朝日新聞社説をもっと読む大学入試問題に非常に多くつかわれる朝日新聞の社説。読んだり書きうつしたりすることで、国語や小論文に必要な論理性を身につけることが出来ます。
|
私たちはこれから、上手に死ねるだろうか。
そんなことを考えさせるドキュメンタリー映画が昨年、公開された。
「エンディングノート」(砂田麻美監督)。主人公は監督の父で、09年に69歳で亡くなった砂田知昭さん。「会社命」の熱血サラリーマンだった。
がん発覚から半年、自らの葬儀を段取りし、家族旅行などを着々とこなして迎えた最後の日、砂田さんは病院で妻子と孫にみとられ、悲しくもさわやかなお別れを果たす。
■「多死社会」の到来
この映画は感動と同時に不安ももたらす。私が死ぬとき、こんなに幸せだろうか。もっと、みっともない死に方しか、できないのではないか……。
日本は「多死社会」に入っている。砂田さんと同じ09年に亡くなったのは114万人。2030年には161万人になる。
75歳以上では一人暮らしが約4割近くを占めるようになる。認知症の高齢者は、今の1.7倍、350万人を超える。
医療・介護の課題は、裏を返せば「死に場所づくり」でもある。今から18年後、161万人はどこで死ぬのか。数年前、厚生労働省の幹部が試算をした。
病院で死ぬのは約89万人。財政難のなか、費用のかさむ病院のベッド数は増やせないから、今と同水準に抑える。
特別養護老人ホームなど介護保険施設は今の倍を整備して約9万人をみとる。住みなれた自宅で最期を迎えるのは1.5倍増の約20万人。ただし在宅医療の充実にくわえ、同居する家族の支えなどが必要だ。
残りは40万人以上。このなかで、自力で民間の介護付き有料老人ホームなどに住み替える金銭的余裕がある人をのぞけば、死を迎える場所が見通せない。
「みとり難民」の大量発生が現実味を帯びてきている。相次ぐ孤独死はその予兆だろう。
■みとり担うのは誰か
たとえ「死に場所」が確保されても、丁寧なみとりには人手が必要だ。
介護現場のドキュメンタリー映画「季節、めぐり それぞれの居場所」(大宮浩一監督)を見れば、よくわかる。
千葉の宅老所で93歳の田中千代さんが食事をする場面。意識が薄れているようで、食も細っている。だが、手のひらにゼリーや煮物を置くと、自分で口まで運ぶ。その姿に、20〜30歳のスタッフたちは驚き、喜ぶ。
千代さんが眠るように息を引き取る前日、かすかな兆しに気づき家族に連絡したのも、スタッフの一人だった。
人の最期を支える介護職たち。だが、一般的にいって、社会がその仕事を高く評価しているとは言い難い。約半分は非正規雇用。大量に採用され、短期間で大量にやめていく。月給は全産業平均より10万円安い。
労働相談にのるNPO「POSSE(ポッセ)」には介護労働者から「高齢者を虐待してしまいそうだ」という声がよく寄せられる。事情を聴けば、人手不足や長時間労働によるストレスが浮かび上がる。
彼らの給料の大半は、介護保険料と税とで賄われる。高齢者を含む私たちが負担増を受け入れなければ状況は改善しない。
高齢化が進むため、25年までに介護職を今より70万〜100万人ほど増やす必要がある。介護以外でも、様々なニーズが発生する。
その提供を担う現役世代は、かつてとは全く違う社会を生きている。
■財源確保が不可欠
「エンディングノート」の主人公の時代には、会社が社員を終身雇用し、年功序列で「生活給」を与え、家族を含めたくらしを丸抱えできた。
そんな正社員へのルートは細くなった。いまや、非正規雇用の割合は35%におよぶ。大学を卒業しても、安定した職に就けないことは普通になった。
家族をもち、子どもの成長に伴い必要となる保育・教育、住宅などの費用が、賃金だけでは十分に賄えない。介護労働者はその典型だろう。
そんな現役世代を、年金や医療保険に入りやすくする。子育て支援策を広げ、子どもを産み育てやすくする。
国会で審議入りした社会保障改革関連法案には、こんな内容が含まれている。
部分的に異論はあるが、方向性は正しい。財源の手当ては不可欠だ。
今いちど、考えたい。現役世代の幸せなくして、高齢者の幸せが望めるだろうか。
消費増税をめぐる民主党内の対立、問責閣僚の更迭、小沢元代表の動き……。政局をにらんだ駆け引きのニュースが氾濫(はんらん)するなかで、本当に大切なことを埋没させてはならない。
今回の改革の中身を、もっと自分のくらしに引きつけて考えたい。それなくして、私たちが「上手な死」を迎えるための条件整備は進まない。