« 日中・日韓首脳会談と日本の主張と外交交渉の要 | トップページ

沖縄復帰40年で進行というバラマキと安保を無視した基地問題しかいえない首相

沖縄復帰40年で進行というバラマキと安保を無視した基地問題しかいえない首相

 沖縄が復帰して40年になる。40年ということは私はすでにうまれていたということになる。私が生まれたときには、沖縄はまだアメリカだったのか、と40年という数字を見てなんとなく思うものである。
 沖縄は何を望んでいるのか。
 先日、沖縄と奄美大島の協会で当時沖縄の日本復帰を願う船の交流を再現したものをテレビで見た。双方が日本の国旗を掲げ、日本語の歌を歌った光景は、やはり沖縄は日本の領土であることを再確認するものではないのか。
 沖縄に関しては、「久松五勇士」など、日本国に貢献する国士が多かった土地である。その沖縄が、太平洋戦争(日米戦争)において唯一の日本国内の陸上戦闘があり、なおかつ戦後アメリカに占領されていたという歴史があったことは、周知の事実である。私が沖縄に出張したと金、那覇市議の方が「大田実中将は、ウチナンチュでもシマンチュのために尽くしてくれた、沖縄の恩人である」という言葉を受け、海軍指令壕を見学したことを覚えている。沖縄の戦闘を激励し海軍壕の中で自決するのであるが、その自決の際の決別の電報でひたすらに沖縄県民の敢闘の様子を訴えている文面は非常に有名である。
 沖縄がいつから「反日」「反政府」になったのか。5月15日のラジオ番組で太田全沖縄県知事は、ラジオ番組の中で「われわれは戦争をするアメリカから平和憲法の日本に戻ったつもりが、戻った先は日米安全保障条約の中の日本であった」という言葉を言っている。東京ローカルの番組なので、全国の読者の皆さんはあまり聞いていない方もいるかもしれない。しかし、そもそも「平和憲法で平和が維持できるのか」ということをまったく考慮しない、ほとんど病的な「軍事アレルギー」は、これらの冷静な考えも失わせてしまっている。
 それでも、自民党政権のときは、だましだましであったかもしれないが、前に進んでいたと思う。しかし、この日米関係が決定的におかしくなるのが鳩山政権での「少なくとも県外」である。
 そのような微妙なときに行われた40周年の式典。
 野田首相は「 自由度の高い一括交付金の新設。過去最大の増額となる沖縄振興予算。種々の税制上の特別措置。いずれも、沖縄県からの御要望を最大限に受け止めた成果の一つです。また、新たな沖縄振興と基地跡地の有効利活用のための法律が、今国会において全会一致で成立しました。」(下記野田首相式辞から抜粋)というように、普天間基地の固定化を避けるということと、バラマキの話だけである。これが沖縄の民主党の政策であるというのは、さすがにどうかしている。愛国心、日本本土と同じということがまったく首相の口から出ない沖縄の人は、これでよしとするのであろうか。
 沖縄は日本である。沖縄だけを特別扱いすることそのものがいかがなものかと考える。たとえば、大きな問題視している。基地があるというが、本当にマスコミが言うほどの過大な負担があるのだろうか。
「在日米軍基地の74%が沖縄に集中」→ 誤り
「在日米軍施設の23%が沖縄にある」 → 正解
「在日米軍“専用”施設の74%が沖縄に集中」 → 正解
 これはフェイスブックで書かれているものであり、私もこのような数字で間違いがないと思う。これを「沖縄に基地が74%もある、などと間違えた情報を流して沖縄だけを特別扱いさせるようなことを言っているのはいかがなものなのであろうか。はっきりいって情報の不正確なことといえば沖縄の報道に勝るものはないであろう。
 正確な情報で、なるべく客観的に物事を考える。復帰40年、そろそろ、日本のほかと同じでよいのではないか。横田基地や横須賀の基地の周辺が沖縄ほど特別扱いされていない。特別扱い、よりいっそう手厚いことを行うことそのものが「差別」ではないのか。
 40年という式典は、そのようなことを考えるひとつの節目にならなければならないが、そのような式典で基地問題や、あるいはバラマキしか語れないようでは、とてもとても先が思いやられるものである。
 今日は、野田首相の式辞を前文掲載しているので、記事の後ろには文章がないのでこの辺で。

沖縄復帰40年 経済と安保を両立させたい

  沖縄県はきょう、本土復帰40周年を迎える。
 宜野湾市で、野田首相ら三権の長や仲井真弘多知事などが出席して記念式典が行われる。
 日本全体の米軍施設用地の74%が集中する過重な負担が続く中、政府はいかに経済振興と安全保障を両立させるかが問われる。
 政府は先週、今後10年間の第5次沖縄振興計画の基本方針を決定した。那覇空港の第2滑走路整備による国際物流拠点化が柱で、沖縄の自立的な経済発展を目指す内容だ。この方針に基づき、沖縄県がきょう振興計画を決定する。
 計画の策定主体を政府から沖縄県に変更したのは、妥当である。アジアに近接する地理的特性や国際性を生かした計画を着実に実行に移してもらいたい。
 過去の振興計画は「本土との格差是正」を掲げてきたが、県民1人当たりの所得は全国平均の7割前後にとどまる。製造業が育たず、県内総生産に占める割合は40年前の11%から4%に低下した。
 基地、公共事業、観光に頼る「3K経済」の構造が続き、政府予算への依存度も高い。
 民主党政権は、米軍普天間飛行場移設問題を迷走させた負い目もあり、今年度の沖縄振興予算を2937億円へ大幅に増やした。
 これを有効に使うためには、沖縄県と各市町村が、中長期的展望に立った振興策を企画し、自助努力を続けることが大切だ。
 自由度の高い一括交付金を活用し、社会資本や箱物の整備などハード中心だった予算の使途を、環境、福祉などソフト重視に見直すことも求められよう。
 最近は、中国の軍艦や政府船による尖閣諸島周辺などでの活動が恒常化している。中国海空軍の急速な増強と近代化を踏まえれば、今後、沖縄の安全保障面の地政学的重要性は一層大きくなる。
 政府は、この現実を直視し、自衛隊と米軍の防衛協力を基盤とする日米同盟の抑止力と実効性を堅持しなければならない。
 同時に、在沖縄海兵隊の海外移転に伴う米軍施設の返還や日米地位協定の運用改善など、地元負担の軽減に全力を挙げる必要がある。普天間飛行場の辺野古移設にも粘り強く取り組むべきだ。
 重要なのは、米軍施設跡地の有効利用を図ることだ。
 政府は、キャンプ瑞慶覧の住宅地区に最先端のがん治療施設を整備することを検討している。こうした事業を通じて、在日米軍再編への地元の理解を地道に広げることが欠かせない。

2012年5月15日(火)1時45分配信 読売新聞
http://news.nifty.com/cs/headline/detail/yomiuri-20120514-01279/1.htm

沖縄復帰40周年記念式典 内閣総理大臣式辞

 本日、内外から多数の賓客の御参列を得て、沖縄県との共催の下に、ここに沖縄復帰40周年記念式典を盛大に開催できることは、沖縄県民のみならず、すべての日本国民にとって意義深く、喜ばしいことであります。
 1972年5月15日。あの晴れがましい歴史的な本土復帰の日から、本日で40年を迎えました。
 この5月15日は、まず何よりも、「鎮魂と平和への決意」を新たにする日でなければなりません。先の大戦で奪われた、あまりに多くの尊い命。終戦後も、占領下に長く置かれた沖縄県民の言われなき苦しみ。沖縄が歩んでこられたそうした苦難の道のりを噛みしめ、平和で豊かな沖縄の未来を願い続けた先人の事績を決して忘れてはならぬ。そうした思いを改めて強くしています。
 5月15日は、これまでの沖縄県民の努力を称え、すべての同朋が沖縄に寄り添っていく思いを新たにする日でもあります。復帰後、今日に至るまでの40年間、沖縄は、県民自らのたゆみない努力によって、あまたの困難を乗り越えながら、力強い発展を続けてきました。政府としても、4次にわたる振興計画を実施し、様々な特別措置を通じて、県民の努力を全力でお支えしてまいりました。これらが相まって、この40年間で、社会資本の整備が着実に進み、生活水準も格段に向上してきたことは疑いのないところです。
 そして、5月15日は、沖縄の未来に思いを馳せる日でもあります。私たちは、世界の重心がアジア太平洋地域に移りつつある歴史の変動期を生きています。それはすなわち、アジア太平洋の玄関口として、沖縄が新たな発展の可能性を身にまとったことを意味します。豊かな自然環境や温暖な風土。琉球の輝かしい歴史に裏付けられた独自の文化。日本一若い県民の持つ清々しい活力。そして雄飛の覇気を持って海外にはばたき、世界中にネットワークを有するウチナーンチュ。こうしたすべての潜在力を発揮させることで、沖縄がますます輝きを増していく。そういう時代がやってこようとしているのです。
 既に、観光と情報通信技術は、沖縄経済を牽引しています。那覇空港は、いまや国内第3位の国際物流拠点に成長しています。いずれも、日本再生のために我が国全体で取り組もうとする方向性を先取りしたものです。
 「沖縄は、日本のフロンティアである」――私のその願いを裏付ける具体的な発展の「芽」が実際に次々と生まれているのです。こうした「芽」をきちんと育て、まさに21世紀の「万国津梁」の要となって、総合的な地域の発展につなげていく。私たちの世代は、そうした責務を負っています。平和で豊かな未来のために沖縄の潜在力を解き放ち、基地負担の軽減を着実に進めていくことは、私の内閣の最重要課題の一つです。
 今なお沖縄が直面する様々な課題の解決に向けて、最も大事なことは、沖縄の皆様の声に真摯に耳を傾けることです。
 自由度の高い一括交付金の新設。過去最大の増額となる沖縄振興予算。種々の税制上の特別措置。いずれも、沖縄県からの御要望を最大限に受け止めた成果の一つです。
 また、新たな沖縄振興と基地跡地の有効利活用のための法律が、今国会において全会一致で成立しました。これらの法律は、沖縄の主体性に重きを置いた、画期的なものです。政府が決定した法律に基づく基本方針を踏まえて、県において、本日、「沖縄振興計画」が策定されました。私は、先ほど、仲井眞知事からこの策定されたばかりの計画の提出を受けたところです。この計画の実現のため、政府としても力を尽くしてまいります。
 さらに、この振興計画の着実な実行に加えて、那覇空港の第二滑走路について、平成25年度予算編成過程で財源の検討を行って早急に整備を推進してまいります。また、鉄道、軌道その他の公共交通機関の整備の在り方について、沖縄県と連携し、引き続き、必要な調査・検討を進めてまいります。そして、国営沖縄記念公園の首里城等の主要施設については、平成30年度をめどに沖縄県へ移譲することとし、その具体化のための協議に着手いたします。
 このように、沖縄は、その繁栄に向けた新たな展開を自ら切り拓いていこうとされています。政府としても、沖縄という大きなフロンティアを「夢」から「現実」に変えていくため、医療、環境、人材育成を始めとする各分野において、県と手を携えて、自立型経済を発展させ、潤いのある、沖縄らしい優しい社会の実現を後押ししてまいります。
 沖縄振興とあわせ、沖縄を含む我が国の安全を確保することは、国の基本的使命です。一層の厳しさを増す我が国周辺の安全保障環境の下、日米安全保障体制の役割は引き続き重要となる一方、米軍基地の集中が沖縄の皆様に大きな負担となっていることは十分に認識しています。抑止力を維持しつつ、沖縄の基地負担の早期軽減を具体的に目に見える形で進めていくことを改めてお誓いいたします。
 普天間飛行場の固定化は絶対にあってはなりません。その大前提の下で、先般、日米両政府は、普天間移設の問題と「海兵隊のグアム移転」や「嘉手納以南の土地返還」の問題を切り離すことに合意するとともに、海兵隊の国外移転を待たずに返還可能な土地や速やかに返還可能な土地を特定いたしました。これらは、基地負担軽減の「目に見える具体的な成果」につながっていくはずです。
 また、私は、この沖縄の本土復帰40周年の記念日を前に、4月末から米国を訪問し、オバマ大統領とともに、日米の「共通ビジョン」を発表しました。これは、沖縄を含むアジア太平洋地域と世界の平和と安定のため、大局的観点から、日米同盟の今日的意義や今後長期にわたる日米関係の在り方を確認するものです。こうした日米両国を挙げての取組が沖縄の負担軽減に確実につながるよう、これからも一つ一つ、着実に成果を積み上げていきたいと考えています。
 本土復帰から40年。日本全体を牽引し、アジア太平洋の時代を先頭に立って切り拓いていくのは、沖縄です。そして、そうした未来を担っていくのは、私たち自身です。
 平和を希求する県民の願いが、そして世界に飛躍を願う「万国津梁」の精神が、21世紀の沖縄を切り拓く大きな財産となることは疑いありません。我が国に未曾有の被害をもたらした東日本大震災からの復旧・復興、日本経済の再生に向けた挑戦が続けられている今だからこそ、沖縄に期待します。そして、沖縄の一層の発展が、我が国及びアジア太平洋地域の発展に寄与することを確信します。
 最後に、改めまして、沖縄と日本、さらには世界の平和と発展を祈念し、私の式辞といたします。

平成24年5月15日  内閣総理大臣 野田 佳彦
http://www.kantei.go.jp/jp/noda/statement/2012/0515okinawa.html

|

« 日中・日韓首脳会談と日本の主張と外交交渉の要 | トップページ

「経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/115684/54720391

この記事へのトラックバック一覧です: 沖縄復帰40年で進行というバラマキと安保を無視した基地問題しかいえない首相:

« 日中・日韓首脳会談と日本の主張と外交交渉の要 | トップページ