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Re: ホッケの由来=けつねうろんさんへ、
投稿者:けつねうろん 投稿日:2012年 5月15日(火)06時30分7秒おはようさん、砲太郎はん!
ありがとうさんです。
> ホッケの由来ですが、日蓮大聖人の高弟である日持上人が、海外布教をこころざして北上し、
> 福原(函館の近く)に来たとき、不漁にあえいでいた漁民に大漁祈願を依頼され、海に向かって
> 法華経・題目を唱えたとき、見知らぬ魚が大挙接岸し大漁となったと伝えられています。
> これからこの魚は「ホッケ」と呼ばれているそうです。アイナメ科の魚で北海道では背割りにして干した
> ものを「ホッケの開き」として常食されています。
>
そやそや、この話なんやがね、本州じゃ昭和の頃はこの魚はナカナカ置いていなかったんよ。
今では魚屋にも置いてありますが平成に入るあたりから居酒屋メニューで、それから二十年くらいかけてやっと広まった感じがありますわぁ。
> 現在、この福原の法華寺には大聖人の真蹟の一部(断簡)が格護されております。
> その後、日持上人は大陸に渡り、北京の北方に一宇を建立して布教に励み、遷化されたとき、
> 炎の中に忽然と合掌してたちあがり御題目を唱えたという伝説が残されているようです。
この話、スケールが大きいんやけど本当に日持上人は中国に行かれたんやろうか?
北海道はかなり広いんだから、何もわざわざ・・・・という気もするのやが、義経のモンゴル伝説と似たよううな気がしますわな。
アイヌ人というのはもともと文字という文化がないんで絶望されたのかな?とも考えたんやが、どやろ。