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藤島 実
第56回 筋書き通りの論文
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予想外の実験結果に遭遇したときでも、実験結果の修正は許されない。ただし、実験結果に合わせて研究目的の変更を行うことはある。 特に工学研究では重要なことだ。

論文のねつ造が最近世間を騒がしている。韓国で起きた黄禹錫(ファン・ウソク)元ソウル大学教授による論文ねつ造事件については新聞を通じて知っている人も多いであろう。 東京大学でも実験結果の信頼性に問題があると東京大学自身が公表した論文がある。文部科学省では研究活動の不正行為に関する特別委員会を設置し、 競争的資金等を活用した研究活動における不正行為への対応に乗り出している。いずれも実験結果のねつ造についての話である。

我々は実験を主として研究を行っているが、不確定性の少ない集積回路を対象としているため、あきらかにおかしい、 あるいは突出して優れている結果に対しては、内容を熟知していれば測定に携わらずとも結果の信憑性を比較的判別しやすい。 とはいっても、当初設計段階では予想していなかった、あるいは予想することができなかった結果に出くわすこともある。 昔は、予想できなかった結果に失敗の烙印を押してお蔵入りになってしまった研究もあったが、最近は、 捏造ではない方法で失敗を成功に変える方法がわかってきた。

話は簡単で、当初考えていた仮説を変更し、その実験結果が必然的な帰結であるように目的や仮説を変更するのである。 結果をねつ造することは科学の否定につながるが、結果を受け入れてそれに対する工学的価値を付加することはエンジニアとして重要なことなのだ。 よく知られた例では、「生涯最高の失敗」という本を執筆した田中耕一さんは、 グリセリンを偶然に金属超微粉末にこぼしてしまった「生涯最高の失敗」をノーベル賞へとつなげている。電界効果トランジスタの研究をしている中、 偶然発見されたバイポーラトランジスタは、その後の固体エレクトロニクス(今では集積回路)の発展に大きく貢献することになる。

研究は問題を作ることが本質であるといわれることがある。問題をつくるのは、実験前だけでなく実験後であることも時にはあるのである。 特に学生さんたちへ伝えたいことは、問題や目標に対して予想された結果が出なくても嘆くことはないということである。 実験結果を受け入れて、問題を作り変え、命題とその答えの新しい結びつきを考えても良いのである。 実験結果を活かす適切な問題設定について知恵を絞ることも研究の楽しみのひとつである。柔軟に問題を作りかえるということを実践するには、 普段から世の中で何が問題になっているのかについてはアンテナを高く上げておかなければならない。 そのためには、新聞や雑誌などを通じて取り組んでいる分野の社会的な動きを知っておく必要がある。

うまく偽装、、、いやいや綿密に論旨を組み立てた論文というのは、 後から読み返してみるとまるで自分もその目的で研究を始めたかのように信じてしまうものである。 我々が世に出した論文も、どれが予想通りでどれが予想外だったのか、古いものは思い出すことすら難しい。 目的と結果のうまい結びつきを考えることで、1人でも読んだ人の役に立てるのであれば、 掲げていた目標を筋書き通りに達成するというプライドを捨てることは大したことではない。

ルールを自分では変更できないスポーツよりも研究の方が楽しいと思えることもたまにはある。 体育会系の筆者は、トレーニング→試合→表彰台といつも筋書き通りの論文を目指してはいるのではあるが。

CMOSとしては世界最高速*の70GHz周波数分周器*2006/9/1現在

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