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常識だと思っていたことがウソだったら?南京大虐殺・従軍慰安婦・地球温暖化
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中国軍が去って、南京市民に平和が訪れた
日本軍による南京占領の翌月、1月9日に南京に戻ったドイツ大使館のシャルフェンベルク事務長は、自分の目で実情を確かめた上で、「ラーベが語る日本軍の暴行事件」について、2月10日付で漢口のドイツ大使館にこう書き送りました。
「ラーベは最近、日本兵による血なまぐさい事件をまたぶり返し、それを阻止すべく、あいかわらず奔走している。だが私の意見では、ドイツ人はそんなことを気にとめるべきではない。なぜなら南京の中国人らが日本人に頼り、仲良くなっていることは、見れば明らかなことだ。第一、暴行事件といっても、すべて中国人から一方的に話を開いているだけではないか」(再審「南京大虐殺」世界に訴える日本の冤罪より)

当時の南京を物語る写真をご覧ください。
南京市民を守るどころか一目散に逃げ去った中国兵
南京市民にとってはむしろ中国兵がいなくなって平和が訪れたのです。

※現在の中国軍である「人民解放軍」は中国共産党のための軍であり、中国人民を守るための軍では無い。そのことは辛亥革命以降シナ事変当時でも同様で、中国共産党の軍と中国国民党の軍がそれぞれ存在し、シナ大陸での覇権を争っていたのであり、中国人民を守るための軍では無かった。

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日本兵から菓子をもらって喜ぶ南京の家族(1937.12.20撮影 朝日版支那事変画報1938.1.27刊)

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南京市民と楽しく会話する日本兵ら(1937.12.20撮影 南京占領の7日後 支那事変写真全集1938年刊)

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「中国人は日本人カメラマンが行くと、積極的に子供をかかえて撮影に協力してくれる。日本兵や日本人を恐れていなかった」(カメラマン佐藤振寿氏。南京占領の2日後 1937.12.15撮影 南京安全区にて)

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疫病防止のため南京市民に予防措置を施す日本の衛生兵(南京占領の7日後 1937.12.20林特派員撮影 朝日グラフ 1938.1.19刊)

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安全区で南京市民に食糧や菓子を配る日本兵ら(南京占領の5日後 1937.12.18付 東京日日新聞より)

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日の丸の腕章をつけ、通りで野菜を販売する南京市民(1937.12.15 南京占領の2日後)

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中国負傷兵を看護する日本の衛生兵(南京占領の7日後 1937.12.20林特派員撮影 朝日版支那事変画報1938.1.27刊)

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南京の中国人家族に紙幣を渡す日本兵(1937.12.27影山特派員撮影 南京占領の14日後 朝日版支那事変画報1938.1.27刊)

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釈放されて郷里へ帰る前に笑顔で写真におさまる中国兵捕虜たち(朝日版支那事変画報 1939.8.5刊)

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南京市民に食糧等を配る日本兵たち。(イギリス系新聞「ノース・チャイナ・デイリー・ニュース」1937.12.24付 南京占領の11日後)

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