マグロ仲卸業 生田與克
 
 日本の伝統的さかな文化を学ぶ「魚食スペシャリスト検定」を行っておりますNPO法人「魚食文化の会」代表であり、築地市場仲卸業者の生田よしかつです。
 皆さん、今年の大型連休はどのように過ごされましたか?私は原稿書きで、部屋に閉じこもっていましたが、ほぼ毎年この時期には潮干狩りに行きます。東京湾の羽田での潮干狩りです。えっ?羽田?と思われる方も多いと思います。

羽田空港近くで漁師をやっている友人がおりまして、その友人に船を出してもらい、潮が引くのを待ち、膝まで水につかりながら、アサリ、ハマグリを掘り出します。梅雨に産卵を控えているアサリ、ハマグリは、自分の殻から身がはみ出るくらい、ぶっくぶくに太っていて、これが本当に美味いんです。
ここ羽田で捕れるのは貝類だけではありません。カサゴ、メバルは手軽に釣れますし、季節が変わればワタリガニやハゼ、アナゴ、スズキなどが捕れ、おかげさまで私は一年中美味しい思いをさせていただいております。
そして、最新鋭の飛行機が離着陸をし、一日何十万人という人たちが行き来する、日本最大の空港の傍らで、これだけ美味しい魚貝類が捕れるなんて、生命をはぐくむ海の力に驚かされます。まさに母なる海の恵みを実感します。
さて聞くところによると、この羽田空港周辺の多摩川河口でも、かつてはたくさんのウナギが捕れたそうです。とても脂の乗りが良く、身がふっくらとしていて本当に美味かったそうです。
ところで、皆さんもウナギの値段が高騰し続けているというニュースを、最近良く耳にされているのではないでしょうか?養殖ウナギの原料であるシラスウナギの取引価格が、キロ当たり50万円くらいだったものが、今シーズンは200万円を超えてしまっています。
なぜこんなに高騰をしているのか?答えは簡単。シラスウナギの極端な不漁が続いているからです。
なぜ不漁が続いてしまっているのでしょうか?水産庁の発表では、環境の変化をはじめとして、捕るだけ捕ってしまう乱獲などが原因だとしていますが、結局のところは、よく解らないとのことです。マスコミもそれに倣い、なす術がないと繰り返すばかりです。確かにウナギの生態は未だに謎がたくさんあります。
でも、私たちにできることは、ただ指をくわえて、安くなりますようにと祈ることだけでしょうか?
いいえ違います。私たちは、まずは反省からはじめなければならないと、私は思います。
ちょっと思い出してみて下さい。ほんの数年前まで、スーパーには安売りのウナギが山に積まれ、お持ち帰りの弁当屋、果ては牛丼店にまで安いウナギが並べられ、その価格はなんと500円以下でした。
安くなったときには右へ倣えで、いろんな業種がウナギを扱いました。そして今このような価格の高騰を迎え、その人たちはさっさとウナギをあきらめました。無責任とも見えますが、商売としては、それで正解でしょう。しかし真面目に美味しい蒲焼やうな丼、うな重を作ってきた、昔ながらのウナギ屋さんは悲鳴を上げています。ほかの品物に逃げることが出来ない彼らこそ無秩序な価格高騰の被害者です。
これがまさに私たちの乱獲・乱売・乱食の結果であり、いわば自業自得だと、私は思います。
そもそもウナギは晴れの日の食べ物です。親戚が久しぶりにきたからとか、遠方のお客様がわざわざ訪ねてくれたとか…そういった特別な時に振る舞うのがウナギだと思います。
またウナギは「裂き3年、串打ち8年、焼きは一生」という程、長い修業が必要な職人技によって作られています。決して素人には真似はできません。こういったひたむきな行為に価値を見出して、お金を払って食べるのが本当の外食文化だと、私は思います。
最悪のシナリオでは、ウナギがほとんど捕れなくなり、それによって職人がいなくなり、日本独自の素晴らしい伝統食が食べられなくなることもあり得ると思っています。
 こういう時こそ、みんなが知恵を出し合い、どうしたらウナギの減少を止めることが出来るのか、回復させることが出来るのかを考えるべき時です。特に行政のいち早い動きに期待したいものです。

 話は変わりますが、記憶に新しいところで、今年正月、築地市場のマグロの初セリで、なんと史上最高値の一本5600万円のマグロが登場しました。
 確かに昔からご祝儀相場はありました。でも年々1000万円単位で高騰していく近年は、明らかに異常な状態です。業界や、開設者である東京都も問題視しています。
 マスコミはこぞってこのニュースをゴールデンタイムに流し、我さきに話題のマグロを食べようとする人々の映像を流していました。そしてインタビューに得意満面で答えていました。「やっぱり最高値のマグロは違いますね」…いいえ違いません。
 はっきり言って、そのマグロにそれだけの価値があったと私は思っていません。事実その日のセリで2番目に高値だったマグロは一桁違う価格でした。そして品質はと言えばその最高値マグロと勝るとも劣らないものでした。
 何故このようなことが起きてしまっているのでしょうか?あまりほめられたことではないと思いますが、マスコミの騒ぎに乗じて商売を延ばそうと考えている業者がいることも確かです。
 残念ながらこれも商売のひとつとして認めざるを得ません。
 しかし問題はそれにまんまと乗せられ、大騒ぎをする関係者、消費者の無自覚さには、呆れてものが言えません。上っ面だけの情報を受け、右往左往する。まさに無責任な醜い姿をさらしていると私は感じています。

日本人は古来より自然に感謝し、自然から与えられた生命を尊んできた民族です。冷蔵庫はおろか、氷もなかった時代、私たちの先輩は、様々な工夫をして、すぐに傷んでしまう魚を保存できるようにし、その上美味しい食べ物としました。それが干物であり、塩サケや塩ぶりといった塩ものです。
これはただ単に食べるためだけでなく、大自然から恵まれた尊い生命をとても大切にし無駄にしないという日本人の生命への優しさ、自然への謙虚さの表われだと思います。

 食べ物を美味しく食べるということは素晴らしいことです。これは人間に与えられた特権でもあると思います。しかしわれわれ人間が日々口にしている食べ物はすべて自然から与えられた生命なのです。もう一度言います。食べ物はすべて自然から与えられた生命なんです。残念ながら私たちは、このことをすっかり忘れてしまっているようです。
日本人の根本は自然を畏れ、敬うという謙虚さだと思っています。そして四季を感じ、その季節ごとに自然から与えてもらう生命を有難く味わう。
この気持ちこそが日本人の誇りではないでしょうか。
この豊かな時代だからこそ、食べるということの原点に立ち戻り、謙虚に考えることこそが、本当に大切で尊いことだと思います。