11年のタイ経済は東日本大震災によるサプライチェーン(供給網)の寸断と歴史的な大洪水というダブルパンチを受けた格好となったが、12年も国内外の不透明要因が多く、前途は多難と言えそうだ。
今回の大洪水では、7つの工業団地が冠水し、およそ450社の日系企業が被災するなど同国の製造業が甚大な被害を受けた。タイの11年10月の製造業生産指数は前年同月比マイナス35.80%と急激に減少。「リーマン・ショックのときよりも大きく落ち込み、タイの生産が壊滅的な打撃を受けたことが改めて確認された」(みずほ総合研究所 アジア調査部主任研究員・苅込俊二氏)。
タイの11年7−9月期の実質GDP(国内総生産)は前年同期比3.5%増と堅調だったが、10月に洪水被害が深刻化したことから、タイのNESDB(国家経済社会開発委員会)は10−12月期のGDP成長率が前年同期比で3.7%のマイナス成長に陥ると予想。工業団地での排水作業が順調に進んで最悪期は脱したものの、「生産活動が洪水前の状況まで回復するのは12年半ばになる」(みずほ総合研究所の苅込氏)とされる。
クレディ・スイスは12月13日付のリポートで、「タイ中央銀行が現在予想している12年の経済成長率4.8%には下ブレリスクがある」と指摘している。同社では、12年のタイ経済が中銀の見通しを大きく下回る3%の成長にとどまると予想。台湾の金融大手KGIグループ傘下のKGI証券も12年のタイの成長率について3−3.5%と中銀より悲観的にみている。
こうした市場の見方と中銀の予想がカイ離しているのは、欧州債務危機の影響がタイ経済にどの程度及ぶかについて見解が異なっているためだ。12年は復興需要が景気を下支えするとみられる一方、外需の落ち込みが輸出依存度の高いタイ経済の成長を押し下げる可能性がある。しかし、12月13日付の地元紙バンコク・ポスト(電子版)が伝えた中銀のマクロ経済担当ディレクターの発言によると、中銀が見込んでいる12年の4.8%という成長率は、欧州債務危機がタイ経済に与える影響は限定的という仮定に基づく。反対にクレディ・スイスは、世界的な景気減速や長引く欧州債務問題により、12年にタイの輸出が抑制されると分析している。
タイ中銀は洪水の経済への影響を考慮して、11月30日に政策金利を3.5%から3.25%に引き下げることを発表した。KGI証券(タイ)経済・戦略リサーチ部門 アナリストのプラコム・パートンボーン氏はモーニングスターの取材に対して、「中銀は物価が上昇するなかでも景気を下支えする必要があるため、12年1月25日の金融政策決定会合で0.25%の追加利下げを実施するだろう。その後、4−6月期までは政策金利を据え置くとみるが、欧州債務危機が本格的に深刻化することで、7−9月期に2.25−2.5%まで再利下げを行う」と予想する。
さらに、同氏によると、「タイは11年ほどひどくはないが、12年も大雨に見舞われる可能性が高い」とされ、これも中銀が追加利下げに踏み切ると予想する根拠となっている。同国気象局が11月に発表したところによると、12年を通じて異常気象の原因となる「ラ・ニーニャ現象」の影響を受け、タイでは豪雨や大洪水を引き起こす熱帯性低気圧が発生するとみられている。
ただ、タイの消費者物価指数の上昇率(前年同月比)は4%台で高止まり。洪水被害が収束した後に、インフレに落ち着く兆しが見られなければ、「物価抑制を重視するタカ派のタイ中銀が利上げに動く可能性も否定できず、その場合は成長が鈍化する」(ニッセイ基礎研究所 経済調査部門 研究員・高山武士氏)との見方もある。
タイの景気をみるうえでは、政治情勢への目配りも欠かせない。足元で、政治的混乱の火種としてくすぶっているのが、インラック首相の実の兄で元首相のタクシン氏への恩赦をめぐる問題だ。11月半ばには政府が秘密裏に開いた閣議で海外亡命中の同氏に恩赦を与えることを検討したと伝えられ、反タクシン派の猛反発を招いた。政府は報道を否定したものの、12月半ばには、タイ外務省がタクシン氏に10月にパスポートを発給していたことが判明。同氏のタイ帰国実現に向けた動きの一環とみる向きもある。
KGI証券のパートンボーン氏は、「インラック政権がタクシン氏に恩赦を認める方向で話をさらに進めれば、反政府活動が起こり、短期的に政治的な不安定さと暴動につながる可能性がある」と指摘。タイの景気に悪影響を与えるリスク要因として警戒しているという。
坂本 浩明