日記
G Ride Audio 「GEM-1」を試聴しました。
2012年05月15日
ヘッドホンアンプが728,000円。この金額だけでも、私がヘッドホンに凝っていた頃とは隔世の感がある。あの頃は例外はあれど、10万円あれば、フラグシップヘッドホンを買ってお釣りがきたし、ヘッドホンアンプは限られた数しかなく、20万かければ、羨望の眼差しを浴びるという体験ができたはずだ。
黒い肉厚な金属製の筐体は電源部と本体に分かれる。両者の大きさはまったく同じで、一対の小型モノラルパワーアンプにも見える。電源部も含め筐体内ではLRが完全に独立しており、電源ケーブルが2本必要となる。当然のことながら、筐体間の電源供給ケーブルも2本だ。電源スイッチはトグル式、ボリュームはアッティネータ式、内部のコンデンサも高価なものが使われ、線材はCARDAS社製だという。しかし、それにしたって70万強か? という気はどうしてもしてしまうが。なお、詳しい仕様については、こちらを参照してほしい。
今回の試聴は以下の環境で行った。後述するがヘッドホンについては、別のものも使用した。
・CDプレイヤー(トランスポートとして使用):DENON DCD-SA11
・DAコンバータ:SOULNOTE sd1.0B
・RCAケーブル:DH Labs Pro-Studio Ultimate-RCA
・電源ケーブル:G Ride Audio Black Devil AC
・ヘッドホン:G Ride Audio リファレンスヘッドホン+リケーブル(ゼンハイザー HD600にカルダスのヘッドホンケーブルを組み合わせたもの)
とりあえず、試聴時に渡された文章にあったXRCDを聴く。文章には冒頭30秒間で「ここ」を聴くようにと書かれてる。聴いてみて、言わんとしている事は感じ取れたのだが、それがこの機器によるものなのか、そのメディアによるものなのかがわからない。ということで、持参したCDをいろいろ聴かせていただく事にした。
立ち上がりが素晴らしく早い。HD600の音はそれなりに知っているつもりだったが、こういう反応の具合を聞いたのは初めてという気がする。コンガが叩かれたとき、その乾いた皮の張り具合が、音に感じられたりする。定位も堅牢。ブレやニジミは感じさせない。弦楽器もスクッと立ち上がり、サッと消えつつも余韻が残る。オーケストラでは、その定位のよさと、反応の速さゆえの明快さにより、緊張感も、スケール感も嫌味無く、よく出してくれる。ちょっと「ん?」と思ったのはボーカル。耳元で、とか、目の前でというのではなく、一歩はなれた感がある。それに気がついて、再度、いろいろ聞き返すと、この一歩はなれた、いわば「俯瞰する」雰囲気がどれを聴いても存在した。
このヘッドホンアンプ、別に奇をてらったことをしてはおらず、頭外定位を人工的に生み出そうとするような仕組みも組み込まれている気配は無いのだが、その定位、反応の速さ、見通しの良さにより、ニアフィールドで聴くスピーカーのような距離感を得ているようだ。もちろん、ヘッドホンらしい情報量の多さも、そこに加味されている。
音に「酔わせる」のではなくて、それを「見つめる」「俯瞰する」という構図を生み出しえるヘッドホンアンプは、恐らく稀有の存在だろう。そして、この特徴ゆえ、ヘッドホンでのリスニングをメーンにしている人に対しては戸惑いを感じさせ、スピーカーメーンの人には使用時の違和感を感じられにくいという、なかば逆説めいた状況を生み出しえる。しかし、この特徴には聴き手の「使いこなし」でかなり変化が加えられるようだ。実際、当初、インシュレータには同社GEM Ballが使われていたが、これを本体側のみ別のインシュレータに変えたところ、音のバランスがかなり変わった。おそらくインシュレータの配置でも変化がつけられるだろう。また、RCA、電源ケーブルの変更でも、かなりの変化があるとのことだ。
使用するヘッドホンについてだが、リファレンス以外のものを使ってみると、バランスが崩れるとまでは行かないが、ヘッドホン側の特徴が明らかにでてくるという具合だった。本当に気に入っているヘッドホンであれば、その特徴が出てくることを楽しむという手もあるだろうが、基本的にはリファレンスとされたヘッドホンがもっとも似合っているといえそうだ。
冒頭が述べているとおり、このアンプはかなりの高額機器だ。それだけにポテンシャルには並々ならないものを感じさせる。HD600をして反応が早いと感じさせる駆動力、情報量は多さに似合わぬ見通しのよさなどなど。しかし、買っただけで、その金額分の喜びを感じられるかといわれると微妙に思える。恐らく、この機器は、高額なオーディオ機器が概ねそうであるように、聴き手の「使いこなし」を求めている。その要求に応えられるかどうかで、この機器の評価は変わるだろう。
最後に、どのような人に薦めるかと言われれば、住環境などの問題でスピーカーを使うことができなくなってしまったオーディオ好きの方に薦めたい。スピーカーで味わったような苦楽を味わうことができると思うから。