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時論公論 「光市母子殺害事件 死刑判決が意味するもの」2012年02月20日 (月)
友井 秀和 解説委員
【1】
山口県光市で主婦と幼い娘を殺害した罪に問われた、事件当時18歳だった元少年に、最高裁判所で死刑が確定することになりました。
1審と2審で無期懲役だった判決が、最高裁で否定され、死刑が確定することになったこの事件は、被害者重視の流れを象徴する事件と受け止められています。
少年の責任をどう判断するのか、多くのことを考えさせられる事件でした。
発生から13年経って死刑が確定することの意味を考えていきます。
【2】
<1>
この事件の裁判は、異例の経過をたどりました。
事件が起きたのは、13年前、平成11年です。
山口県光市で、主婦の本村弥生さんと、生後11ヶ月だった娘の夕夏ちゃんが、命を奪われました。
当時18歳の、旧姓・福田、大月孝行被告が、排水の検査を装って部屋にあがりこんで2人を殺害した殺人などの罪に問われました。
<2>
NHKは、少年事件については、立ち直りを重視する少年法の趣旨に沿って、原則、匿名で報道しています。
今回の事件は、主婦と幼い子どもが殺害される凶悪で重大な犯罪で、社会の関心が高いことや、きょうの判決で元少年の死刑が確定することになり、社会復帰して更生する可能性が事実上なくなったと考えられることなどから、実名で報道しています。
<3>
裁判では、元少年の年齢をどう見るかが、大きな争点になりました。
18歳未満の少年には、死刑は適用できないと、法律で定められています。
18歳になって1か月しか経っていなかった元少年に、死刑を適用するかどうかが争われたのです。
1審と2審は、いずれも無期懲役を言い渡しました。
法律の専門家の間では、特別に軽すぎるわけではなく、妥当な判断だという受け止め方がありました。
この事件より前に、少年が死刑を言い渡された事件は、殺害された被害者が4人で、少年の年齢も19歳だったためです。
ところが、最高裁判所は、平成18年に、「何か特別な事情がなければ、死刑にするほかない」と判断し、審理をやり直すべきだという判決を出しました。
これを受けて、改めて審理した広島高等裁判所は、元少年に死刑を言い渡し、きょう、最高裁も支持しました。
記録が残っているなかで、もっとも低い年齢で、死刑が確定することになりました。
【3】
最高裁は、どのような理由で、死刑を選択したのでしょうか。
そこには、事件の結果を重視する姿勢があります。
<1>
1審と2審は、元少年が精神的にきわめて未熟だったことを重く見ていました。
18歳未満の少年に死刑を適用しない規定があるのは、更生の可能性があることや、未熟な少年に、大人と同じように責任を負わせることはできないという考えからです。
元少年は18歳と1か月でした。
中学時代に母親が自殺したことなど、恵まれない家庭環境が、事件を起こすような性格や行動につながったことが否定できないと、1審判決は述べています。
1審も2審も、死刑がやむを得ないとまでは言えないと判断したのです。
<2>
これに対して、最高裁判所は、平成18年に、「18歳になって間もない少年だったことは、考えなくてはならないことではあるが、死刑を避ける決定的な事情とは言えない」と判断しました。
そのうえで、きょうは、「非人間的な犯行で、遺族の被害感情は峻烈を極めている。平穏に暮らしていた親子が自宅で殺害され、社会に衝撃を与えた」と指摘しました。
「刑事責任はあまりに重大で、あらゆる事情を検討しても死刑にせざるをえない」というのが結論でした。
<3>
1審2審が、元少年が更生する可能性を考慮したのに比べて、最高裁は、起こしてしまった事件が招いた、被害の結果をより重く見ました。
被害者遺族が「加害者側にどんな事情があろうとも、命を奪われ、家族を奪われたことに変わりはない」と考えるのは、当然のことです。
加害者側の事情よりも、事件の結果を重視することは、被害者の感情に沿った判断だと言えます。
【4】
今回の事件の裁判は、被害者や遺族を重視する制度が整えられていく動きと、並行して進んできました。
裁判の手続きで、被害者がないがしろにされていると批判が強まった時期だったことが、最高裁の判断の背景にあると考えられています。
光市の事件が起きた翌年に、全国犯罪被害者の会が設立され、事件の遺族の本村洋(もとむら・ひろし)さんも参加しました。
その後、裁判で被害者が意見を述べる制度が導入され、少年事件では、刑事裁判で審理する年齢が引き下げられて、対象が拡大されました。
事件の2審判決と、1回目の最高裁判決の間に、犯罪被害者の基本法が作られ、殺人などの刑を引き上げる刑法改正もありました。
今は、刑事裁判に被害者が参加する制度や、非公開の少年審判を被害者が傍聴できる制度も導入されています。
制度が変化する中で、1審2審の無期懲役が否定されて、死刑が確定することが、被害者重視の流れを印象付けています。
【5】
最高裁が無期懲役を否定して、死刑が確定することは、今後、どのような影響を持つでしょうか。
特に、今は、少年事件であっても、死刑かどうかが審理される事件は、裁判員裁判の対象です。
裁判員制度のもとで、少年の刑が重くなる傾向がさらに強まるのではないか、と見る専門家が少なくありません。
<1>
この点で、おととし11月に、仙台地方裁判所で出された判決が、専門家の注目を集めました。
おととしの2月に、宮城県石巻市(いしのまきし)で、男女3人が刃物で刺されて2人が死亡した事件で、事件当時18歳だった少年に、死刑が言い渡されました。
裁判員裁判で初めて、少年に死刑が言い渡された判決でした。
少年は、事件を起こした時、18歳と7か月でした。
弁護団は、今後の教育によって更生する可能性があると主張しましたが、判決は、「年齢は、考えなくてはならないことではあるが、死刑を避ける決定的な事情とは言えない」と述べました。
平成18年の判決で最高裁が使った表現が、ほとんどそのまま使われていました。
最高裁が、少年事件で死刑を適用する対象を広げ、そのことが、直接、影響したと受けとめられました。
裁判員制度が導入されたことの影響は、特に審理の短さに見られると指摘されました。
事件が起きたのはおととしの2月で、裁判は同じ年の11月。
法廷での審理は5日間、評議は3日間でした。
裁判官による裁判が行われていた時には考えられない早さです。
<2>
従来、少年事件では、育てられた環境や、そのことがどのように事件につながったのか、時間をかけて審理されてきました。
少年の場合は、本人の責任ではない家庭環境などの影響を受けやすいこと、精神的に未熟な少年は、大人と同じように冷静な判断をする力がないために事件を引き起こしてしまうことがあると、考えられているからです。
きょうの最高裁判決でも、4人の裁判官のうち1人は死刑に反対し、「母親の自殺や父親の虐待によって精神的な成長が遅れていた可能性がある。精神的な成熟度合いがどれぐらいだったのか、専門家の力を借りて、審理を尽くすべきだ」という意見を述べています。
弁護士の間には、裁判員制度のもとで少年事件を審理する際には、大人とは違う手続きを設けている少年法の考え方を、より丁寧に説明しなくてはならないという意見が強くあります。
死刑かどうかが判断される事件に限らず、裁判員制度のもとで、大人とは違う少年事件の特徴を踏まえてどのように審理するかは、大きな検討課題です。
【6】
被告が少年であることは、従来の裁判では、刑を軽くする事情だと考えられてきました。
しかし、一般の国民の間では、少年だからと言って、必ずしも刑を軽くするべきではないという考えも強いことが、意識調査で明らかになっています。
少年事件については、少年の特性を考えて、大人とは違う手続きを設けている意味を、もっと国民に理解してもらうべきだという意見があります。
その一方で、専門家の側が、対応の見直しを求められているのではないか、という見方もあります。
事件を起こした少年の責任をどう考えるのか。裁判員制度のもとで、一般的な理念としてではなく、個別の事件の審理を通じて模索する動きが続くことになります。
(友井秀和 解説委員)