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【土曜訪問】

飽くなき興味と分析 言葉を拾い時代を見つめる 亀井肇さん(新語アナリスト)

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 日々、新たに生まれる言葉を分析し、背景にある社会事情や流行を読み解くのが「新語アナリスト」なのだという。すき間産業−。自由国民社の看板刊行物『現代用語の基礎知識』に十九年関わり、編集長を十年務めた亀井肇(かめいはじめ)さん(68)は、今の肩書をそう表現した。

 「幸か不幸か、後継者と呼べる人はいません。他人が入ってこられない小さなすき間にひょこっと体を入れたんですが、抜けることもできなくなった。そういうことじゃないですか」と笑う。最近、気になった単語を挙げてと頼むと、しばし考え「『イヤミス』、それから『エンゲージフォト』。何だか分かりますか」

 新語、流行語を見つめて四十三年になる。代表作の一つ『外辞苑 平成新語・流行語辞典』(平凡社)によると、もとはどちらも「新造語」。新語は人目に触れ続け、ついには国語辞典にも載って定着する。流行語は誕生直後に巨大なエネルギーを発し脚光を浴びるが、短期間で勢いを失う。こうした過程を追う手法は出版社時代と変わらない。じっくり新聞や雑誌を読み、目新しい言葉を拾い上げる。既知の言葉には新たな要素が含まれていないか、関連用語を含めチェックする。近頃はテレビの韓流時代劇がBGM代わりだ。

 最盛期は十本以上の連載や出演番組を持ち、多数の解説書を著した。NHKのラジオ番組で十数年担当した「当世キーワード」を三月に終えたばかり。徐々に仕事を減らしているというが、今もインターネットの辞書検索サイト「ジャパンナレッジ」で「今日の新語」を毎日二語ずつ紹介するほか、ラジオや雑誌、大学の教壇でも成果を発表する。

 二十六歳の時、編集者として自由国民社入り。最初の一年は、会社の指示で『現代用語−』を読んでは社長に感想文を提出する毎日を送った。「おかげで、さまざまな分野の言葉に興味を持つようになりました。その後、基礎知識編集部に配属されましたが、主な仕事は、言葉を拾い出し、現代用語として掲載がふさわしいかを判断すること。原稿を専門家に依頼して、不足があれば指摘しなければいけません。編集部というより、現代用語研究所といった感じでした」。一九七八年から編集長を引き受け、発行部数の大幅増に貢献。創設に関わった「新語・流行語大賞」で「三年目の八六年に、当時の土井たか子社会党委員長が口にした『やるしかない』を特別賞に選んでから、一挙に注目されるようになったんです」と振り返る。

 昭和の終わりを機に独立。バブル期にはやった横文字っぽい肩書を、と考えたのが「新語アナリスト」だった。

 あれから二十数年。新たな言葉が次から次へと出現した。社会現象に呼応して突然編み出されたり、既存の言葉を組み合わせたり、外国語をカタカナでそのまま受け入れたり。日本人は言葉に柔軟に対応してきた。「長い文章や単語を四音に縮める傾向もあります。セクシュアルハラスメントはセクハラ。タレントの木村拓哉さんはキムタクにしちゃった。キムタクの頃からですよ、この傾向が強まったのは。八〇年代後半から九〇年代初頭にかけてですかね。渋谷カジュアルをシブカジと言い始めたのも同時期です」

 関心は新語、流行語にとどまらず、方言や若者言葉を含む日本語全般に及ぶ。同じ言葉でも時代によって意味ががらっと変わることや、一度は下火になった「やばい」のように、新たな意味を得て勢いを取り戻す言葉もあり、目が離せないという。

 「一度生まれた言葉は死なない。だから、死語はあり得ない」が持論。「お年寄りの言葉に孫がピンとこなかったとしても、お年寄りの頭の中では、なお現役で活躍している言葉なんです。要は使う人の割合。きれいな言葉も汚い言葉も、どこかに存在し続けるものだと思っています」と語気を強めた。

 さて、冒頭の「イヤミス」は「読んでイヤになるミステリー」を縮めた新造語という。「心理描写が中心で、どうも読後感が良くないミステリーのこと。ある書店員が名付けたそうで、うまい表現です。『エンゲージフォト』は、若いカップルが婚約期間中に撮るアツアツ写真。メディアが取り上げ、撮るカップルが増えれば業者もPRに力を入れる。相乗効果で拡大すれば新語として定着するんじゃないかな」

 なるほど、確かに言葉から人々の息遣いが聞こえるようだ。亀井さんが「よう飽きもせず」観察し続ける理由が分かる気がした。

  (谷村卓哉)

 

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