クロスベル編(ここから先、零・碧の軌跡ネタバレ)
第五十七話 クロスベル市センキョ騒動! (2) ~迫るタイムリミット~
<鉱山町マインツ付近 トレーラー型現場指揮車両内>
アネラスが人質になり、300億ミラとヘリコプターが運ばれて来る事と報告を受けたアリオスは少し安心して息をついた。
これでガルシアとの交渉を続ける事が出来るからだ。
「それにしても、300億ミラなんて大金を要求するなんて欲張りにも程があるわね」
「ただお金に目がくらんだわけじゃないと思うよ」
顔を膨れさせてエステルがぼやくと、ヨシュアは諭すように指摘した。
そんなヨシュアの言葉を聞いて、セルゲイは感心の声を上げる。
「ほう、お前も気が付いたか」
「おそらく、金自体が目的じゃないな」
「状況によっては捨てる事も考えているだろうな」
セルゲイに続いて、ダドリーとアリオスもうなずいた。
エステルは訳が分からないと言った顔で首をかしげる。
「えっ、どう言う事?」
「クローゼの話を思い出してみなよ、オリビエさんもマインツの鉱山で大きな七耀石が発掘されたのを知っていたんだ」
ヨシュアの言葉に、ダドリーとセルゲイも続けて話す。
「マルコーニ達はその七耀石を持って、国外へと逃亡するつもりだろう」
「ブラッドセプチウムともなれば、武器商人との取引にうってつけだからな」
「それなら、どうしてお金が欲しいなんて言って来たの?」
エステルが疑問の声を上げると、ダドリーはゆっくりと答える。
「タイム・イズ・マネーだな」
「要するに、時間稼ぎって事ですね」
ヨシュアが尋ねると、ダドリーは否定しなかった。
「マルコーニ達が時間稼ぎをするつもりなら、俺達もそれを利用させてもらおう」
「何をするつもりなの?」
「その間に人質を探し出して救出する」
エステルの質問に、セルゲイがそう答えると、アリオスとダドリーも同じ気持ちだと強くうなずいた。
「でも、どうやって人質の居場所を見つければ良いんでしょうか?」
「アネラスのリボンに発信器を仕込んである」
ヨシュアが不安を口にすると、アリオスが説明した。
「なるほど、アネラスさんが連れて行かれた場所に、他の人質も居る可能性が高いってわけね」
それを聞いたエステルは感心したようにつぶやいた。
「それで、現在の位置は?」
「ああ、つい先ほど動きがあった。しかし発信器の電波は街の鉱山の入口で途切れた」
「電波式盗聴器を恐れて、念には念を入れたのか。一筋縄では行かないやつらだ」
ダドリーの返答を聞いたセルゲイはあごに手を当てて、そうもらした。
「だが、これで人質が鉱山に閉じ込められている確証が得られたな」
アリオスの意見に賛成したセルゲイは、ダドリーに鉱山について詳しく調べる様に頼んだ。
エステルとヨシュアも慣れない手つきでコンピュータを操作し、導力ネットを検索するダドリーを手伝った。
「セルゲイ、お前の勘が当たったぞ!」
『クロスベル怪奇レポート』と言う個人サイトを見ていたダドリーが少し上ずった声を上げた。
そこには怪奇スポットとしてマインツ鉱山に現れる幽霊が紹介され、町の鉱夫達に見つからないように入れる秘密のルートが書かれていた。
町の鉱山は、廃坑となった昔の鉱山と奥で繋がっているようだ。
「さすがですね、僕達がいくら検索エンジンにキーワードを打ち込んでも見つけられなかったのに」
「このサイトに書かれている情報は不法侵入に該当する物もある、だから検索除けをしていたのだろう」
ヨシュアが感心して声を掛けると、照れて目を泳がせたダドリーはそう答えた。
「よう、来たぜ」
車内に姿を現したのは、狙撃手として外で待機しているはずのガイだった。
驚くエステルとヨシュアに向かって、セルゲイは落ち着いて声を掛ける。
「俺が呼んだんだ。ガイ、エステル、ヨシュア、お前達に重要な任務を与える」
セルゲイが告げると、ガイとエステルとヨシュアは引き締まった表情になった。
その重大任務とは鉱山に密かに潜入し、アネラスと協力して人質を助ける事だった。
廃坑は現在、魔獣の巣となってしまって危険な場所として知られている。
そこを突破して町の鉱山へと行けば、人質の見張りの不意をつく事が出来る。
さらに見張りの身柄を確保すれば逆に交渉を有利に進めるための材料になるかもしれない。
「俺は人質が救出されるまで交渉をできるだけ引き延ばすつもりだ」
「この作戦は外部に漏れたら失敗する可能性が高い、だが俺とアリオスとダドリーはここから離れる事は出来ん。だから……解るな?」
「あ、あの……」
返事の歯切れが悪いエステルを見て、ガイが少しあきれた表情でため息をつく。
「おいおい、まさか怖気けづいたんじゃないだろうな」
「魔獣は平気なんだけど……出るんだよね?」
「それってもしかして……」
「幽霊」
エステルが答えると、ヨシュアもガックリと肩を落とした。
「幽霊など、非科学的だ。存在しないに決まっている」
ダドリーは鼻にも掛けない様子でそう断言した。
「エステル、セルゲイさん達の言う通り、僕達が行くしかないんだ。幽霊が苦手だなんて言ってられないよ」
「うう、分かったわよ」
ヨシュアに諭されて、エステルは何とか了承した。
そんなエステルの姿を見て、ガイが声を掛ける。
「まったく情けないやつだな、お前らを連れて行って大丈夫かよ?」
「ほらエステル、もっとしっかりしてよ」
ヨシュアが困った顔でエステルを励ました。
「制限時間は日没までの3時間だ、期限を過ぎたら人質解放交渉は打ち切って強行突入の準備を始める。暗くなると狙撃が難しくなるからな」
「強行突入すれば人質にも犠牲者が出る可能性がある、少なくとも犯人達は射殺されるだろうな」
「そんな……!」
セルゲイの説明にダドリーが付け加えると、エステルはショックを受けた。
「アリオスが交渉している間は、俺とノエル曹長が警察や警備隊の連中を押さえる」
「だが、ガルシアとの交渉を進めるためには、こちらにはカードが不足している。人質を救出できれば、圧倒的に不利な状況を覆す事が出来る。だから頼んだぞ」
「はい!」
アリオスの言葉に力強くうなずいたエステル達はガイに続いて指揮車を出て、マインツの町の少し手前の方にある廃坑へと向かったのだった。
<鉱山町マインツ付近 廃坑入口> ―タイムリミットまで後3時間―
ガイとエステルとヨシュアが人目を盗むように廃坑の入口へとたどり着くと、人の気配は全く感じられない。
廃坑は使われなくなってずいぶん経つのか、すっかり荒れ果てていた。
しかし、住みついた魔獣を外に出さないための対策としてか、入口には新しい南京錠が掛けられていたのだった。
おそらく鍵を持っているのは人質になった町の人々の誰かだろう。
簡単に廃坑の中へ入れると思っていたエステルは面喰ってしまい大声を上げる。
「どうして? こんな鍵が掛かっているなんて聞いていないわよ!」
「もしかして、鍵を壊されたから町の人が付け替えたのかもしれないね。……仕方無い、鍵を壊すしかないよ」
「ええっ!?」
いつもと違うヨシュアの過激な発言に、エステルは驚いた。
「セルゲイさんも言っていたじゃないか、人質救出作戦の事は口外するなって」
「聞き込みなんて、出来るわけないよな」
「あっ、そうね」
さらにガイが鍵を管理している町の住民は人質の中に含まれて居る可能性が高いと付け加えると、エステルも鍵を壊す事に納得した。
「でも頑丈そうな鍵だから、叩き壊すにしても時間が掛かりそうね」
「それよりも良い方法があるぜ」
ガイはエステルの言葉を聞いてニヤリと笑うと、鍵穴に針金を差し込んで探り始めた。
「なんか、泥棒みたいな事してるんですけど……」
「逮捕したこそドロから教えてもらったのさ」
エステルに対してガイは悪びれた様子もなくそう答えた。
しかしすぐに開けられないガイの様子を見て、エステルは苛立った様子で提案する。
「あたしのロッドで叩き潰しちゃった方が早くない?」
「上手く鍵が壊れるとは限らないし、大きな音を立てて誰かが来てしまうとマズイよ」
「まあ、そう言う事だ」
そう言ったガイは真剣な表情で針金を動かしていた。
手元が狂うと、針金が折れて鍵穴の中に詰まってしまう事もあるので失敗したら壊すしかない。
エステル達は息を飲んで、ガイの解錠の様子を見守った。
しばらくしてガイが成功すると、エステル達は安心して胸をなで下ろした。
「ちっ、意外に時間を食っちまったな」
舌打ちしてガイはそうつぶやいた。
エステル達は遅れた分を取り戻すかのように急いで廃坑の中へ駆け込む。
やはり予想通り、廃坑の中は魔物の巣窟と化していた。
「入り口だけ封鎖して、中はずっと放置していたようだね」
「こんなに増えてしまう前に、遊撃士協会に依頼してくれればよかったのに」
「……気合入れて行くぞ!」
廃坑は遥か昔に使われなくなってしまったため、ダドリーが調べてもデータは見つからなかった。
どの程度の深さなのか、どれだけの魔獣が住んでいるのか見当もつかないが、エステル達は作戦のために未知の領域に足を踏み入れるしか無かった。
思わぬ魔獣に苦戦したり道に迷ったりしてしまう危険性を考えると、3時間は余裕があるとは言えない。
エステル達は歩の悪い賭けだとしても、この任務をやり遂げる決意を固めたのだった。
<鉱山町マインツ付近 トレーラー型現場指揮車両内> ―タイムリミットまで後2時間―
エステル達を送り出したアリオスは、休止していたガルシアとの交渉を再開していた。
人質救出作戦は極秘事項であり、ガルシア達にも外に居る警察や警備隊にも気付かれるわけにはいかない。
クロスベルの街から、警察と警備隊により1億ミラの札束の詰まったジェラルミンケースが到着したと報告を受けたアリオスは、交渉材料として持ち出す。
「約束のミラは用意した、だからお前達も人質を解放しろ」
「馬鹿を言うな、金が先に決まっているだろう?」
「代償を払わずに金だけを手に入れようとは、交渉のギブアンドテイクのルールに反しているぞ」
「ふん、社会の規則を守らないから、俺達はマフィアなんじゃねえか」
「開き直るな。10億ミラにつき、人質を1人解放しろ。それで良いな?」
「おいおい、正義の味方の遊撃士が命の値段を決めるのかよ」
「話を反らすな、提案に対する答えをハッキリと聞かせろ」
アリオスがガルシアに詰め寄ると、ガルシアはエニグマの通信を切ってしまった。
「おい、切れちまったぞ」
「問題無い、しばらくしたら向こうの方から掛けて来る」
セルゲイに対してアリオスは自信たっぷりに答えた。
「今の時点で強行突入されたら、やつらも困るってわけか」
「ああ」
セルゲイの言葉に、アリオスはうなずいた。
「アリオス、ガルシアは血気の多い男だ、怒らせればやつは冷静さを失い感情に走る、そうすればマルコーニを交渉の場に引きずり出す事もできるはずだ」
「心得た」
「なるほど、そいつが狙いだったか」
ダドリーとアリオスのやりとりを聞いて、セルゲイは感心してつぶやいた。
マルコーニ会長はガルシアを交渉の窓口にして、自分は表舞台に出ないつもりだったのだろう。
ガルシアがエニグマの通信を切断したのは、奥に控えているマルコーニ会長の指示を仰ぐためだとアリオスは考えていた。
アリオスの予想通り、しばらくしてガルシアの方から通信が入る。
「ダメだ、やはり人質は解放しない」
「それはマルコーニ会長の考えか?」
「いや、会長は関係無い」
「……ウソをつくな。お前の様な獣男は、マルコーニ会長の指示が無ければ交渉など出来るはずもないからな」
アリオスがここまで口汚く相手を馬鹿にするのは珍しい事だった。
ガルシアもそれを察したのか、アリオスに向かって軽い調子で言い返す。
「ふん、そんな安っぽい挑発には乗らないぜ」
わずかにガルシアが苛立ったのを感じたアリオスは、さらに畳みかける。
「人質の解放を渋るのは、監禁場所を知られたくないためか? それならば残念だったな、すでに見当はついて居る」
「出まかせを言うな」
「お前達が人質を閉じ込めたのは鉱山だ。発信器の電波を遮断出来たからと言って、得意気になっているとは浅はかなやつだな」
「何だと!?」
アリオスの指摘に、ガルシアは少なからず動揺した。
「そもそも、部下の手綱を握れずにこの様な事件を起こしてしまうのは、お前の力不足を物語っている」
「くっ……」
図星を突かれたガルシアは、悔しそうな声をもらした。
もうひと押しだと判断したアリオスは、止めのひと言を浴びせる。
「もういい、指示を聞かないと判断を下せない、部下をコントロールする事も出来ないお前と交渉しても時間の無駄だ」
「うるせえ、人質がどうなっても良いのか!」
アリオスの言葉を聞いたガルシアは怒声を放った。
すると、エニグマの向こうでガルシアが誰かになだめられている様子がアリオス達の耳にも届いて来た。
「良いから、お前は大人しくしていろ」
そう言い聞かせる男性の声がした後、ガルシアが静まり返ったのを感じ取ったアリオスはエニグマで問い掛ける。
「……マルコーニ会長だな?」
「いかにも」
アリオスの質問にマルコーニ会長が答えると、ダドリーはポツリとつぶやく。
「やっと古狸のお出ましか」
「これからが正念場だ、頼むぞアリオス」
時計をちらりと見てセルゲイはアリオスに声を掛けたのだった。
<鉱山町マインツ付近 マインツ鉱山内> ―タイムリミットまで後1時間―
廃坑に潜入したエステル達は、何とか現在使われている様子の整備された坑道までたどり着いた。
時計を見ると、廃坑の中に入ってからかなりの時間が経ってしまっていた。
しかしガイは焦るエステルをなだめて、休憩を取るように提案する。
エステル達もここに来るまでの間、魔獣と戦い続けたりで疲れていたので、はやる気持ちを押さえて休む事にした。
「……えっと、アリオスさんが警察に居た頃に何かあったの?」
「エステル、むやみに聞いて回るのは善くないと思うよ」
「だって、気になるじゃない」
ガイにエステルが尋ねると、ヨシュアは困った顔で注意した。
「まあ良いさ、話してやるよ。だがアリオスには黙ってろよ」
そう前置きしたガイは、エステル達に昔起こった事件について話し始めた。
遊撃士協会もあるクロスベルの東区画で、東方系マフィアの男が人質を取って民家に立て籠もったのだ。
人質になったのは、街の通りを歩いていた女性だった。
「追いつめられた犯人の男は、いつ発砲してもおかしくない状況だった」
そこで犯人を説得して投降させるため『クロスベル警察捜査零課』が呼ばれたのだと言う。
アリオスは犯人を刺激しないようにゆっくりと時間を掛けて、意思の疎通を図った。
マフィアにも命を狙われ怯えていた犯人を安心させ、人質を解放し自首をさせようとしていたアリオスだが、警察の上層部から邪魔が入った。
クロスベル議会の共和国派議員が、カルバード共和国のロックスミス大統領がクロスベルを訪れる前に早期解決しろと圧力を掛けたらしい。
ピエール副局長はセルゲイから現場指揮権を取り上げ交渉は中止、狙撃が強行され犯人は射殺された。
「人質の女性はどうなったんですか?」
「ああ、彼女に怪我は無かった」
ヨシュアの質問に答えたガイは、その人質にされた女性がアリオスの妻、サヤ=マクレインだと説明した。
「サヤさんが助かったなら、それで警察を辞める事は無いと思うけど……」
「だが犯人はもう少し時間を掛ければ素直に投降する所だった。それが関係無い共和国の大統領の来訪でぶち壊しにされたんじゃ、たまったもんじゃないよな」
エステルのつぶやきにガイはそう答えた。
さらに事件の後、射殺された犯人の母親が、ショックを受けて死んでしまった事がアリオスにとって追い打ちになったらしい。
「そっか、犯人にも家族が居るわよね」
「人の命よりも面子を重んじる警察に愛想を尽かせたアリオスは辞職して遊撃士になったのさ」
チームが解散した事により、警察内でも本当に零課になってしまったと、セルゲイ達も笑い物にされたとガイは語った。
「でもセルゲイさんは再びチームを結成しようとしていますよね」
「影の仕掛け人はカシウスのおっさんさ、何だかんだでアリオスは頭が上がらないようだからな」
「父さんってば、策士なんだから……」
カシウスの名前を聞いたエステルはため息を吐き出した。
「きっかけは何であれ、セルゲイはこの事件で成果を上げようと気合を入れている。零課と呼ぶのを避けているのも、その気持ちの表れだろうな」
「じゃあ何としてでも、失敗するわけにはいかないわね」
ガイがそう告げると、エステルは拳を握り締めた。
残された時間は多くは無い、しかしエステル達は諦めず、そして慎重にマインツの町の人々が捕らわれている場所を目指すのだった。
<鉱山町マインツ付近 トレーラー型現場指揮車両内> ―タイムリミットまで後??分―
マルコーニ会長を交渉の場に引き出す事に成功したアリオス達だが、エステル達から人質救出の報告が無い以上、時間稼ぎを続けるしか無かった。
「人質が鉱山に閉じ込められている事を探り当てたからと言って良い気になるな。出入り口は部下達が押さえている、妙な事をするな」
「妙な事をすると、人質はどうなる?」
「鉱山に発破用の火薬がある、ドカンと爆発させれば入口は完全に塞がれ、落盤の規模によっては生き埋めになるだろうな」
アリオスが尋ねると、マルコーニ会長は勝ち誇ってそう答えた。
マルコーニ会長達は廃坑からやって来るエステル達の存在に気が付かないと確信したアリオスは、さらにマルコーニ会長を欺くために演技を続ける。
「分かった、人質達の命を助けるのが最優先事項だ、お前達を無理に捕まえる様な事はしない」
「こちらにとっては人質が一人二人減ろうが構いはしないんだぞ」
「それならば何人か解放してくれてもいいだろう?」
「またその話か」
アリオスの言葉を聞いたマルコーニ会長は、うんざりした口調で答えた。
「要求通り、300億ミラとヘリコプターは送り届ける。だからそちらも交渉に応じる誠意を見せてくれと言っている」
「ヘリコプターでは正確に要求に応じたとは言えんな、小型飛行艇を寄こせ」
「クロスベルで帝国・共和国、どちらの飛行艇を用意するのも困難だと言う事ぐらい、お前にも解っているだろう?」
「それを何とかするのがお前の交渉の腕前の見せどころだろう」
そう言ってマルコーニ会長は交渉は一時停止だとエニグマを切断した。
「おい、どうするんだ?」
アリオスとマルコーニ会長のやり取りを聞いていたセルゲイがアリオスに問い掛けた。
クロスベルのマクダエル市長に頼んで議員達を黙らせる事は出来るが、小型飛行艇を調達するのは難しい。
「話は聞かせて頂きました、そう言う事ならば、私達が乗って来た飛行艇を使ってはいかがしょうか?」
「お前さんは誰だ?」
突然、指揮車の中に姿を現したシスターを見て、セルゲイは驚いて尋ねた。
すると自分の顔を隠していたベールを取り払い、リベール王国のクローディア姫だと名乗った。
「これは失礼、まさか王女殿下がシスターに変装して来られるとは驚きました」
「実は彼女のアイディアなんです」
クローゼは謝ったセルゲイに穏やかな笑顔で軽く首を横に振り、後ろに居るシスターを紹介した。
「星杯騎士団の従騎士、リース・アルジェントと申します」
「七耀教会の秘密部隊とは、まさかアーティファクト絡みか?」
リースの肩書きを聞いたダドリーが険しい表情で問い掛けると、リースは首を横に振って否定した。
そしてクローゼは、オリヴァルト皇子と共に帝国軍の小型高速飛行艇でクロスベルにやって来た事を明かした。
「しかし飛行艇ではヘリコプターに比べ、やつらを逃がした後、再び捕まえるのが困難になる」
クローゼの申し出をアリオスは素直に喜べない様子だった。
そんなアリオス達に、リースが“秘密の作戦”がある事を話すと、アリオス達の表情は明るくなった。
「なるほど、そいつは愉快だな」
セルゲイに至っては、楽しそうに笑い声を上げるほどだった。
そしてアリオスはマルコーニ会長のエニグマに連絡し、人質解放の交渉を再開するのだった。
<鉱山町マインツ付近 マインツ鉱山内> ―タイムリミットまで後??分―
鉱山の奥深くから入口に向けて進んでいたエステル達は、ついに人質が閉じ込められて居る場所の付近にまでたどり着いた。
ここまで来て気が付かれてしまっては今までの努力が水の泡、アリオスの交渉にも悪影響を及ぼしてしまう。
エステル達が慎重に周囲を探ると、普段は固い岩盤を砕くために奥の方にあるはずの火薬が集められているのが分かった。
人質を犠牲にする卑劣な行為を辞さないルバーチェ商会のやり方に、エステル達は心の中に強く怒りが噴き上がるのを感じる。
しかしこのような準備をしているからには、落盤に巻き込まれないように少し離れた安全な場所から見張っているとエステル達は判断した。
予想通り、入口の方に固まっている見張りはたまに奥の人質の監禁場所へと様子を見に来るだけだった。
その巡回の隙を突いて、物陰に隠れていたエステル達は見張りの黒服の男達へと襲いかかる!
「うわっ!」
「お、お前らは!?」
完全に不意を突かれた黒服の男は、エステルのロッドにより叩き伏せられ顔面を地面に強く打ちつけて倒れた。
そして側に居た別の男もヨシュアの双剣によって腕を切り裂かれ、悲鳴を上げて腕を押さえてうずくまる。
奇襲を逃れて外へ逃げようとした男も、ガイの銃撃によって足を撃ち抜かれ、うめき声を上げてひっくり返った。
見張りの男達の全員を武装解除したエステルはホッと息をつく。
「ふう、これで大丈夫ね」
「おっと、安心するのは人質の無事を確認してからだ」
「そ、そうだったわ!」
ガイに注意されたエステルは急いで人質にされた町の人々が閉じ込められている場所へと向かった。
エステル達が見つけた町の人々は坑道の突き当たりに押し込められていた。
「アネラスさん、助けに来たわよ!」
人質の中にアネラスの姿を見つけたエステルが声を掛けると、アネラスも笑顔で手を振り返した。
マインツの町の人々は長い時間閉じ込められて居たにもかかわらず、意外にも元気な様子だった。
人々の話によると、新たに人質としてやって来たアネラスが暗くなりかけていた雰囲気を明るく照らしてくれたらしい。
アネラスが大丈夫だとのんびりと構えていると、自分達も安心できたのだと言う。
小さな子供達には隠し持っていたキャンディなどのお菓子を与えて励ました話を聞いたエステルとヨシュアは、いかにもアネラスさんらしいと苦笑した。
辺りを見回したエステルは、不思議そうにアネラスに尋ねる。
「でも、オリビエさんの姿が見当たらないんだけど?」
「それが、オリビエさんは別の場所で人質にされているみたいなんです」
交渉用のエニグマを届けて人質にされたアネラスはマインツの町の人々が閉じ込められている鉱山に移動させられたが、オリビエは特別扱いで町の方に居るようだと話した。
エステル達が身柄を確保した黒服の男達を問い詰めると、オリビエはマルコーニ会長とガルシア達の目の届く場所で厳重に監禁されて居ると吐いた。
残る人質はオリビエだけだと確認すると、エステル達はエニグマでセルゲイ達に人質を保護したと知らせる事にした。
「だけど、オリビエさんは大丈夫なの?」
「オリヴァルト皇子は逃走するための切り札だからな」
不安そうにつぶやくエステルに、ガイはそう声を掛けた。
ガイが電波の届く入口付近まで行き、エニグマで人質の安全を確保した事をセルゲイに報告すると、セルゲイの方からもリベール王国のクローディア姫がこちらへやって来ていると知らされた。
クローゼはオリビエやエステル達が心配になりシスターに変装してリースと共に駆けつけてしまったとセルゲイ達に話し、今は指揮車でエステル達に代わってセルゲイ達を手伝っているらしい。
話を聞いたエステル達は驚いたがクローゼ達がセルゲイ達の側に居れば安心だと胸をなでおろし、自分達は町の人々を守る事に専念しようとするのだった。
<鉱山町マインツ 宿酒場《赤レンガ亭》>
セルゲイから鉱山に居た人質が奪還されたと伝えられたマルコーニ会長達は、あわてて残る部下達を拠点にしている宿酒場に集結させ、強行突入を警戒して守りを固めた。
ガルシアはマルコーニ会長の側を離れ、オリビエを閉じ込めている部屋へと向かう。
長時間監禁されて居るのにもかかわらず、オリビエは涼しげな表情を崩さない。
「部下を呼び集めて立て籠もるとは、いよいよ尻に火がついたようだね」
「うるせえ、さっさとブラッドセプチウムの在り処を吐きやがれ、でないと腕の一本や二本、覚悟してもらう事になるぜ」
「そんな脅しを何回やっても意味が無いと気が付いてくれないかな?」
「本気だと思ってないな」
ガルシアはそう言って凄むが、オリビエには効果が無い。
「それよりも僕が拷問に耐えきれなくなって意識を失ったりしてしまった方が困った事になるだろうね、時間に余裕は無いんだろう?」
「くっ、足元を見やがって」
人質とは思えないオリビエの態度にガルシアは舌打ちした。
マインツの町がルバーチェ商会の襲撃を受けた時、オリビエはすぐに町の鉱山で発掘された大粒の七耀石を隠したのだった。
今まで部下達を使って町の中を探させていたのだが見つけられず、オリビエを締め上げる事にしたのだ。
他の人質達が閉じ込められている鉱山を吹き飛ばすと脅した事もあったが、オリビエはせっかく掘りだした七耀石が埋まって良いのかと思わせ振りな事を言う始末。
「まったく、外国を遊び歩いている放浪皇子だと聞かされていたのに、とんだ食わせ者だったぜ」
「ふっ、人のウワサほど当てにならない物はないからね」
深いため息をついたガルシアに、オリビエはそう声を掛けた。
そしてガルシアはオリビエの尋問を諦めたのか、疲れた顔で腰を下ろした。
このままではマルコーニに合わせる顔が無いと思ったのだろう。
そんなガルシアに、オリビエの方から話し掛ける。
「それにしても欲深いね君達は、『棚からぼたもち』でブラッドセプチウムまで手に入れようとするとは」
「へっ、そこまでお見通しかよ」
オリビエの言葉を否定せずにガルシアはすねた顔でぼやいた。
すると部下である黒服の男が部屋に入って来て、小型飛行艇が到着し、1億ミラが入ったジェラルミンケースの運び込みが開始されたと報告した。
「どうやらタイムリミットが迫っているようだね」
オリビエはこの状況を楽しんでいるかのように笑顔を浮かべてそうつぶやいたのだった……。
拍手を送る
評価
ポイントを選んで「評価する」ボタンを押してください。
ついったーで読了宣言!
― お薦めレビューを書く ―
※は必須項目です。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。