自分にこの魔法を掛けていたのだろう。
エステルも驚いて、あぜんとした表情になった。
そして黒服の傭兵は黒い剣に力を込めると、赤い光が音を立てて刀身に集まっていく!
エステルとヨシュアが目の前の気が付いた時は遅かった、2人は衝撃波を受けて体を突きとばされ、しりもちをついた勢いで武器を床に手放してしまった。
抱き合って倒れてしまったシンジとアスカもこめかみに銃口を突き付けられている。
1分も経たないうちにエステル達は完敗を喫してしまったのだ。



<グランセル城 女王宮 クローディア姫の部屋>

武器を手放して無力化してしまったエステル達は、黒服の傭兵達に武器を突き付けられる形でクローディア姫の部屋へと押し込められた。
部屋の中ではクローゼ、ユリア隊長、オリビエの3人が椅子に手足を布で縛られており、口も大声を出せないように布で塞がれている。

「クローゼ!」

拘束されたクローゼ達の姿を見て、エステルは叫び声を上げた。
クローゼ達はエステル達に答えようとするが、うなるような声しか出せず、目で訴えるしか出来なかった。
見張りをしていた戦略自衛隊員が同じようにエステル達を縛り付ける。
エステル達の他にも後続が来るのを予測済みなのか、黒服の傭兵達はすぐに部屋を出て行った。
しばらく視線を動かしてお互いに見つめ合うだけの時間が流れる。
エステル達が飽き始めた頃、部屋の外から激しい剣戟の音が伝わって来た。
大きく城全体が揺れた後、辺りが静まり返るとエステル達は、また誰かがあの傭兵達に敗れて連れて来られるのかと思った。
今度はシェラザード達だろうか。
しかし、エステル達の予想に反して、部屋に姿を現したシェラザードとアガットは見張りをしていた戦略自衛隊員達に襲いかかった!
そして戦略自衛隊員達を倒したシェラザード達は、エステル達の拘束を解いて行った。

「シェラ姉、無事でよかったわ!」

解放されたアスカは嬉しそうにシェラザードに飛び付いた。

「まったく、そんなに心配する事無いじゃない」

シェラザードは苦笑しながらそう答えた。

「だってアイツらってば、半端じゃない強さだったのよ。アタシ達は手も足も出なかったわ」
「……僕達の完敗です」

アスカの意見にヨシュアもうなずいて同意した。

「でもあの2人相手に勝っちゃうなんて、さすがシェラ姉達ね!」
「うーん、そうとも言えないのよ」

エステルに褒められたシェラザードは複雑な表情で黒服の傭兵達と戦った時の事を話し始めた。
黒服の傭兵達にエステル達が負けてしまった後、再びジークが助けを呼びに階下へと飛び、シェラザードとアガットとジンの3人が先行して女王宮に駆け付けたらしい。
そして待ち受けていた黒服の傭兵達に挑発され、シェラザードは銃を持った傭兵、アガットは剣を持った傭兵とそれぞれ一対一の決闘をする事になった。
しかしシェラザードとアガットの苦戦を目の当たりにしたジンがルールを破って加勢してしまった。
武術家として修業を積んだジンの強さは傭兵達の実力に迫るものがあるらしく、情勢が不利だと悟った黒服の傭兵は黒い剣から強烈な衝撃波を床に向かって放った!
激しい揺れにシェラザード達が驚いている間に、黒服の傭兵達はアリシア女王の部屋に逃げ込んだ。

「ちいっ!」
「まさかアリシア女王を人質に取る気!?」

アガットとシェラザードがあわててアリシア女王の部屋に踏み込むと、そこには黒服の傭兵達の姿が見当たらなかった。

「女王様、ご無事ですか?」
「ええ、私は大丈夫です」

シェラザードが声を掛けると、アリシア女王は凛とした表情でそう答えた。

「あの傭兵達はどこへ行きました?」
「甥のデュナンと共に奥のテラスの方へ走り去りました」
「よし、逃がさねえぞ!」

ジンの質問にアリシア女王がそう答えると、アガットは奥の扉から部屋を飛び出して行った。

「お、おい、反逆者共がここまで来たぞ!」

アガットがテラスに姿を現すと、デュナン公爵はうろたえて黒服の傭兵に声を掛けた。
女王宮のテラスは眼下にヴァレリア湖を望む事の出来る断崖絶壁にせり出している。

「もう逃げ場は無いようだな」
「く、来るな!」

自信たっぷりにアガットが言い放つと、デュナン公爵はテラスの縁まで後ずさりした。

「……どうやらこれまでのようだな」
「あーあ、もうちょっと楽しみたかったのに残念ね」
「まさかお前ら、白旗を上げるのではないだろうな!?」

黒服の傭兵達が互いに言葉を交わすのを聞き、デュナン公爵は驚いて尋ねた。
その言葉に答えるかのように黒服の傭兵達は両手を上げた。

「ふうん、潔い態度じゃないの」

シェラザードは感心したようにつぶやいた。

「なんてね、冗談よ」

そう言った黒服の女傭兵はもう1人の男の傭兵達と同時にテラスから飛び降りた!
驚いたアガットは大声を上げる。

「何だと、あいつら死ぬ気か!?」
「いや、湖に落ちた様子は無い」

水面に波紋が立っていないのを見て、ジンはそうつぶやいた。

「まったく、人並み外れたやつらね」

シェラザードも黒服の傭兵達が消えた湖の方を見下ろして半ばあきれた表情でため息を吐き出した。
その後残ったデュナン公爵からエステル達の事を“優しく”聞き出したシェラザードは、アリシア王女とデュナン公爵をジンに任せ、アガットと共にクローディア姫の部屋に居るエステル達を助けに来たのだった。

「可愛い妹達に傷一つ付けていたら、あんたの腕や足の一本や二本折ってやるって凄い剣幕だったぜ」
「シェラ姉……」

アガットがからかってそう言うと、エステルは嬉しそうな笑顔になった。
するとシェラザードは照れたように咳払いをした後、エステル達に声を掛ける。

「でも、あんた達にも怪我が無さそうで何よりだわ」
「あたしとヨシュアは衝撃波に飛ばされて、しりもちをついただけだから平気よ、でもシンジがね……」

エステルはそう答えて、クローゼに治療を受けているシンジの方を見た。

「シンジさん、まだ肩は痛みますか?」
「うん、でもずいぶん楽になったよ」
「ごめんなさい、導力魔法では傷を回復する事は出来ても、痛みを消すのは難しいんです」

クローゼは悲しそうな顔でシンジにそう謝った。

「無鉄砲なバカシンジだからいけないのよ」

アスカが少し怒った表情でシンジに言うと、エステルがニヤケ顔でツッコミを入れる。

「アスカってば、シンジがせっかく捨て身で守ってくれたのに、素直になりなさいよ」
「別に嬉しくないなんて言ってないわよ」

シンジの方も、アスカがシンジの無謀さを攻めているのではなく、シンジにそんな事をさせてしまった自分に腹を立てている事、感謝の言葉の照れ隠しだと解っているようだった。
クローゼは相思相愛の2人を羨ましく思ってしまい、つい声を掛けてしまう。

「あまり無理はしないで下さいね」
「うん、分かっているよ」

クローゼの言葉にそう答えたシンジだが、クローゼにもシンジはアスカのためなら無理をしてしまう事は分かっていた。
寂しそうなクローゼの表情に気が付いたのか、ユリア隊長がクローゼの肩に手を置いて声を掛ける。

「クローゼ、女王陛下も心配なされています、早くお会いになられた方がよろしいかと」
「……そうですね」
「僕も同席してよろしいかな?」
「はい、構いません」

オリビエに尋ねられたクローゼはそう答えると、逃げるようにユリア隊長と共にアリシア女王の部屋へと向かうのだった。



<グランセル城 謁見の間>

城内に居た戦略自衛隊員達の制圧に成功したエステル達は、謁見の間に集まりこれからの方針について作戦会議を開いた。
遊撃士協会からエルナンも招かれ、アリシア女王は玉座に座って話し合いの様子を見守っている。

「それでは城に残っていた戦略自衛隊員は時間稼ぎのための足止め部隊だと言うのだな?」
「はい、リシャール大佐率いる本隊は地下遺跡、空軍部隊は国内に散らばって潜伏していると思われます」

ユリア隊長に尋ねられたエルナンがそう答えると、アスカが不思議そうな顔をして疑問を口にする。

「でも幹部のカノーネが居たんだから、完全におとりってわけでもなさそうだけど」
「ええ、強者の傭兵達を残していた所から、簡単に城も明け渡すつもりはなかったのでしょう」

エルナンはアスカの意見に同意してうなずいた。

「あの傭兵達は何者なの?」
「探りを入れた所、男性の方はロランス、女性の方はツカサ、共に少尉として戦略自衛隊に所属している事は分かっています。ですが過去の経歴は抹消されていて、名前以外は不明です」

シェラザードの質問にエルナンはそう答えた。

「特にレディの方の射撃能力はどこかで軍事訓練を受けていたかのようだったね」
「まさか、軍の出身だって言うんじゃねえだろうな?」
「リベール王国軍にも私やカノーネのような女性士官は居るが、姿を消したら目立って騒がれるはずだ」

オリビエの推測を聞いたアガットがそう言うと、ユリア隊長は首を横に振ってその可能性を否定した。

「あたし思うんだけど、リシャールさんはカノーネさんを危険な地下遺跡に連れて行きたくなかったんだよ」

しばらく黙って考え込んでいたエステルがそう言うと、アスカはハッと気が付いた表情になり、シンジの目を見つめ手を握って声を掛ける。

「アタシはそんな事をされても嬉しくないから、解っているわよね!」
「う、うん、もちろんだよ」

心の底を見透かされたような気がしたシンジは目が泳いでしまった。
動揺したシンジの態度を見て、アスカは怒った顔でシンジを握る手に力を込める。

「痛いってば!」
「こらこら、ケンカしている場合じゃないでしょ」

アリシア女王の前である事を忘れて騒ぐアスカとシンジに、シェラザードがあきれ顔で注意をした。

「アガットさん……」
「分かってる、そんな悲しげな目で俺を見るな」

ティータの視線を感じたアガットも困ったように頭をかいた。

「そのような危険な地下遺跡に、あなた達を行かせるような事になってしまい本当に申し訳なく思っています」

玉座から立ち上がったアリシア女王が頭を下げて謝ると、ユリア隊長があわてて声を掛ける。

「顔をお上げください、リシャール大佐を止められなかった我らにも責任があります!」
「そうよ、悪いのは秘密の合い言葉を話したデュナン公爵だわ」

アスカもそう言ってアリシア女王を慰めようとするが、アリシア女王は浮かない顔でため息をつく。

「どうしてデュナンもリシャール大佐も、武力を求めるようになってしまったのでしょう。やはり私が理想を追い求め過ぎたのがいけないのでしょうか」
「そんな事はありません、国同士の絆を深めようとするアリシア様のお考えは、帝国人の私から見ても素晴らしいと感じましたよ」
「私の故郷にも『城を攻めるは下策、心を攻めるが上策』との教えが伝えられております」

オリビエとジンがそう言ってアリシア女王を励ますと、続いてヨシュアも真剣な表情でアリシア女王に声を掛ける。

「僕も武力で人を従わせようとしても悲しい結果を産み出すだけだと思います」
「そうですね、百日戦役の様な悲劇を繰り返してはなりません」
「お祖母様……」

少し元気を取り戻し凛とした表情になったアリシア女王を見て、クローゼは胸をなで下ろした。
玉座の前に立ったアリシア女王が地下遺跡に向かったリシャール大佐達の野望を阻止しなければならないと宣言すると、謁見の間に居たメンバー達も心を一つにしてうなずいた。
そして具体的な地下遺跡に乗り込む話し合いを始めたエステル達の元に、兵士が息を切らせて飛び込んで来る。

「大変です、カノーネ大尉と戦略自衛隊の一味が、デュナン公爵と共に飛行艇で逃走しました!」

空中庭園に停泊していたクローゼ達が乗って来た飛行艇を、カノーネ達が奪い返して逃亡された事が告げられると、謁見の間が騒がしくなった。

「どうやら向こうも、こちらにスパイを送り込んでいたようだね」

話を聞いたオリビエは小さな声でそうつぶやくのだった。
拍手を送る
評価
ポイントを選んで「評価する」ボタンを押してください。

▼この作品の書き方はどうでしたか?(文法・文章評価)
1pt 2pt 3pt 4pt 5pt
▼物語(ストーリー)はどうでしたか?満足しましたか?(ストーリー評価)
1pt 2pt 3pt 4pt 5pt
  ※評価するにはログインしてください。
ついったーで読了宣言!
ついったー
― 感想を書く ―
⇒感想一覧を見る
※感想を書く場合はログインしてください。
▼良い点
▼悪い点
▼一言

1項目の入力から送信できます。
感想を書く場合の注意事項を必ずお読みください。


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。