東京電力福島第1原発事故を検証する国会の事故調査委員会が14日、国会内で開かれ、弁護士の野村修也委員が、平成18年に経済産業省原子力安全・保安院から、電源喪失のリスクを伝える文書が東電側に届けられていたことを明らかにした。参考人として出席した東電の勝俣恒久会長は、同文書について「原子力本部止まりで、私には届かなかった」と説明。「届いていれば、場合によっては対応が図れたかもしれない」と伝達ミスを認めた。
野村委員によると、文書は2004(平成16)年のスマトラ沖地震を踏まえて作成されたという。
勝俣会長は事故当時は中国に出張中だったが、昨年3月12日に帰国した後は、当時の社長で体調を崩していた清水正孝前社長に代わって陣頭指揮を執っていた。4月1日には入院した清水前社長に代わり、政府・東電の対策統合本部の副本部長にも就任している。
このため、事故調では、事故直後の東電の対応についての質問も目立った。
事故直後に菅直人首相(当時)が、ヘリコプターで同原発の視察に訪れた際、吉田昌郎所長(同)が対応したことについては、「吉田は事故復旧に全力を尽くすべきで、対応したのは芳しいものではない。反省材料だ」と述べた。
また、委員から「人為的なミスはあったか」との質問に対しては「過酷な状況で、現場の社員は頑張ってくれた」と理解を求めた。
3月14日に清水前社長が政府に「全面撤退」を申し入れたとされる問題については「撤退は全く考えていなかった」と、従来の東電の説明と同じ見解を繰り返した。
一方、保安院については「専門性や実践能力は電力会社の方がある」とし、「いかに専門性を高めるかが今後の規制組織の課題だ」と述べた。