手や身体の一部をデジタルコントローラーの代わりに使う技術の台頭により、マウスを使わずにコンピューターを操作する技術をめぐる競争が本格化してきた。
この技術の目標は、マウスをクリックしたり画面を触ることなしにジェスチャーでコンピューターなどの機器を操作することだ。同技術の推進者は、 ジェスチャー技術は多くの日常作業を容易にするだけにとどまらないとみている。例えば、3次元モデルの作成や、衣服が身体にフィットするかどうかの確認、 運動選手のトレーニング、あるいは手術中の医師がどこにも触らず医療診断画像を参照できるようにするなど、複雑な作業にも応用できる可能性があるという。
そうした可能性に目をつけたハイテク大手のマイクロソフトやアップル、グーグルに加え、テレビやコンピューター、その他ハードウェアを製造する メーカーも、ジェスチャー技術をめぐる競争でしのぎを削っている。2010年にゲーム機のアクセサリーとして「キネクト」を発表し、競争の火ぶたを切った マイクロソフトは21日、「キネクト」のパソコン用アプリケーションを開発するためのデベロッパー用ソフトウェアをアップデートする。
一方、小規模な新興企業はジェスチャー技術に基づいた一般向けの廉価製品を開発中だ。リープ・モーションは21日、デスクトップ型PCでもラップトップ型PCでも手や指を空間で動かすだけで操作できる機器を69.99ドルで発売した。
外見はガムのパックのように見えるこの機器は特に精密な動きを対象として設計されたものだ。例えばマイクロソフトの「キネクト」はテニスラケット を振るなど、大きな動きを追跡するが、リープ・モーションによると、同社の技術は1ミリよりも小さい単位で動きを追跡するため、それを使って字を書いたり 絵を描いたりできるという。
リープ社の最高技術責任者、デイビッド・ホルズ氏は同社製品を使ってユーザーが1つの動きでデジタルの球体を回転させたり拡大させたりできる方法を示した。これはマウスやタッチスクリーンではいくつかの手順が必要な操作だ。
ホルズ氏は地下倉庫にも似たサンフランシスコのオフィスで行われたインタビューで、同社製品では「実際につながっているという感覚」を得られるが、コンピューターを操作する既存のツールは「日常的な動きではない」と指摘した。
コンピューター操作をすべてジェスチャー対応とする必要はないだろう。だが、ハイテクの世界で勝敗を分けてきたのは常に新たなインターフェースだ。例えば、1980年代にアップルはマウスを同社のマッキントッシュ・コンピューターの重要な一部と位置付け、2007年には「iPhone(アイフォーン)」、そして後には「 iPad(アイパッド)」でタッチスクリーンを導入している。
アップルはまだジェスチャー技術に対する戦略を公表していないが、事情に詳しいある情報筋によると、同社は長年ジェスチャー技術を研究しているという。同社は、3次元のインターフェースを画面に触らず操作できる発明に関して特許を取得している。アップルからのコメントは得られていない。
ジェスチャー技術を支持する向きは、同技術が音声起動技術とともに、まったく新しいタイプの機器やアプリケーションにつながると考えている。例えば、動きを認識し、人間とコミュニケーションできるロボットや、理学療法で患者が正しく運動しているかどうかを確認できるシステムなどだ。
この分野にはベンチャーキャピタルも投資し始めている。「iTunes(アイチューン)」や「Spotify(スポティファイ)」などの音楽をユーザーの動きを、インターネットで映像を送るウェブカメラで捉えることによって再生・停止できるようにするアプリケーション「フラッター」を提供するボット・スクエア(カリフォルニア州マウンテン・ビュー)は、ベンチャーキャピタルを運営するアンドリーセン・ホロウィッツ氏やNEAなどの投資家から140万ドルを調達した。同社のナブニート・ダラル最高経営責任者は、このほかにもアプリやジェスチャー対応技術を発表する予定だと述べた。
一方、リープ・モーションはハイランド・キャピタル・パートナーズとファウンダーズ・ファンド、そしてアンドリーセン・ホロウィッツ氏などから合計1455万ドルを調達している。
マイクロソフトが今年発売したウィンドウズPC用の既存の「キネクト」バージョンは身体全体の動きを追跡するものだが、同社は新しいソフトウェアは頭部や首、腕などを含め、より多くの関節の動きを追跡できるとしている。
ウィンドウズ用キネクトのジェネラルマネージャー、クレイグ・アイスラー氏によると、キネクトの現行バージョンはソフトウェア開発者によって35万回以上ダウンロードされた。これを利用して、手術中に医師が3次元で患者の画像を確認したり、3次元のボディスキャナーを安く作成できる可能性があるという。
この他にも、さまざまな試みが進行中だ。グーグルは最近、同社が開発中の特殊なメガネに関する情報を実用化に先がけて公表した。このメガネをかけたユーザーは、センサーと音声認識機能、ジェスチャー操作を組み合わせ、周りの環境の情報を得ることができる。
イスラエルのモーション・センサー技術開発会社、プライムセンスでマーケティング部長を務めるタル・デイガン氏は、前に立つ人によって内容が変わる看板や、店舗内を案内するロボットなどにジェスチャー技術を応用できると考えている。
現在23歳のリープ社のホルズ氏が同社の技術を開発し始めたのは高校生のときだ。マウスで3次元のオブジェクトを描画することにもどかしさを覚えたことが始まりだという。
同氏はノースキャロライナ大学の博士課程を中断してフロリダ州の中学のときの同級生、マイケル・バックウォルド氏と起業した。この1年半、両氏は20名の従業員とともにソフトウェアと「リープ」の完成を目指してきた。出荷は今年12月から来年2月の間に予定されている。
「キネクト」同様、「リープ」は赤外線を使い、3次元のゾーンを作り出し、そこで詳細な動きを検知する。接続されたコンピューター上のソフトならどのようなものでも操作できるが、同社ではソフトウェア開発者がジェスチャーに最適化したアプリケーションを開発してくれることを望んでいる。
バックウォルド氏によれば、同社はラップトップやその他の機器に同社の技術を応用する可能性について複数のパートナーと交渉中だ。